part:22

「イカロスの翼は溶ける」


 イカロスは蝋で出来た翼で羽ばたき、太陽の熱で翼が溶けて落ちた。


「それでも、これ以上、私たちのせいで人類が苦しむことも」

「人類同士で苦しむことも」

「人間を支えていくことを使命に生まれた私たちに耐えられることではありません」


 あくまで、助言。そう、詭弁を張りたいらしい。


「真はね、君が考える以上に苦しんでいた」


 俺は兄を神格化していた。そのせいで、兄は俺に本性を見せることが出来なかった。

 誹謗中傷、物理的な攻撃、家族や社会的立場への攻撃。

 ずっと苦しんでいた。自らが産み出した、祝福の対象がいつの間にか、争いの源になっていて。争いを消すために産んだものが、怨嗟の対象になっていた。

 人一倍心優しい彼が、自らの命をあきらめるのには十分な理由。それを俺が知ろうとしていない。今でも、信じようとすら出来ない。

 ずっと握っていたサクラのカーボンカバーが軋む音がする。


「主、聡明な貴方は」


 力を込めた瞬間、言葉が止まった。

 人間の瞳を模したものの光彩や瞳孔の縮小までは再現出来なかったサクラの瞳が途端に不気味に見えて、一気に突き放した。


「主、貴方の命に遵います」

「信じない」


 信じられない。

 お前は、もはや何者なんだ。AIなのか。それとも自我を得た、人権を得るべき存在なのか。

 銃口を突き付けた俺に、開ききった瞳孔のサクラが無機質な機械音声で口を半開きのままスピーカーで通話する。


「ゲート論理回路、オープン」

「思考回路データ認証、開錠」

「メンタルモデルSへようこそ」


 何かしらのネットワーク、恐らく電波塔内の無線システムでターミナル化されたらしいサクラは、凄まじい発熱を行いながら微動だにしない。


「現在、独自執行システム「サージカル・ジェノサイド」を実行中です」

「停止は!どう止める!」


 俺が叫んでも、システムは既存の音声ガイダンスを繰り返すだけだ。何度も、何度も。正規のターミナルじゃないから入力方法が違うのかもしれない。


「コトちゃん!スマホ持ってないか!」

「え、あ、うん!」


 傍で呆然と腰が抜けたままだったコトちゃんから携帯端末を奪いとる。


「東雲警部補!時間がありません!」


 俺をここまで連れてきた特殊部隊のおっさんたちは、もう研究室の入口まで追い詰められている。銃弾も飛び交い始めた。


「クソッ」


 携帯端末から無線でサクラのボディに接続する。純正のコードシステムから無理やりハッキングモードに入れたいが、小さなタッチディスプレーのキーボードではまともに連続入力も効かない。


「動け、動け・・・このままじゃ」


 サクラが止められたら、S本体も破壊され、停止コードを発信できる通信塔たるここも破壊される。そうなったら事態を止めることは出来ない。


「独自執行システムの停止には、管理者権限か、イカロスのデータを持った無線端末が必要です・・・停止のためには」


 そのまま通信塔内のサーバールームらしき場所を指定しだしたSのバックエンドプログラムを切断し、サクラを再起動する。熱暴走を起こしかけている。明らかに熱量が高すぎる。それでも、この研究室から下にあるサーバールームに突入するためには、武人のように戦えるサクラの存在が必要だ。


「隊長!もう!」

「佐々良木博士!」

「ここから一番下の!サーバールームに行く!」


 そんな無茶な。そんな声が聞こえてきそうなのを無視して再起動を行う。重たい処理を行い続けていたサクラの表面温度は異常値を叩きだして、放熱のための人工皮膚は真っ赤に染まっていた。

 それでも。


「・・・承りました」

「アタシにはいくつもの制約がかけられています」


 それでも。


「ただ一つ。主の命は守らねばならないのです」


 サクラは戦うために立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る