5
そこには、小さい頃の私とお母さん。
「気をつけなさい」
「お母さん、ごめんなさい」
今度は、小学校の私と、初めて友達になったユカちゃん。
「また遊ぼうね」
「ううん、もう遊べないの」
結局いつも、最後は私一人。もう誰もいない。
「メグ、メグ……」
なのにまだ私を呼ぶ声が聞こえる。
その声は?
「はっ!」
何で目の前に愁斗くんが?
身体が一気に記憶を取り戻そうとする。
「飲み過ぎか? こんなところで爆睡して」
寝ていたことが恥ずかしくて顔をそらす。
いつの間にかお客さんもまばらになっている。
そういえばと、お札を元に戻す魔法を使ったことを思い出す。刹那、心の奥が激しく痛む。
「来てくれてありがとう」
「えっ?」
来るも何も、今日の約束を忘れているはず。その後のありがとうの意味もわからない。
「いつもと雰囲気が違うから、メグだと気がつかなかった」
キョロキョロと周りを見て耳元に近づいてくる。
「お札を元に戻してくれたのメグだろ? あのときは本当に焦ったよ。全く想定外の出来事だったし。でもそのとき、メグを見つけてなぜだか助けてくれそうな気がした」
耳元に吐息がかかりドキドキとする。
こんなにもニコニコと話をする愁斗くんを今までに見たことがない。
でも。
「私何もしてない……」
彼から目をそらす。本当のことは言えない。
「うそ。あれ魔法だろ?」
そう言いながら、横の鞄から取り出したのは一本のトマトジュース。それは。
「ごめん、俺さ、トマトジュース苦手なんだよね」
「どうして、どうして飲んでないの?」
驚きのあまり、立ち上がり机を強く叩いてしまった。「ごめんなさい……」と椅子に座ると、彼は微笑んだ。
「実は知ってたんだ。メグが前から魔法を使ってたこと。最初はビックリしたけど」
愁斗くんは私の練習方法を知りたかったという。もちろん私の場合、魔法を使ったマジック。誰も部室にいない時に魔法でのマジックを練習していた。
私が人前で練習をしないものだから、こっそりと覗きに来たという。覗かれたことが恥ずかしい。魔法以外の見られたくないことも、見られたかも知れない。最低。
聞くと、マジックだけでなく、飲み物やお菓子を動かしたりとそんなところも見られたようだ。
どうやって見たかと聞くと、扉の横に小さな穴があってそこから覗いていたという。
「最初は見間違いかと思ったんだけど、何度も見ているうちに確信したんだ。ということで、俺はメグのことを理解しているつもりだよ」
「理解なんて……でもやっぱり、今までの記憶をなくしてもらわないといけない。基本的に魔法を見たら、忘れてもらわないといけないから」
「基本的に、だろ?」
「そう、基本的に……って、あれ?」
そういえばお姉ちゃんも、「基本的に」って言ってた。じゃ、例外があるのだろうか。
「このバイトの前にメグのお姉さんが来て一言、お父さんは普通の人って。そのときは何を言ってるんだろって思ったけど、今それが理解できた」
例外ってもしかして。ちょっと待て、いきなり例外なんて、例外過ぎる。
「メグ、俺は記憶をなくしたくないよ。今まで楽しかったメグとの記憶をなくしたくないよ。だからさ、俺を例外に……」
何を言い出す!
顔が熱い。今までで一番心臓がドキドキとしている。
「ちょ、ちょっと急にそんなことを言われても無理!」
口が渇く、喉も渇く。
目の前にはトマトジュースが。
「それは!」
口の中にトマトの風味が広がっていく。こののどごし、やはりトマトジュース。
あれ、なんだか目の前が白くなって……
「メグ、メグ……」
もう一人じゃない。魔女も悪くないかも。
クリスマスの魔女 温媹マユ @nurumayu
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