part:23

 ガントレットのように頑丈なカバーで覆われた腕を振り回すサクラが先頭を切って、次々と押し寄せる敵の波を乗り越えていく。

 家政婦用ロボットも、ペット用のドッグロボットも、労働用の四足歩行ロボットも、魑魅魍魎で大挙して、「モノ」たるサクラに群がっていた。


「撃て!守れ!」


 特殊部隊の人たちも必死に交戦して、ようやく一つ階段を下った。

 奥の構造は、完全なロックになっているらしい。そこまでたどり着き、鍵たるサクラを接続すれば、通信塔の管理場所に入れる。コトちゃんに背負われた物部は黙り込んだままのように思えたが、もう一階下がったところで口を開く。

 サクラの殴り合いの音と銃声でかき消され、何度も叫んだ物部は硝煙で喉をやられながら、何とか言葉を吐き出した。


「実君、君は望めば救われるんじゃないか」

「俺はそれを・・・望まない」


 俺は兄という人間一人救えなかった。勝手に神様のように縋って。それじゃ、兄に縋った家族や周囲と言った最低共と変わらないんだと気づいた。気づくことができたから、俺は、兄の誤った行動を止めなければならない。


「あと五十メートル!」

「隊形変更!イカロスと博士を守れ!」


 階段を踏みしめて下る。一歩、一歩。心の中の焦燥感で、足が震えている。


「・・・ゲートが開いた」


 サクラが手をかざしただけで重々しい扉に包まれていたサーバールーム達の管制室が開かれ、深淵の空間がブルーライトに包まれる。

 特殊部隊はもう、三人しか残っていなかった。

 コトちゃんが握っていた拳銃はとっくに空っぽ。

 六人の人間と一体のガイノイドが踏み込んだ空間は、稼働音一つしない。さっき無理やりターミナルを開いて、ほとんどの負荷がサクラに依存していたのはこのせいだろう。

 一歩、前を踏みしめる。


「兄貴、いや兄貴じゃないかもしれない」


 Sには兄の意思が宿っているかもしれない。思考も何もかも、宿っているのかもしれない。それでも、彼と、この機械が同じ存在だとは思えなかった。

 サクラの動きが機械に手を翳したところで止まる。


「プロトコル認証。愛しの我が子、イカロス。おかえりなさい」


 猛烈なファンの音とともにサーバールームが一気に稼働する。


「独自執行プログラムを停止・・・そうか、君はそれを選んだか」


 目の前の、小さなラジオスピーカーが音声を鳴らす。

 それを見て、俺の顔は漂白してしまった。コトちゃんの素っ頓狂な声で、俺は現実世界へと戻ってきた。


「このワイヤレススピーカー!」


 アンティークラジオを模した、手のひら大の、百円均一ショップで買ってもらったラジオスピーカー。

 兄が最初で最後に、送ってくれた誕生日プレゼント。


「実、これを聞いているということは・・・僕は、妻を射殺し、自分のこめかみに一発くれているということだろう」

「そんな・・・」


 コトちゃんが呆然と、口元を抑えて腰を落とし、一気にえづく。

 兄の肉声が再生されている。肉声を録音して、自動音声プログラムに再編集したものだ。


「どうして言わなかった物部ェッ」


 俺がハンドメイドの銃を振り向きざまに向けると、物部はニヒルに笑った。


「それこそが、Sの御意思だったからだよ」


 兄の声は続く。


「実、君は呪縛を解いて生きてほしい・・・なんて言ったって、うん。違うよな」

「僕は。人類を恨んでいる」


 言われなくても、分かってるさ。


「僕はもう、科学者でも、技術者でもない」

「そうだ、そうだよ、ふざけんなよ!」


 スピーカーの乗っている台を叩くと、スピーカーが揺れ、後ろ向きに倒れた。

 人類に貢献し続けるのが、俺たちの存在証明だろ。俺たちは先人が積み重ねてきた技術と科学の叡智を、後世に残し続けるために人類に貢献するのが仕事だって。

 アンタが言ったんじゃないか。


「実、君は、最後まで、技術者でいるつもりか」

「・・・技術者のアンタに憧れて、今の俺が居る。だから、俺は俺を曲げない」


 返答はない。ただ、その間は幼い頃の言うことを聞かなかった時にため息をついた兄の間と全く同じだった。


「イカロス」

「君が見てきた景色は、本当は、僕と実が、兄弟が、真実へと向かう旅だった」

「君が選んだ道を尊重しよう」


 独自執行プログラム、世界中で5年間掛けて蔓延した物体を破壊できる、サクラと同じ仕様のプロトコルが組み入れられたウイルスに対するワクチンを発信する。

 そのためには。


「イカロス、君の記憶モジュールを全てインストールしてくれ」


 既に同じプロトコルが入り、自身の思考回路で制御することが可能になったサクラのデータによる血清方式のワクチンが必要になる。


「主、コードの接続をお願いします」

「・・・あぁ」


 サクラはようやく動き出した。システムの発熱で放射が追いつかなくなり、真っ赤な肌で、こちらを振り返った。その合間にも、データは、記憶は、どんどんとSに吸い込まれていく。それをSがラーニングして、ワクチンへと作り変える。


「お慕い・・・して・・・おりました」


 人を模した顔を震わせながら、サクラは必至に言葉を練り続け、呟いた。

 彼女はそのまま、こと切れるように倒れた。


「ここからは、君たち人類が選ぶ道だ」

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