第9話 初めてのクエスト・後編
「それで……何をすればいいんだっけ? ……そうだった、あいつを倒せばまたトリアメが飲めるんだ! あはははは‼」
タクスが突如奇声を上げ始めたかと思えば、弓を構え、矢をつがえ始めた。
その大声に反応してか、少し離れた所にいた影達はゆっくりとこちらに向かって首を動かし、野太いアヒルのようなしゃがれた声を上げ一斉に走ってきた。
辺りは暗闇でランタンの灯りだけではよく見えないが、少なくとも5匹はいるように見える。
囲まれては危険だ、まずは手近な奴から一匹一匹確実に無力化していくべきだろう。
俺は棍棒のような物を振り上げ近づいてくる先頭のモンスターに向かってナイフを構え走り出す。
「よっとと、動かないでね~」
二足歩行のトカゲのようなモンスターに向かって踏み出したその時、ふと頬になにか暖かい感触があると思えば、狙っていたトカゲの頭に矢が刺さっていて、慣性のままに地面へとぶつかり転げ、そのまま糸が切れた人形のように動かなくなった。
後ろを見ると、タクスはふらふらと体が揺れている状態で矢筒から矢を抜き取り、装填をしている真最中だった。
「あれ、あの人は何処に行ったんだ……? まぁ動いている奴を狙えばいっか!」
まずい、前門の虎後門の狼とはこのような状況だろうか。
今から止めに言って……いや、近づいたら撃たれるかもしれない。
仕方なしに俺はモンスターの群れへと突撃する事を決意した。
数歩先には2匹のトカゲ型モンスターがいる。片方は先ほどと同じ棍棒のような物を持っているが、もう片方は50センチ程の剣を持っていた。何処からか拾ってきたのかはたまたこいつらには武器を作る知性や技術があるのか。
こういう場合リスクが低い方から処理すれば後々敵数に気を取られず楽に戦えるだろう。
ナイフを構え、まずは棍棒を持っている左腕を切りつけると、ぐえっというカエルが引きつぶされたかのような低い鳴き声と共に棍棒を地面へと落としたが、トカゲは身をよじり、丸太のように太いその尻尾でこちらの脇腹を叩きつけてきた。
しっかりと体重の乗った一撃をまともに受けてしまいよろけていると、風を切る音が右耳から聞こえ、今まさに追い打ちをしようと剣を振り上げていたもう一匹のトカゲの胴体が貫かれていた。
隣にいた奴が急に絶命したためか、棍棒を持っていた方のトカゲはぽかんと棒立ちしているのでその隙を見逃さず、俺はナイフを手に取り、喉元めがけて深く突き刺す。
ガチっという骨に当たる音と感触が手に伝わり、刃を伝って生暖かい血が鉄臭さとどこか甘い匂いを放ちながら手を濡らしてくる。
刺された瞬間はじたばたともがいていたその体も数秒の間に力を失い、動かなくなったところで刃を抜き取る。
危ないところだった。タクスの援護が無ければ今頃あの剣で切られていた頃だろう。
その肝心のタクスだが、残った3匹のトカゲ達に囲まれ、じりじりと間合いを詰められていた。
助けるためにすぐに戻ろうとしたが、タクスの様子を見て考えを改める。
「うーん。ちょっと暗くてよく見えないなぁ……そうだ! 火を使えばいいんだ」
タクスは持っていたポーチからカンテラ用の油瓶を取り出したかと思うと、おもむろにその中身を辺りにぶちまけた。
油をかけられたトカゲは驚いたのか短い鳴き声を上げたが、何事もなかった事が分かるとよく分からない液体をかけられた事に激昂し一斉に襲い掛かる。
だが、もう手遅れだった。タクスはその手に持っていたカンテラを地面に落とし、こぼれた炎が油へと燃え移り、辺りの草原が一瞬にして燃え上がる。
「おお、明るくなった、これで良く見える」
よく見える、ではない。ターゲットのトカゲはこんがり上手に焼けているのだが、タクスは火の中に取り残されたままになっている。このままではタクスが焼け死ぬのも時間の問題だ。
俺は早くこっちにこいと手を振り合図をしたのだが、
「……なんだかあったかくて……眠く……なって……zzZ」
あろうことかその場でうずくまり、泥酔状態のまま眠りに落ちてしまった。
命の危険に俺は脇目も振らず火の中に飛び込み、タクスを火の外へ出そうとするが、昏睡した人というのは思っていた以上に重く、後ろから羽交い締めのような形で引きずる事で、何とか外に出すことが出来た。
火は俺が口から吐く火と同じで熱さを感じることは無く、どうやら火そのものに耐性があるようなのだが、身に着けている物には適応されず、買ったばかりの俺の衣服はところどころ焦げていて、タクスの弓も火の中に置き去りにしてしまった。しかも、タクスの着ていた上着には火が燃え移っていて、鎮火する為に自分の上着を脱ぎ何度も叩いて消化した。
幸いな事に俺にもタスクにも、ついでに終始ずっとバッグの中で寝ていたコマにも怪我らしきものは一つもしていなかった。
だが、一歩間違えれば誰一人として生還できなかったかもしれない。現に俺はタクスの援護が無ければ死んでいた。
……強くならなければ。いつかこの胸の内に燃える炎を何とかする為にも。
慌ただしい時間は過ぎ去り、撒いた油が燃え尽きたのか火は自然と消えた。
燃えていた場所から弦が切れて黒ずんでしまった弓と火が生きていたカンテラを回収し、デザートリザードの遺体を一か所にまとめていると、タクスからうめき声が上がる。
「っん、また依頼中に眠ってしまったのか俺は……っとすまない。君に迷惑をかけてしまったようだ」
起き上がったタクスは、自分の傍に置かれた弓を見て、やってしまったと眉をしかめた。
「そうか、弓は壊れてしまったんだね。……いや、気にしないでくれ、俺は結構弓を壊してしまうんだ」
苦笑いをしながら弓を手に取り背負うとデザートリザードの方へと近寄り、小型のナイフを取り出して解体しだす。
「デザートリザードの肉は鮮度が落ちやすいから街じゃ食べられないけど、今この場でなら食べられる。珍味だから君も食べてみるかい?」
食事をしてからまださほど時間は経っていないのだが……せっかくなのだから頂くことにしよう。
俺も持っていたナイフを取り出して解体作業に加わる。
デザートリザードというから砂漠にすむトカゲが草原に迷い込んだのかと思って茶色い色をしているのかと想像していたが、近くで見てみると皮は白色をして背骨のラインに赤い模様が入っているというなんとも変わった色をした生物だった。
皮をはぎ、肉を切り出してみて分かったのだが、こいつの血からは甘い匂いがした。そして何故『デザート』という名が付いているのかも大体察した。
昨日と同じように辺りに散らばっている枯れ枝を集め、周りを石で囲ってまだ火が残っていたカンテラから火を付けて簡易的な焚火を作る。
捌いた肉を木の枝に刺し、それを焼くと香ばしい肉の匂いに混ざって砂糖菓子を焼いている時のような甘ったるい匂いが辺りに立ち込める。
肉を焼いている火を眺めていると、どこか落ち着かない。イライラするわけではないのだが、火というものが何処か恐ろしく、一度死んだあの光景が心の奥底にこびりついている。
一点を見つめている俺に気を使ったのか、それとも会話が無かったからなのか、タクスが心配そうに一声かけてくる。
「君さ、喋るのが苦手とかそういうのじゃなくて……喋れないのかい? あっ、もちろん教えたくないなら教えてくれなくてもいいからさ!」
そうか、ギルド長は俺が名前を言えないって事は説明していたけど喋れない事は説明していなかった。
別に隠すような事でもないと思うので、紙に『喉がこんな状況で話せない』と書き、喉を見せる。
「それは……魔術、いや呪術か? こんな複雑な模様を描かれるなんて君は一体何処で何を? ってこれはあまり聞かれたくない事だね、忘れてくれると助かる」
聞かれたところで答える事も出来ないので、ひとまずアクションと取らないでいると、タクスの方も聞かれたくない事を察したのかそれ以上何も聞いてこなかった。
そんな自分の事よりも、タクスの様子が依頼に来る前と後で随分変わったことが俺は気になる。
依頼に来る前は先輩っぽかったのに対して今は何と言うか砕けた感じになっている。
ここは今後の交流も考えてなにか話の一つでもしておいた方がいいだろう。
『雰囲気が変わったね』と書いて見せると、タクスは微笑んで頬をかく。
「いや、何て言うか恥ずかしいんだけど……先輩になったからちょっと大人っぽく振舞ってみたんだよね。でも、俺……いや僕はいつまで経っても子供のまま。これじゃぁマスターに助けられた時のままだね」
ギルド長ことマスターに助けられた……か。これは聞いて良い話題なのだろうか? ……いや、地雷かもしれない。そもそも今日知り合ったばかりの人が聞くことではないだろう。
「あれは……もう三年程前になるかな」
急に語りだしたぞこいつ。
「僕はまだ15歳だったかな。あの街『ルヘン』の兵に志願して訓練を積んでいたんだけど、宴会の席でちょっとやらかしちゃってね。追い出されちゃったんだ」
兵とは先ほど出てきた出口にある、あの駐屯地のような場所にいた人達の事だろうか。あそこに15歳で混じって訓練していたのは驚きだ。それとこの世界では15歳で飲酒が出来るのか。
「追い出された後は仕事にさまよう日々でね。傭兵なんかもやろうとしたけど成績は散々。弓は当たらないし敵にはすぐ気づかれるし。そんな時にあのマスターに助けられたんだ。『仕事をするなら好きなようにしなさい』ってね。ギルドでできそうな仕事を紹介してもらって、文字通りに好きだったお酒を飲んで仕事をしたらなんだか上手くいくことが多くなってね。……まぁその分仕事中の記憶が無くなったり仲間に迷惑をかけたりする事も増えたんだけどね」
はにかんで笑う彼の顔は、火に照らされているからかとても赤くなっていた。
いや、あのマスターもそんなつもりで言った訳じゃないと思うのだが……まぁ結果オーライというやつか。
そんなこんなで話を聞いていたら肉がいい感じに焼け、表面からは油の弾けるいい音が聞こえるようになってきた。
「さあ、食べよう。こいつはムーアってお酒に合うんだけど、今日は持ってきていないから、こいつで我慢だ」
タクスは又も水筒を取り出し、中に入っている液体をあおるように飲む。
恐る恐る一口かじってみると、これが意外と中々いけた。
はちみつのようなしつこくない甘さと、肉本来が持つ脂が合わさって上品な料理を食べているかのような錯覚をしてしまった。
しかし、トカゲ肉というからもっとゴムのように固い物を想像していたのだが、すぐに捌いて焼くとこんなにも柔らかくて臭くない物なのだなと感心してしまった。
今度からモンスターを討伐する依頼があれば食べられるのかどうか調べてから行くとしよう。
肉を食べ終え、討伐の証拠としてデザートリザードの尻尾を鞄へと詰め帰還の準備をする。
「こっちの準備は終わった、そっちはどうだ?」
少し離れた所で食べずに残ったトカゲの焼却処理をしていたタクスがこちらの様子を聞いてくるので、親指を立てて準備が終わったことを伝える。
「そうか、それじゃあ出発する事に――」
「グエッツ‼‼」
突如タスクの近くの草むらが揺れたかと思えば、一つの大きな影がタクスに向かって猛進していった。
そいつは手に一メートル程の槍を持っていて今にもタクスに襲い掛かろうとしていた。
距離にして5メートルは離れている。今から駆け寄って助ける時間はない。ナイフを投げても当たらないだろう。
――仕方ない。
俺は喉に力を集中させ、口を開くと同時にトカゲに向かって火球を吐いた。
「ギャピッ⁉」
不意を突かれたのか、奇妙な鳴き声を出しながらデザートリザードは火に包まれ、数秒もしないうちに黒焦げになり動かなくなった。
「君、その魔法はっ⁉ いや、その速さで魔法を放つのにはかなり高価な触媒が必要なはずだが、君はそんな物を持っているのか⁉」
驚き詰め寄るタクスに対して俺は何も言えなかった。ラビアさんからこの炎を使うなって言われたばかりなのにとっさのあまり使ってしまったのだ。
反応を見るに軽々しく見せない方が良かったものなのだろう。
何も言えず微妙な空気になり、どう誤魔化すか迷っていると、タクスもはっと我に返り、気まずいのか頬をぽりぽりと書いた。
「……どうやら今日は酒を飲みすぎたみたいだな。俺に襲い掛かったモンスターなんていなかった。だよね?」
どうやら無かった事にしてくれるようだ。……帰ったら一杯でも二杯でも奢ってあげるとしよう。
月が高く昇る夜道を二人と結界を通ったことで起きてしまった一匹を落ち着かせながらゆっくりと歩いて行った。
異世界復讐譚≪俺だった人を殺した神への復讐≫(休筆中) 佐倉 ココ @sakurakokuko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界復讐譚≪俺だった人を殺した神への復讐≫(休筆中)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます