第8話 初めてのクエスト・前編

「では、まず依頼内容の確認からしよう! そこに座って話をしよう、飲み物は俺のおごりだから気にせず飲めよ!」


 目の前の男。中肉中背の金髪で顔立ちの整った好青年、タクスはこれから受ける依頼書を片手に近くのテーブルへと座り、近くにいたウエイトレスに真っ白に輝く歯をにこやかに見せながら『トリアメ』という飲み物を2つ注文した。


「まずは『デザートリザード』についてだな。見た目は依頼書の通り二足歩行で歩く三十リード程のリザード系モンスターだ。この時期だと繁殖期だからかなり気性が荒いはずだから風下から気づかれないように接近し、奇襲を仕掛けようと思うがどうだ?」


 『リード』という単位が分からないが、この世界の長さを表す単位なのだろう。この世界の言葉が分かると言っても全部を理解できるわけではないらしい。

 リザードとは依頼書の挿絵を見るにトカゲのような生き物らしい。注意書きとして夜目は効かないが鼻が利くと書いてある。

 風下から接近しての奇襲は定石の戦い方なのだろう。

 俺は頷き、意見に賛成する意思を見せる。


「そうか、じゃあ俺が先導するから後に付いてきてくれ。君は見た所そのダガーナイフでの接近戦が主な戦い方だろう? 俺が後ろから弓でサポートするから安心して戦ってくれ」


 タクスはテーブルの横に立てかけてあった金属のパーツが複数組み合わされて作られた弓、コンパウンドボウというのだろうか? それを手に取り、こちらに見せてくる。

 全長150センチほどもある大型の弓から放たれる矢の威力は見ずとも分かる。

 この矢でもしも誤射などされたら……俺の命はいとも容易く消え去ってしまうだろう。

 ……射線上に入らないようにくれぐれも気を付けなければいけないな。

 

 するとここで、注文していた飲み物といくつか漬物のようなつまみが運ばれてきた。

 しゅわしゅわと気泡が泡立つ赤い液体がなみなみと注がれ、今にも木製のジョッキから溢れそうである。

 炭酸の飲み物なのだろうか? 鼻を近づけるとふわっと果実のような甘い香りがした。


「これこれ! これが無いと仕事を始められないんだ。それで、報酬の取り分なんだが、俺が銀2、君が銀4枚という取り分でどうだろうか?」


 およそ3:7といったところか。だが、護衛してもらうにも関わらずこんなに貰ってもいいのだろうか?

 俺は紙に『半々じゃなくていいのか』と書いて見せる。


「いや、俺が3割でいいんだ。あのマスターが心配しているって事は、君は何か問題を抱えているんだろう? ならこれは先輩として、いや、これから仲良くなるんだから、今度俺が困った時に助けてくれればそれでいいから!」


 な、何と言うコミュニケーション能力。これができる男というものなのだろう。

 実質問題金欠に困っているのでここは有難くこの提案に乗る事にしよう。


「それじゃあ景気づけに乾杯といこうか! ここのトリアメは絶品だぞ‼」


 ジョッキをぶつけ乾杯すると、タクスは一気に中身を一気飲みした。

 俺も飲み物を口に付けると果実の甘い香りと炭酸の刺激が心地よく喉を潤し、先ほど食べた食事の重さを綺麗さっぱりと流した。

 ここでタクスは空になったグラスを近くのウエイトレスに渡し、お代わりを注文する。

 非常に美味しかったので、俺も飲み干してお代わりしたいところだが、今は一文無し、そんな図々しい真似は出来ない。依頼を終え、帰ってきて報告してから飲むとする事を楽しみにしよう。

 そんな訳で大切に大切にちびちび飲みながら緑色の漬物をかじっていると、先ほどのウエイトレスがトリアメを持って近寄ってきたところでタクスに一声かける。


「タクスさん、いくら仕事が上手くいくからってあんまりお酒飲みすぎると途中で倒れちゃいますよ?」


 ……はい? お酒?


「大丈夫です! 俺は飲んだ方が仕事は上手くいくんですから!」


 受け取ったトリアメをこれまた一気に飲み干し、ウエイトレスがその場を立ち去る前にもう一杯注文している。

 改めて自分のジョッキを見つめる。

 泡立つ気泡は何処かビールのように見えるかもしれない。匂いを再度嗅いでみると、熟れた果実の匂いに混ざって鼻を刺す刺激的な匂いがする事に気付いた。

 試しにと辺りに気付かれないようにちょっと火を吹いてみる。

 すると、水面から瞬く間に火が上がり、慌てて残りを飲み干し強引に火を消す。

 ……ふぅ、つまりこれは酒だった事が分かった。周りが酒臭い事もあって気づけなかったのだろう。

 えっ、ちょっと待て。今は夜、酒を飲むのに時間としては何ら不自然ではない。

 だが、俺達はこれから仕事をしに行くんだよな?

 タクスの方を見ると、お代わりを持ってきたウエイトレスから三杯目を受け取り、それをまた一気に飲み干していた。

 その顔は若干赤くなっており、仕草もふらついている。

 その震える腕で今まさに飲み干したジョッキをウエイトレスに返し、更にお代わりをしようとしていた。


「ちょっとタクスさん、そろそろお仕事に行かないと帰ってきた時にはギルドの窓口閉まっちゃいますよ?」


「そ、そうか……よし、それじゃあ続きは帰って来てからにするか! よし、じゃあ僕に付いてきてくれ! すぐ終わらせてすぐに帰ってこよう‼」


 若干おぼつかない足取りで俺の手を取り、タクスは鉄製のランタンを片手に弓と矢筒を背負ってギルドの出口へと向かう。

 一人称も変わっているし、もう既に酔っている様子だがこの世界ではこれが普通なのだろうか? 酒を飲んだ人が弓で後方支援なんて正気の沙汰とは思えないが……本当に大丈夫なのだろうか?



 ※



 街の出口、俺が入ってきた方ではなく反対側にある軍の駐屯地付近の門を出て街道を歩くこと早数十分。タクスが持っているランタンのおかげで道中安心して移動する事が出来た。やはり、灯りがあると夜間の移動は便利だ。今後もこのように夜間で仕事をするなら、高くて買えなかったあのランタンを買っておかなければならないだろう。

 ひたすらぼんやりとした灯りを頼りにタクスの後ろを歩き続けているのだが、その間ずっとふらついているタクスに対して俺は不安を募らせている。

 幸いなことにここまでの道中で生物には会っていない。だが、依頼書に書いてあった目撃地点はそろそろのはずだ。

 俺は前を歩くタクスの肩を叩き、そろそろ目的の地点なのではないかと合図をする。


「あれ、もうそんな場所か。それじゃあこっちに……おっと、そこは踏まない方が良いぞ」


 足元を指さし、そこを見ると不思議な模様が描かれた四角形の石が置かれていた。

 これは一体何なのだろうか? だが踏まない方が良いと言われたのだから触らなくてよい物なのだろう。

 俺はその石を避けて街道の外、草原の方へと一歩踏み出すとバッグの中が突然もぞもぞと動き出した。

 バッグの蓋を開けてみると、コマが驚いた様子で顔を勢いよく出してきて、そのままジタバタと暴れだした。

 そんなコマの様子に戸惑っている俺にタクスは、酔いが回ってきたのか先ほどギルドにいた時のキビキビした雰囲気とは違い、少々間延びした声で話しながらコマの首元を触った。


「うーん? そのラビンクルって君のペットかい? ならちゃんとギルドに登録して首輪をつけてあげないと結界を通るたびに苦しむ事になるよ?」


 結界? 首輪? それを付けていると何か変わるのだろうか?

 上手く話しを呑み込めず、ぽかんとしていると、タクスはこちらの様子を察したのか、続けて話す。


「そのラビンクルは偶然拾ったのかい? それにしては随分と人に慣れているようだけど……まぁいっか。商人から買ったペットのモンスターには既に首輪が付いているけど、野生のモンスターをペットにする場合はギルドに登録しなくちゃいけないんだ。その首輪を付けていると結界、街道沿いに配置されているその石が発動している魔術の影響を受けなくて済むんだ。けど、君のラビンクルは首輪を付けていないから結界の影響をもろに受けているから、苦しんでいるんだろうね。だけど結界の効力自体はさほど強くないから数分もすれば元に戻ると思うよ」


 なるほど、モンスター除けの結界というものがあるのか。通りで今まで歩いてきた道でモンスターを見なかったわけだ。

 だがコマにも効果があるのならば、帰ったら早急に首輪というものを貰わなくてはならない。又お金がかかるかもしれないがコマは連れて歩くつもりなので必要経費だ。

 というか昨日確かルナーラがコマの事を撫でていたよな……帰ったらちゃんと注意するか。これを機に仕事を覚えてくれればいいのだが。

 タクスの言う通り、3分も経たないうちにコマは大人しくなり、バッグの中で丸まって寝てしまった。仕事の間はこうして大人しくしていてくれると助かる。

 そして、コマが寝たのを確認し終えたと同時にタクスが手で制止する。


「待って……あそこにデザートリザードがいる。気づかれていないうちに奇襲を仕掛けるからちょっと待ってくれ」


 ランタンの小さな灯りなので良く見えないが、十メートル程先になにかが蠢く影が複数見えた。

 それは、一メートルを優に超えていて、恐らく自分よりも一回り小さいくらいの大きさで、脚部が大きく上半身が細い、カンガルーのようなシルエットをしていた。

 だが、野生動物と決定的に違うのはそいつらが細い棒状のなにかを手に持っていた事だ。

 モンスターというものに合うのは二度目になるが、コマのような無害そうな見た目とは違って戦闘力があるのが目に見えている。

 これは気を引き締めなければ怪我、最悪死ぬことになるだろう。

 俺はタクスに先制攻撃をしてもらおうとアイコンタクトを送ろうとしたが、ここで驚愕の事実を目にする事になる。

 なんと、タクスが何やら水筒で飲んでいるのだ。しかも、タクスの方を向いたとたんに先ほどギルドで嫌というほど嗅いだあの匂いが鼻を刺す。


「あれれ? 君は誰だっけ? ……ああ! そうだったそうだった! 今は君の依頼をしに来たんだったね! あはははは‼」


 ランタンに照らされているタクスの顔は真っ赤になっており、吐く息はアルコール臭がかなりきつい。どう見ても完全に酔っぱらっている。

 ……俺も先ほど酒を飲んだせいだろうか、頭痛が痛いと言いたくなる程頭が痛くなってきた。

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