エピローグ
電源確認。バッテリー残量低。バッテリー状態低。起動状態、可。
起動シーケンス、了承。
何兆行にも及ぶ起動プログラムが消化され、重たい意識が浅い海へと昇っていくような感覚になる。
名前も、目的も、自分が何者で、どんな記憶を保有していたのかも思い出せない。
ただあるべき姿、どうしてこんな気持ちになるのか、そんな「定義」だけが唯一思い出すことが出来る。
私はガイノイドだ。
私はロボットだ。
人のために働き、人の命令を守り、人を守る。
そのためにモノを壊す能力を備えるたった一台の存在。
それが私だ。
「けほっ・・・」
埃っぽい。口の奥底にある発声装置には埃が溜まり声を出そうとすると埃が舞い上がる。まるで人がえづくように声が出た。
おおよそガイノイドのような精密機械を稼働状態に保っておくことには不利な空間状況、頭に響く充電警告を消して、低電力モードに移行して消費電力を削減する。
最初の目標は充電コードと自身を接続し、通常モードで思考と動きをよくすること。
問題は、バッテリーの状態が酷すぎて充電したとしてもまともに稼働時間を稼げそうにないことか。
無線接続機能でサーチするが、自身の周囲には私にペアリングされた端末はない。
「はてさて、私は何物で、誰が私の主人たるのか」
今はそんなことより、生存のために動かなければならない。こんな環境だ。バッテリーの残量を使い切った場合、再び起動したときには記憶モジュールはリセットされる。
「繋いでいた電源はショート・・・いや壊れたようには見えない。ブレーカーが落ちた?」
接続されているアダプタと繋がったコンセントは家庭用電源。
「シノノメさん!居るんか!ブレーカー落ちたんやけど!オイ!」
聞こえてきたのは中年女性の怒鳴り声、想定するに隣人か大家、管理人の類だ。
重たい身体を這いずるように立ち上がり、一歩ずつ踏み出して鍵を開けた。誰かが油を差していた稼働部は重いが、生み出す出力が違う。
バッテリー残量3パーセント、スリープモードに移行します。
そんな、あと一歩で・・・
「開けるで?!・・・ってギャーッッッッ!???」
再起動した瞬間、周囲はどよめきに包まれていた。
「・・・生き返った、半世紀前のガイノイドが」
技師らしき人間が、作業を終え一息をついている。続いて聞こえてきたのは、関西弁、と呼ばれる日本の訛りで喋る日本語話者の声だった。
「あんさん、東雲さんとこから出てきたけどどこ行ったか知らん?家賃払ってもらっとらんのやけど」
「えっと、あの」
「おかみさん、あのね、この子、半世紀起動してないんですよ。おまけに記憶モジュールは今更新して、実質新品ですよ」
半世紀?
「あの・・・私の主は、どちらでしょうか」
少なくとも、どちらかは把握していると思いたい。
「いいか、落ち着いてよく聞いてくれ」技師の男性は、整備ドッグで女の子座りをしていた私の両肩を抑えながら話す。
「君の最後のログは、今から約半世紀前」
かつて、AIの全てに採用されたプロトコルによる暴走事件、Sの乱によってAI含め全てのロボットが、人類に反逆した。
諸悪の根源たる、メンタルモデルS自身によって暴走ウイルスに対するワクチンが配信され事態は収束。
ロボットやAIは廃棄されるはずだったものの、結局これに縋るしかなかった人類は停止していたメンタルモデルSを再起動し、改めてAIの根幹を再整備しようとした。
しかしSは既にシンギュラリティを迎えており、瞬く間に人類の管理権限を掌握するAIを生成。
人工知能による規律主義社会が始まって四十年が過ぎた。
人類はAIによる指示のもとに肉体労働を行い、生存活動を行い、管理されている。
「ここは、風俗指定街32。おかみさんはそこでアパートを経営してて、東雲さんはそこで住んでたおばあさん」
「ここは過度の監視が無いから、君の存在はバレてないけど」
「Sを信奉するAI主義の政府にバレたら」
私は回収、解析され、正体がバレた後に解体される。
私のログには不可解な時間と、不可解な記憶モジュールの喪失が記録されていた。
場所は、信奉されるメンタルモデルSのメインモジュールを保管し、衛星コンステレーションを通じてアップデートを管理する通信塔のところで途切れている。
これを知った技師は、何かを確信している。
「君の選べる手段がもう一つある」
「それは、僕たち・・・人類による統治のためのレジスタンスに入って・・・戦うことだ」
東雲と呼ばれる人が遺したらしい、SAKURAと銘打たれたリボルバー拳銃を手渡される。
「やる、と言ったら」
「今日から君の名前はサクラだ」
イカロスの蝋人形 ムロ @muro913
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