バケモノの少女
1月の雪が降る、昼のことだった。
白髪の少女は自分が手にしている資料を読みながら、深いため息をつく。 その資料は、県内の大学や専門学校が掲載されてあるもので、もう何度も読み返してきたものだった。
憂鬱だ。 実に憂鬱だ。
少女の名は杯 祭星。 ここ、西條高校の高校3年生で、今はどうやら進路について大いに悩んでいる様子だった。 こんなとき、自分にも一緒に悩んでくれる友と呼べるものが多くいたらいいのに。 と彼女は思う。 雪の日の図書室で、祭星は周りをちらりと見る。
仲良さげに話している同年代の生徒や、後輩と先輩で並んで本を読む生徒。
図書室だが、今日はそれなりに賑やかだった。
───ここじゃ集中すらできない。
そうおもった祭星は席を立ち、図書室を出ようとする。 すれ違い様、違う学科の生徒が彼女を見てヒソヒソと話す声が聞こえた。
「見て、 杯さんだ。 あいかわらずすごい髪の色」
「この前テレビで言ってたよ、魔力? っていうのがある人は普通の人間と違って、髪の色が異質なんだって~。 他の人はちょっとみんなより色が違うくらいだけど、杯さんはあんなに真っ白ってことは、すごい危険なんだろうね~」
「関わったら殺されちゃったりして……。 時々学校に来てないときはあのヴァチカンに行ってるんでしょ? 怖いよね~、そこでもバケモノみたいに強いんだってよ」
「バケモノのくせに、私たちと同じ学校に来るんだ~。 早くやめちゃえばいいのに」
「ばか! 聞こえちゃうでしょ!」
きっとわざと聞こえるように言っているであろうそれを、祭星はただただ聞き流して図書館を後にした。 ちょうどその時に、持っていた携帯が着信を知らせる。
画面を見ると、見慣れた名前だった。 少しため息をついて、ボタンを押す。
「はい、祭星です」
『学校中にすまないね、少し聞いてほしい話があって連絡したんだが……』
そんな言葉を遮るように、校内に呼び出しの放送が鳴り響く。
「杯 祭星さん。 至急、理事長室までお越しください」
『っと、そっちのほうが早かったみたいだ。 そっちを先にどうぞ? 私の用事は些細なことでね』
「わかりました。 また後で」
通話を切り、彼女は理事長室へと向かった。 三階にある理事長室のドアをノックし、静かにドアを開ける。
ふと目線を横にやれば、電源を切られていないテレビにニュースが映し出されていた。 どうやら魔力を持っている者の頭髪や瞳の色の説明をしているようだった。
『魔法使いは髪の色が普通の人間とは違います。 体内を巡っている自分の魔力の色に反応をして、頭髪や瞳に現れるんですね〜』
『魔力の色は人それぞれで、決して同じ色を持つ魔法使いはいないとされています。 例えば、日本でも有名なヴァチカンの聖騎士、クラウン氏は髪の色が赤ですね、赤毛の魔法使いは優秀だと昔から言われています。
ヴァチカンでも数少ない頭髪の色が白で、この髪色を持つ魔法使いは、現在ヴァチカンではたった一人とされています』
『へぇ〜! じゃあ、その方はとても強いんですか?』
『ええ、かなり優秀で、天才的な魔法使いだとお聞きしてます〜』
そこでブツンと電源が切られた。 理事長とやらが、祭星がやって来たことに気がついたのだろう。 彼はどっしりと椅子に座りなおして、祭星を見る。
そこには面と向かって会うのは初めての、理事長が座っていた。 いかにも高価そうな椅子に腰を下ろし、足を組んでいる老人を前にして、祭星は頭を下げる。
「杯 祭星です」
「あぁ、君の話は聞いているよ。 なんでも世界政府管轄組織ヴァチカンの少尉になったとか」
世界政府管轄組織ヴァチカン。
世界中の人口のおよそ八千人が魔法使いとして活動しているが、そのほとんどの人間が、ヴァチカンと呼ばれる組織に属している。
普通の人間からしたら、かなり有名な組織ということだ。
「素晴らしい、これはわが校にとっても誇れることだ。 君を呼び出したのはほかでもない、これからの君の行き先についてだ。 先ほど、日本政府から数人話に来てね、どうやら君を有事のボディガードとして雇いたいそうなんだ。 これは素晴らしい話だよ。 私も鼻が高い。 どうだい? 皆に誇れる仕事だ、もちろん受けてくれるだろう?」
会ったのも初めてで、話したことすらなかったのに、それをわが校の誇りだのなんだの言われる筋合いもないのだが、きっと理事長にはこの高校の肩書があるのだろう。
滑稽な話だ、祭星は迷わず言葉を口にする。
「ありがたいお言葉ですが、お断りさせていただきます」
「なぜだ? 君にとっても誇れることだぞ! この私が、直々に紹介してやっているんだ」
あきれた。この男はどこまでも、自分と学校の名誉しか考えてないのだろう。 憤る男を冷たい目で見放して、白髪の少女は踵を返した。
「私の力は何も誇れることじゃない。 あなたは私じゃなくて力を見ている。 そもそも、私はこの学校のことなんてどうでもいい。 それに、あなたに助けられなくても、私には行く先が腐るほどある。
……日本政府から声がかかるのなら、それこそヴァチカン本部から声がかからないわけがない、そこまでは考えていなかったんですね。 用事があるので、これで失礼します。 日本政府の方には、残念ですが応えられないと言っておいてください」
祭星はそういって、早々と理事長室を後にした。
ちょっと言いすぎたかな。いやでも、いいか。
もう帰ろう。 教室に戻り、鞄を持つと彼女はさっさと昇降口へと向かう。
「祭星、もう帰るのか?」
ああ嫌だ、一番会いたくなかった人物だ。 祭星は笑みを作り浮かべて、その少女を見る。 敵意はない、親しい者だと、そう言い聞かせるような瞳で。
後ろから声をかけたのは、この学校の副生徒会長。 ほかの生徒と違い、祭星とは仲が良い。 と、本人は思っているようだ。
「うん、もう学校にいる意味もなかったし、明日からは私も仮卒期間の申請出そうかな~って。 どうせ進学したくてもできないし、これから用事もあるから。 副会長さんは?」
「あたしはこれから友達と映画だ。 みんな息抜きしたいんだと。 お前も誘おうと思ってたんだが……用があるのなら仕方ないな」
「そっか、楽しんできてね」
「ああ、次は一緒に行けるか?」
祭星はにこりと笑う。
「うん、ありがと」
嘘をついた。
きっとすぐばれてしまうような、そんな嘘を。
本当なら、今すぐここから消えてしまいたかった。 自分のことを見てくれない、必要としてくれない人間ばかりいるこの世界から。
私はどうしてこんな力を持って生まれてしまったのだろう、どうしてこんな醜い髪の色をしているのだろう。
誇れない、誇ろうとも思わない。
バケモノと呼ばれる自分のことを、本当に愛してくれた人間なんて、たった一人しかいなかった。
だがその人は今、どこにいるのか、生きているのかすらわからない。
「蓮……」
幼馴染の名前をぽつりとつぶやく。
「どこにいるの、蓮……。 あなたがいないと、私……」
祭星は一人、雪の中を歩く。
その後ろ姿は、降りしきる雪で攫われそうなほど、か弱く、小さなものだった。
「祭星……」
蝋燭が灯る暗い部屋。
古い本の匂いがするその部屋で、灰色がかった緑の髪をした青年が一枚の写真を見つめる。
白い髪の少女の写真。
「さみしいだろう? 辛いだろう……? 独りでいるお前は今にも消えてしまいそうで、壊れてしまいそうで、儚く、脆く、美しいんだろうなあ。 ああ、愉しみだよ祭星。
八年ぶりにお前に会う時、お前はどんな顔をするんだろう。 嬉しそうなその表情を、心ゆくまで愉しんだあと、お前を心ゆくまで痛めつけてしまったらきっとお前は悲しんでしまうかな。 お前が悲しむのは嫌だけど、でも俺はその表情を堪能したいんだ。 そしてお前を壊して、痛めつけて、可愛がって……!
そうしたらきっと、俺だけのモノになってくれるよな、なぁそうだろう、祭星……? お前も俺のことを求めているのだったら、俺はそれに応えてやろう。 お前が壊れるまで、愛し尽くしてやろう……。
そのために俺は、ここに堕ちたんだ」
白石 蓮というその青年は、深い闇を目に宿していた。
アルトストーリア @AkiraNanase
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