第8話:殴戦人形は恋の夢を見るか

part:20

 今、何と言った。

 目の前に座る世界の人知を誇ると言ってもいい技術のトップランナーは、何と言った。


「もはや、世界は救えない」

「だから、必要なんだよ」


 声が出ない。

「サージカル・ジェノサイド」

 直訳するならば、外科的な虐殺。

 意味すること、それは。

 恐竜を滅ぼした氷河期に限らず、多くの時代で時の支配者を壊滅させてきた外的要因による「地球の支配者」の交代だろう。

 我々人類は、傲慢にも地球の支配者、ヒエラルキーの頂点に立ったと驕り、宇宙へと旅立とうとすらしている。これはきっと傲慢だ。欺瞞だ。それでも、それでいいじゃないか。私たちは私たちだ。

 そう投げかけようとして、目の前で流された動画に絶句する。


「自然破壊、環境の悪化、それに対応しようとした」

「でも、我々科学者は常に一つのジレンマに陥る」


 人類が亡べば、多少なりとも生態系は変わるものの、地球は死の惑星ではなくなる可能性が高いということ。


「それだったら宇宙にでも行けば!」


 私の必死の叫びに、今、ここで、国民栄誉賞を受け取るはずだった技術者、物部祐は自嘲するかのように笑った。


「出来るかい?そんなことが」

「争い合うことしかできない生き物にすぎない人間が」

「数少ない資源を競い合う宇宙という過酷な環境で豊に生きられると思うかい」


 それは。今だって、人類は戦争をしてる。自らのエゴで。資源を争って。自らのイデオロギーで。歴史を競って。そんな生き物が、どうやって分けあって生きていくというのだろう。

 背中に回している、ランヤード先のSAKURA拳銃からは手を離さない。


「それでも!今、外で起きているのは間違いです!」

「AIが、ロボットが」


 サクラちゃんみたいにモノを壊せるという条件で無差別に人を殺している現状。こんなこと、真お兄さんは、望んじゃいない。彼はそうならないように、AIを産みだしたのに。


「いいや、彼は、そう、望んだんだよ」


 そこまで物部博士が言ったところで、たちまち凄まじい音で研究室のエアロックが破壊された。

 まずい!リボルバー式拳銃を右手に引っ張り上げ、ランヤードを腕に絡ませて物部博士を背後に守るように、扉を照準する。


「兄貴が、何を望んだって・・・!」

「み、実!」


 完全に激昂した様子の彼が研究室を荒らすように、突き進んでくる。あっという間に、私の傍に立った彼は何か持っているようには見えない。


「簡単なことさ、自分を殺した愚かな人類を」

「自分の思うように従わなかった人類を」

「恭順に、AIと共生させようなんて考えやがった!」


 実は逡巡する。


「なぜ、知りもしないことを言える、ありもしないことを言える!」


 そして、勢いよく物部博士のシャツの胸元を両手でつかみ上げた。


「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」

「あんだと」

「その様子だと、あのお人形の真実も知らないみたいだね」


 真実?サクラちゃんは、お兄さんが実に、弟に残した遺産なんじゃないの。彼を守るための。


「あのお人形、いいやSの一人娘「イカロス」は鍵なんだよ」

「鍵?」


 Sの一人娘。まるで、Sがとっくにシンギュラリティを起こしているみたいな、そんな語りぶり。それを聞いていて理解が一周回っていたのか、実のこめかみには力が入り血管が浮き出ている。


「真はね。自ら死を望んだ」

「もはや、生きることが絶望だとしか思わなかった」

「それを理解しようともしなかった唯一の家族が、後から口出しするなんて、ずるいんじゃないかな」


 まずい!

 饒舌に語り上げる物部、それを締め上げる幼馴染。それを必死に引きはがそうとする。


「東雲警部補!邪魔をするな!」

「これは、佐々良木真と、Sを扱える」

「俺たちだけの喧嘩だ・・・」

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