尊い自動販売機の話

狛夕令

第1話

 ある町の片隅に自動販売機があった。

 もう設置されて二十年以上経つ町の自販機の中でも古株である。型番は古くても故障ひとつ起こしたこともない。

 天気による数の変動はあっても、毎日自販機の前には飲料を求める人が立つ。色々な年齢、職業の人が色々な顔をして。

 だが、たった一つだけ共通していることがあった。

 どこか怒っているようでも、どこか悲しんでいるようでも、自販機がお求めの飲料を吐き出せば、少なくともその一瞬だけは救われたような表情になるのだ。

 いつしか自販機にもそれを誇りに思う魂が芽生えていた。


 冬が来た。今の場所で迎える二十三度目の冬だ。

 自販機の中にはホットコーヒーや甘酒や汁粉が入っている。暑さ寒さを感じ取れなくても、補充される飲料の種類で季節の変化を理解できるようになったのだ。

 特に今夜はクリスマスという日らしい。ひっそりした狭路に置かれていても、大通りの賑やかさや子供たちが楽しそうにしているのが伝わってくるのだ。

 さっきもサンタクロースの付け髭をしたサラリーマンが千鳥足で通り過ぎていった。少しでも暖を取ろうと立ち止まってくれる人を楽しみに待つ。


 しかし、自販機の前に集まってきたのは不良と呼ばれそうな若者たちだった。みんな一様に害意に満ちた目をしている。

 ちょっと怖かったが自動販売機が人間を差別してはならない。お金さえ投入してもらえれば誰にでも飲み物を提供するのが機械の誇りなのだ。

 何をお求めでしょうか──声にならぬ声で語りかけた直後、若者たちはいっせいにバールのような物で自販機を叩き始めた。


 自販機は混乱した。この人たちは飲み物の買い方を知らないのだろうか。

 説明してあげたくても音声ガイダンス機能はない。凶暴な若者たちは鈍器を振るって無抵抗の機械を殴り続ける。とうとう外装が凹んで、破れた腹から缶飲料もろとも現金を吐き出してしまった。

 翌朝、無惨に破壊された自動販売機を近所の住民が見つけた。


 古い機種だったので自動販売機は廃棄された。

 しかし、天は聖夜の凶行の犠牲者をただお見捨てにはならなかった。

 機械の健気な姿を神様が見ておられたのである。

 神様はあの町でもっとも尊いものを持って参れと天使にお命じになり、自動販売機の魂は天に召された。


 自販機荒らしの常習犯だった連中は死後、地獄へ堕ちた。

 彼等に架された苦役は、生前奪った金銭と同じ額の硬貨を、自分の身長より高くなるまで積み上げるというシーシュポスの岩さながらの刑罰だった。

 狭い箱のような部屋に押し込められているので、いいところまで硬貨を積み上げても、すぐ仲間の体が接触して崩れてしまう。おかげで喧嘩が絶えない。

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