第2話 クリスマスのその前に♀

 あたしが彼に初めて会ったのは、三年前のクリスマスイブの夜。それから三年間、陰ながら見守って終わってる。まあ、言い方を変えると立派なストーカーなわけで。


 あたしは、サンタ。

 性別は女。

 なんか文句ある?


「そのオスに逃げられたら、どうする気なんだよ揚羽?」

「オスって言うな! トナカイとは違うんだからね」

 灰色に広がる雪雲の上で、あたしは相棒のトナカイを蹴った。あたしの三倍はあろうかという巨体のせいか、びくともしないのが忌々しい。

「トナカイだってもっとマシな恋愛するさ」

 ぐはっ、言ってくれるじゃない。

 三年前のクリスマスイブ。あたしはあの人に恩をもらった。まだ研修期間だったあたしは、生来のドジッ子気質を発揮して、迷子になった。トナカイとはぐれ、精も根も尽き果てたあたしは、猫の姿でさ迷ってた。

 なんで猫なのかって?

 サンタになる前は猫だったからよ。文句ある?

 でも今は人間と同じ姿。だってサンタだもん。

 それで何の話だっけ。あ、そうそう。弱ったあたしを助けてくれたのが、あの人だった。あったかいカイロをコートのポッケから出して、マフラーと一緒に巻き付けてくれた。部屋に連れ帰ってくれて、温かいスープとツナ缶を開けてくれた。

 彼は始終不機嫌そうに顔をしかめていたけれど、その手はとても温かかった。

 その後、あたしは探しに来てくれた先輩サンタと、今は相棒となったトナカイに連れられて、こっそり彼の元を去った。

 だけど、忘れられなかった。彼の優しさが。温もりが。

 それから、一生懸命がんばったの。

 試験に合格して、一人前のサンタになった。そして、彼の地域のサンタに就任できたんだ。

 だからずっと通った。影から見守った。

 春も夏も、秋も。そして二度の冬を、見送っていた。


「なあ、本当にやるのか?」

 いつもは不遜な態度のトナカイが、探るようにあたしを覗きこむ。

「うん、やるよ!」

「サンタ、クビになるかもだぞ?」

「うん、わかってる。迷惑かけて、ごめん」

 トナカイが慌てたように鼻を鳴らしてる。あたしが神妙なのは、調子が狂って鼻が光らなくなるって。やだな、それはあたしのせいじゃないぞ。

「とにかく、もう背水の陣で臨むって決めたの」

「……そうか。ならいい」

 ふいにそっぽを向く相棒。あたしはその大きな首に腕を回し、額を寄せた。

「ありがと」



 三年目のクリスマスイブ。あたしは予定よりうんと仕事をがんばったんだ。へへ、本気を出せばこんなもんよ!

 日付が変わる前にはプレゼントを配り終えたあたしは、懐かしい場所に舞い降りた。もちろん、かつてねこの姿で。

 あの人はあたしに気づいてくれるかな。

 じっと待つあたしに、あの人はちゃんと気づいてくれた。嬉しい。

 たとえ、以前のあたしだって気づかなくても、あの人は変わっていなかった。それだけで胸が熱くなるの。もう、止められなかった。だから計画を実行した。


 サンタの私に会ったあの人は、ぶっきらぼうな口調で、相変わらず。

 でも、結局あたしを追い出すことは諦めたみたい。どこかに派遣された怪しいコンパニオンか何かだと、勘違いしていたけどね。最後には、あたしの不思議な力を見ても、平然としていた。あたしが本物のサンタだって、信じてくれたかな?

 温かい料理は三年前の恩返し。部屋のイルミネーションは、今日の再会を祝して。小さなケーキはこれからの二人の幸せを願って。今日は聖夜。世界があたしとあなただけなら良かったのに。


 あたしはサンタ。

 名は揚羽。どこにでも入り込む、不法侵入者だってあの人は言うけれど、かまうもんか。

 押しかけて、離れない。

 いつかあたしに振り向いてくれるまで、遠慮なんかしない。


 甘えて、愛して、振り回して、そして溺れさせてあげる。

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クリスマスのその後 宝泉 壱果 @iohara

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