コスモスが咲く

高沢ハナ

プロローグ


あの子が何処で何をしているのか、それだけが知りたくて、さっきまで酒を飲んでいたグラスを床に投げ捨てた。会いたいわけではなかった。名前すらもわからなかった。けれどあの子に会ったら、自分の全てが崩れてしまう。

でも会いたい。

食器を割ることが唯一のあの子とのつながりのように思えた。食器が床に当たった瞬間、ガラスや陶器が割れる音と同時に、一瞬あの子のため息が聞こえるような気がした。あの少しわざとらしいため息。それに気づいた時から、食器の破片を捨てられなくなった。気づけば破片だらけになり、知らない人から見ればサイコパスとしか思われないであろう部屋で、また新たにグラスの破片をキッチンのカウンターに並べ、ソファーに横になった。

今日はいつもに増して眠れない。微睡の中であの子のことを思った。会えたらまず何を話そうか、そんな夢のようなことを考えた。おそらく、生きていてくれてありがとうと伝えるのが精一杯だろう。しかしそんな正夢になるはずがない夢など見ても仕方がない。まるで恋をしているかのように、毎晩あの子のことを考える自分に呆れ目を閉じた。

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