第07話 情報収集

 自室となった部屋を出ると、下の方から何やら騒がしい声が聞こえた。どうやらここはギルドの二階、周りに同じようなドアがいくつもある事から二階は宿泊施設となっているようだ。

 廊下を渡り、階段を下に降りると、昨日と同じく賑わっている食事場が目に飛び込んでくる。奥のカウンターでは、先ほど別れたラビアさんが並んでいる列を次々に消化している反面、ルナーラは並んでいる客に怒られ、泣きながら謝っていた。

 あの二人のところで話を聞くとなると時間がかかるだろう。どこか近くに話が出来そうな人はいないだろうか?

 身長程もある大剣を背負った厳つい体躯の大男、二メートルを超える長い槍を手入れしている細身の青年、赤いローブに身を包み先端に宝石のような輝く石が取り付けられている杖を持った女性。

 色々な人々が朝から酒を飲み、肉や魚などを豪快に食していた。

 あの人達に話を聞こうかとも思ったが得策ではないだろう。旅人であればこの街に詳しくないだろうし、ガセネタを掴まされる可能性もある。

 やはりここはこのギルドの職員に話を聞くべきだろう。

 食事を配膳している人を捉まえるのは迷惑になるだろう。かといってカウンターに相談しに行くのもギルドの依頼を受ける人の迷惑になる……。


「もしもし? 何かお困りっすか?」


 そんな悩んで棒立ちしている俺の肩をふと叩く者がいた。

 振り返ると、長めの黒髪をポニーテールでまとめている赤色のエプロンを付けた十代後半の元気そうな女性が不思議そうにこちらを見ていた。


「その見慣れない恰好……あっ! 昨日ルナーラがぶつかっちゃった旅の人っすか⁉ ラビアねぇが喉を怪我しているとか何とか言っていたけど……話せますか?」


 俺が首を横に振ると受付嬢は「ちょっと待ってくださいね」と言ってカウンターの方に向かい、20枚ほどの白紙の束と筆ペンを持ってきた。


「はい、これで書いて話すことは出来るっすよね?」


 おおっ、ありがたい。筆談であればスムーズに意思疎通を行う事が出来そうだ。


「それでは、紙とペン合わせて銀1枚になります。ご利用有難うございます、です!」


 ……はい?

 女性は両手を俺の前に出し、手のひらを向けて金を乗せるよう催促している。

 これはあれか。これがこの世界のルールって事でいいのだろうか。こうして商品を押し付けてお金を払わせるスタイル……いや、いくら何でもないだろそれは。

 お金を払うのに躊躇していたら、だんだんと受付嬢の目頭から涙が溢れてきた。心なしかいつの間にか周りの客が冷たい目線でこちらを見物しており、俺の心を的確に抉ってくる。

 ……仕方ない、これはそもそも必要な出費。紙とペンが無くては意思疎通がジェスチャーだけになる。そんな滑稽なことをし続けるのはごめんだ。

 俺はズボンのポッケに手を入れ、銀のコインを一枚取り出し受付嬢の手の上に乗せた。


「はい、ちょうど頂きました‼ いやぁ、お兄さんなら快く払ってくれるって信じていました! そんなお兄さんにお勧めな商品があるんっすけど……どうっすか?」


 お金を払うや否や笑顔を見せ、ギルド入り口の隣にある部屋を指さす。

 おすすめの商品……そういえばギルドでは旅に使う消耗品を売っているとか言っていたな。割引をしてくれるとの事だったし、まずはここで相場というものを勉強するのが得策だろう。それに、コマを持ち運ぶための鞄も必要だ。

 俺は女性に手を引かれるがままその部屋へと連れ込まれた。



 ※



「ここが売店っす。何か必要なものがあればカウンターに持ってきてくださいっす」


 その部屋はガラス張りになっており、外から眩いほどの陽の光が差し込んでいた。

 棚がいくつも並んでおり、その上に商品が丁寧に陳列されていた。印象としてはコンビニエンスストアの内装が近いだろうか。

 今入ってきた入り口の他にもギルドの外から直接ここへ入ってこられるようになっていて、外からちらほらと客が入ってきては干し肉や薬の瓶を買っていく。

 コマが並べられていた果物を勝手に食べようとしていたので、受付嬢に預かるようお願いしひとまず店を一周してみたが、ここには色々な物が売られていた。

 乾物や燻製などの保存食、鎧、ナイフや剣盾などの武具、簡易テントやランタンなどの野営グッズ、よく分からない薬など品物の豊富さに驚いた。流石この世界の物流を担っているだけの事はある。

 ひとまず必要なのは……昨日のように薬草採取をするのであれば入れる袋、遠出をする為の水筒、食料。最低限これらは必要だろう。

 テントは皮製で耐久力には優れているがいささか重かった。値段を見てみると……金2と書いてある。紙とペンが銀1だとすれば、金はそれ以上の価値があると思っていいだろう。

 食料が一つ鉄1~2なのを見るに、日本円にして数百円が鉄1。

 紙やペン、ランタンやナイフなどの加工品は鉄8~銀数枚なのを見るに、銀とは千円以上の価値があるのだろう。

 しかし、10センチ程のナイフが銀1枚という事は、この世界の紙とペンは元居た世界よりも高額の物なのか。無駄遣いをしないように気を付けなければいけない。

 ひとまず採取などに使い勝手の良さそうな大型のナイフを一つ、太めのロープを2本、鉄でできた水筒、リュックは高かったので肩掛けのバッグ、それとコマの餌として乾燥した野菜を購入する事にした。

 野盗に脚を刺されたのでナイフにいい思い出は無いのだが……ここで買うのであればあの時捨てなければ良かったと心底後悔している。


「毎度あり! お兄さんはギルドの会員、それと昨日のお詫びも込めて銀1と鉄3でいいっすよ! そんな金払いの良いお兄さんなんすけど、使い古されたローブに異国の服装はいくら何でも目立ちすぎっす! それじゃあ物珍しさに追い剥ぎに遭うかもしれないっすよ?」


 むっ、この辺りでは追い剥ぎが出るのか。まぁ街のそばに野盗が出ているのだ、そこまで治安は良くないのだろう。

 となると困った……この店では衣服の類は販売されていないのだ。何処か別の場所で入手するしかない。

 俺は紙に『近くに服を売っている場所は無いか』と書いて受付嬢に差し出す。

 すると、受付嬢は不敵に笑い、カウンターの下から何かを取り出した。


「ふっふっふ、なななんと。数あるギルドの中でも初の! ショップで服を売る事が決定したんす! いやぁ、服ってサイズが合わないからギルドでは今まで販売できなかったんすけど、大量生産の目途が立ったので遂に販売できるようになったんすよ! てなわけで、お安くするので、いかがっすか?」


 受付嬢の持つ服を受け取り、生地を確認する。

 今着ているシャツとジーンズよりだいぶ質素な服になるが、街中でこれと同じような服を着ている人を見かけたので、これを着れば目立つことは無くなるだろう。

 ツルツルしているが、引っ張ると良く伸縮するのは……なんの毛なのだろうか? サイズは恐らくぴったりなのだが、値段が気になる。

 俺は残っている全財産。ポケットの中に入っていた鉄の硬貨を五枚差し出す。


「えっ……お兄さんこれで全部っすか? いくら何でも旅をするにはちょっと少なすぎやしませんかね……まぁいいでしょう。後払いって事でいいっすよ。本当はラビアねぇが許さないっすけどつけにしとくっす」


 俺は受付嬢の厚意に甘え、『ありがとう』と紙で書いて渡し、衣服を受け取る。


「私、ドロシーって言うっす。ラビアねぇとクアねぇの妹、ルナーラの姉の三女なんすけど、何か買いたいものがあったらこのドロシーに言って欲しいっす。ショップの管理をしているのは私なので。今後ともどうぞごひいきにお願いするっす!」


 預かってもらっていたコマを引き取り、手を振るドロシーに手を振り返し、ショップを後にした。



 ※



 ひとまず自室で購入した服に着替え、コマをバッグに入れる。バッグからひょこっと顔を出したコマは辺りをきょろきょろすると、そのまま顔をバッグの中に埋めて寝てしまった。コマは夜行性の動物なのだろうか?

 ギルドから出た俺は、街を探索してみる事にした。

 街の中央を通っている道を、昨日来た道とは逆の方向へ行ってみる。

 街の中心という事もあり、青果や魚などの生鮮食品を売っている店やそれを調理した料理を売っている店など様々な商店が連なっていた。

 そして更に進むと民家のような建物が増え、入ってきた門とは反対側の門へとたどり着く。

 門には複数の守衛が配置されており、こちらも同様に警備が堅い事が分かった。

 しかし、こちら側の門は昨日通った門とは違い、鎧を着込んだ十数人もの人達が木人形相手に剣を打ち込み訓練している場所、恐らく軍の駐屯地と思わしき場所が近くにあった。

 お世話になるつもりはないが、この辺りでは間違っても騒ぎを起こすべきではないだろう。この人数を相手するとなれば生きて出られないのは間違いない。

 その場所から外壁沿いにぐるっと街を一周してギルドに戻ってきた頃には日が暮れ初めて空腹も限界に近づいていた。

 だが、目的の建物は見つからなかった。街を一回りしたにもかかわらず、この街で教会を見つける事は出来なかった。

 あいつは自分の事を神と言っていたからそれを進行する場所の教会もあってしかるべきだと思ったのだが……この街では信仰が薄いのだろうか? そもそもあれを神と信仰する文化が無いのだろうか?

 分からない事は多かったが、ひとまず今日は歩き疲れた。自室に帰り、ゆっくりと休むべきだろう。

 ギルド内に入ると、肉と酒の香りが充満していた。朝から何も食べていない為お腹が空いて仕方がない。

 空いているテーブルに座り、近くにいたルナーラを捉まえる。


「おっと旅人さん、お帰りなさいです! 夕飯ですか? それならおすすめをいくつか持ってきますけど、それでいいですか?」


 俺はそれに頷き了承し、しばらく待つと山盛りのサラダにパン、それとチキンの丸焼きのような料理がテーブルにドンっと置かれる。

 そして申し訳なさそうにわら半紙のような紙でできたレシートがそっと置かれた。


「お待たせいたしました! 請求書ここに置かせてもらいますね。……ううっ、出来れば昨日のお詫びにルナーラがお支払いしたいのですが、昨日の一件で減給されちゃいまして……本当にすみません‼」


 謝りながら奥へと下がっていったルナーラを後目に、レシートに目を通すと……鉄5枚と書かれていた。

 えっ、もしかしてこれで一文無し?

 ショックを隠せぬままかぶりついたパンは、朝食で食べた時よりどことなくしょっぱく、何とも言えない感情を抱いたままの食事だったのだが、コマはとてもうまそうに山盛りのサラダを齧り続け、俺が口をつける間もなく平らげた。



 ※



 夕飯が終わった俺は急ぎカウンターの方へと向かった。食事の代金を支払う必要もあっのたが、まず何よりも資金調達しなければいけない。

 夜という事もあり、受付は朝と比べ空いていた。

 カウンターには一人の少女、ルナーラが分厚い紙の束を整理しており、他の受付嬢は今ここにはいない。

 ……仕方ない。ここはルナーラに依頼を斡旋してもらうとしよう。

 カウンターに、先ほどのレシートと鉄の硬貨を5枚置き、更に紙に『今から出来る依頼を教えて欲しい』と書いて差し出す。


「えっ、今からですか? 夜はモンスターも活発だからあまり城壁の外に出ない方が良いんですけど……あっ、これなら今の時間ちょうどいいんじゃないですか?」


 分厚い紙束の中から差し出された一枚には、トカゲのような挿絵と『デザートリザードの討伐』と書いてあった。

 報酬は……銀6⁉

 依頼内容はこの近くの草原に「デザートリザード」というモンスターが住み着いたので討伐して欲しいという内容だった。場所も近いし、上手くいけばすぐに帰ってくることが出来るのでは?

 昨日の依頼よりもはるかに高い報酬に目が眩んだ俺は、速攻でその依頼を受ける事を決意。拇印を押すと、ルナーラは大事そうに抱えながら奥で作業しているルビアさんの元へと持って行った。

 ルナーラが帰ってくるのをまだかまだかと焦る気持ちで待っていると、ラビアさんとルナーラが奥にある部屋へと入っていってしまった。何か不備でもあったのだろうか?

 そんな不安を抱きつつ数分後、扉を開け出てきたのは受付嬢二人に加えてもう一人いた。

 誰だと思い目を凝らすと、二メートルを優に超える体躯を持った初老の男性がこちらに近づいてきた。


「あら、貴方が昨日ルナーラがぶつかっちゃった人ね。本当にごめんなさい。あたしはこのギルドの長を務めているスズリって言うの。あたしとしてもできる事なら何でもしてあげたいんだけど、最近国のお偉いさんが何を思ったのかギルドにいくつか制約を付けてね。そのせいであまり支援できない立場になっちゃったの。でも、やれる範囲で貴方の記憶を取り戻す手助けをさせてもらうから、今後ともよろしくね?」


 ……えっ?

 声の渋さの割に甘いトーンでの発言がかみ合わず、一瞬頭の中が真っ白になる。

 見た目は60歳を過ぎているように見える白髪交じりのおじさんなのだが、筋骨隆々のいわゆるマッチョなアスリートのような体型をしていた。しかし、その仕草は何処か女性を彷彿とさせる……この人は、いわゆるおねぇ系? の人なのだろうか。

 見た目とのギャップに戸惑っていると手を差し出されたので反射的に掴んでしまう。その手は自分の手より二回りも大きく、いくつもの古傷が付いていた。上下に振られるその力強さからはこの人は間違いなく強者であると感じさせられた。


「それで、あたしが来た理由なんだけど、この依頼。記憶をなくした貴方にはちょっと難しいと思ってね。まぁ急ぎで金が必要なら止めはしないのだけれど……どうする?」


 どうやらルナーラが俺には難しい依頼を斡旋してしまったらしい。奥でラビアさんに叱られ涙目になっているのが見える。

 俺には難しいのであれば諦めたいところなのだが、明日食う飯にも困っているのが現状。

 俺は依頼を受けると紙に書いて伝える。


「そうね……貴方が自分で決めたのならあたしに止める権利は無いわねぇ。だけどここは慣れない土地、貴方一人だと正直かなり心配なのよね……仲間を連れて行くと良いわ。ちょっと! タクスちゃん、こっちにいらっしゃい!」


 スズリさんが呼ぶと、奥で飯を食べていた青年が飛び上がり、慌ててこちらに駆け寄ってきた。


「お呼びでしょうかマスター! このタクスに出来る事があれば何なりと‼」


 タクスと呼ばれた青年は、ビシッと背中を伸ばしまるで軍人のように直立している。


「タクスちゃん。もうちょっと気楽にしてもいいのよ? なんたってもう先輩になったんだから。この子がタクスちゃんの後輩、名前は訳あって話せないのだけど、悪い人じゃないわ。今から依頼を受けるのだけど、一人だとあたしが心配でね……お供を頼めるかしら?」


「その依頼、拝見させていただきます。……ふむ、大丈夫です! 何時でも行けます!」


 二つ返事をしたタクスは俺に握手を求めてきた。その手は先ほどのスズリさんのものと比べると小さく、まだ傷はついていない綺麗な手だった。


「俺の名前はタクス・バートレット。先月このギルドに入ったばかりの新人だ。これからよろしくな!」


 俺は握手に応え、差し出された手を握り、固い握手を交わした。

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