15.あとがきがたり

 世の中には、人が知ってはいけない事が、ごまんところがっているそうだ。それを知ってしまった者は、ある日、突然いなくなるという。そんなものの類の一つが「神隠し」であるらしい。


 貴羽朋也の突然の失踪事件は、事件までの本人の足取りがあまりあるというのに、捜査当局は糸口すら全くつかめず、やがて明るみとなっていく本人の生い立ちのエピソードや、事件前日までの情報が持つ、ミステリアスな特徴もてつだって、一時、世の話題となった。どちらにせよ、ただ愛用のギター類のみが忽然と消えているだけで、つい先刻まで、まるで本人が暮らしていたようにそのままであった彼の部屋が、いつまでもそのままであるわけがなく、やがて綺麗に掃除されれば、何事もなかったように、少々の訳アリ物件として、入居者を再度募集するのは、世の必定というものである。


 ネットにおける彼の存在は、いつしか「火星人に連れていかれた男」として囁かれはじめ、一つの新たな都市伝説の様相も呈し始めていったその年の暮れ、某お笑い専門の劇場では、年末お笑いライブのイベントが開催されていて、舞台袖では、ある売れないお笑い芸人のコンビが出番を待っているところであった。

「…………」

「…………」

 年代で言えば、貴羽朋也失踪時と同学年くらいであろうか。場数は踏んできたはずの彼らであるが、矢張、本番前の緊張感は、駆けだしのあの頃と何も変わらない模様で、前の演者たちが、何度も笑いの渦を巻き起こしていれば、彼らの顔は更にこわばっていくようだ。

「やべ……オレ、まじ緊張してきた……吐きそう」

 とうとう、たまりかねた片方が顔面蒼白で呟くと、

「ばかやろ……オレもだ。でもさ、自分たち、信じようぜ。今どきの時事ネタと都市伝説を巧みに組み合わせた、社会派漫才! こんなのできるのオレたちだけだって……!」

 この世界において、かつての貴羽朋也が、音楽に対し、そうであったように、彼らもお笑いに対して前のめりに真摯な模様だ。やがて司会者にコンビ名を呼ばれれば、さっきまでの蒼白が嘘のようなスマイルを作り、舞台にでていくのである。そして、スポットライトを浴びれば、今宵も、誰よりも笑いをもぎとってやろうと、彼らのライブははじまったのだ。


「どーもどーも! まぁ、去年はね! 火星が地球に大接近したって言うんで、大地震が起こるんじゃないか! 異常気象になるんじゃないか! 北極と南極が入れ替わるんじゃないか! ネットが使えなくなるんじゃないか! 中には世界が滅んじゃうんじゃないかなんてものまで、様々な噂が飛び交いましたけども~……!」

「って、話、去年かよ! 鮮度無しか!」

「ま、なんにも起こらなかった、という……!」

「起こらなかったのかよ! 結局、あのいろんな噂、なんだったんだよ!」

「ま、ところで、神隠し、の話はいろいろありますけどもー。なぁなぁ。あの失踪事件、まだ覚えてるだろ?」

「って、なんだよ……あー。まぁな。なんかミュージシャン志望のフリーターがいなくなったとかってやつだろ?」

「人生に悩んで自殺しちゃったんじゃないかーなんて話もありますけども~……警察がさ、防犯カメラ洗いざらい漁ってたら、普通に生活してる画が一杯でてきた、と!」

「あ~。で、去年のある日から、いつも隣には、赤い毛のロングヘアーで、蒼い眼のハーフの女の子が映ってたってんだろ? なんでも、アイドルみたいに可愛かった、っていうじゃんか!」

「そうそう! でも、その女の子が誰かを先ずは捜索してみたんだけど……その子、全国何処にもいなかったんですね〜……!」

「一緒にアパート入ってくの見たって人もいるんだからな! しかも、一時なんて昼夜問わず、変な声、ダダ漏れだったって言うぞ! って、もしかして……! おいおいおい、犯罪かよ!!」

「で! で! で! どーも噂によると、その女の子が火星人らしくて、そのお兄さん、連れ去られて、今頃、火星に住んでるらしいんですね~。麗しい赤い髪の毛に、蒼い眼の美人の少女かー、それっぽいなー。あー、羨ましい~! オレも火星に連れてってくれー!」

「確かに……って、よさんかっ!」

「ありがとうございました~」

 そして、何度も稽古した通りに話題は展開し、威勢よくしめてもみたが、今宵も客席からはまばらな拍手しか起こらず、やがて舞台を去り行く彼らは、未だ笑顔は忘れずに、客にアピールしながらも、そこはかとない物悲しさが漂っていたのである。


 火星には二つの月がある。だが、その小ささ故に、地球のそれのように夜空に煌々と輝く事はない。まるで歴史の中に埋もれるように、誰も見つける事ができないように、漆黒の闇の中に紛れこんでいるのである。


 「奇跡」と聞くと、見上げれば煌々と光っている美しい満月のように、眩く、神々しいものを想像するものだ。だが、例えば、人が人たる世界を形作っていくための「奇跡」があるとするならば、それは、闇の中に佇む、微小な存在を、誰も気づけないだけなのかもしれない。













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二つの月 本庄冬武 @tom_honjo

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