part:21

 兄がずっと悩んでいた。

 それを俺は知ろうとしていない。図星をついた物部のセリフに俺は、首根っこを掴んでいた両手が震えるのを抑えるしかなかった。


「イカロスは鍵だ」

「Sが何者かを」

「死んだはずの佐々良木真の正体を明かす、たった一つの鍵だ」


 イカロス・・・サクラはSが生み出したAIだ。

 6年前の事件で、兄は死んだ。それは変わりようがない。

 物部は饒舌に語り続ける。まるで司法取引が決まった後に供述し始めた犯人のように。


「Sは6年前から停止するまで、不可解な動作をしていた」


 それが、サクラがモノを壊せるようになった切欠とでも言いたいのか。

 頭の中をフル回転させる。兄が居る間は完全に制御されていたメンタルモデル「S」から制御不能な状態になってから生まれたAIモデル「イカロス」が五年前に流出した。それがサクラだ。

 Sは兄の死で、シンギュラリティにでも目覚めたってのか。


「そんなことは分からない」

「でも、Sはシンギュラリティを起こした。AIがAIを無尽蔵に産みだせるようになった」


 それで、Sは止まったはずだ。


「実君、私はね」

「真の意思を継ぎたいのさ」


 兄貴の意思。まったく見当がつかない。


「それが、サージカルジェノサイドなのさ」


 人類を、AIによる虐殺で制御する。力で押さえつけ統治する。人類が多くの動物を今まで支配下に置き続けたように、AIが人間を制御する。そうすれば。


「争いが無くなる」


 戦争も。貧困も。格差も。性差も。環境も。全て均等にプログラムされればいいだけなんて。


「ホントに、そう、思ってんのか」


 少なくとも、俺は兄貴がそう考えたなんて信じられない。

 兄貴は、人間のためにAIプロトコルを産みだした。裏切られた感情で、そんなイデオロギーじみた考えを自らの手を汚さずに実行する政治家のようになるとは思えなかった。


「実君、君だって考えたことがあるはずだ」


 俺が佐々良木真の弟として、うまれなければ。

 きっと俺は神童として持て囃されて。親から蔑まれた人生を送ることなく、愛されて生きただろう。

 俺はずっと兄の背中を追う必要はなく。

 自分の好きなことをやって。褒められて。しかるべき愛情を受けただろう。

 分かってるさ。分かってる。そんなこと分かり切ってる。

 でも。


「それが。人間だろ、生きるってことだろ!」

「与えられるだけが、全員が等しくあるからって、争いが無くなるわけがない!」


 だったら、人類を滅ぼすしかないんだ。それぐらい、俺も同族には嫌気が差している。それでも、間違いだろう。AIが人類を統括するのは、統べるのは、兄の目指した理想とかけ離れている。


「ならば、Sに」

「真に聞いてみなよ」

「僕は、最期の彼に頼まれたのさ」


 全世界のAIに、モノを破壊できるプロトコルがインストールされる、データウイルスパンデミックが蔓延するまでの時間、伏してまで俺をここに呼びつけたのは、そういうことらしい。


「鍵を連れてくるのは、きっと君だろう」

「イカロスにとって君は、叔父なのだから」


 もう、認めるしか。無いだろう。背後からは破壊音と銃声が鳴り響いている。当然、サクラが格闘して時間稼ぎをしている音もする。大声で彼女を呼びつけると、一瞬で傍に歩いてきた。

 セーラー服じみた衣装の和服風な袖は、締め上げていたものが破れ、ちぎれている。


「主、時間がありません!早く!」


 懐に握っていた直径三センチの筒状の物体に、苛立ちと恨みと祈りを込めた弾丸を装填する。


「サクラ、正直に答えろ」

「・・・主の命に遵うことが、私の使命です」

「この事態を止めて、Sを破壊したい」


 鍵たる、サクラは、イカロスはどう応える。


「アタシはこの五年間とひと月の旅で、色々なものを見ました」


 俺は静かにパワーアシストのついた左腕でサクラの首根っこを掴み上げる。カーボンとアルミニウム、FRPをふんだんに織り込んだガイノイドのGTマシンは、面白いように軽々と持ち上がった。


「人類は、もはや、私たちに統べられるべき時が来たと思います」


 俺が手を震わせていることも気に留めず、サクラはお手製銃を握る俺の手に自分の両手を添えて、銃口を自分の思考コアシステムのある部分に指向した。


「私は、イカロスは、羽ばたく時が来ました」

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