part:19


 周囲に設置したいくつもの監視カメラがモニターに映す画像。微動だにしない森林と灰色の空がザッピングされる画面に、一瞬人波が見えた。


「デモ警備、か」


 お題目はそうだ。いつも通り、秘密にすべき情報が洩れて、いつも通り、お上は現場に押し付ける。

 電波塔とそれに付随する施設は雪模様にも拘わらず、すべての道路をデモ隊に包まれた。

 賛美するつもりはまったくないが、昔はデモ隊とそれなりに渡り合えた。この部署に入る前は、機動隊に居た。その頃に生まれた部下を今は預かっている。

 こんな騒ぎ、十五年前は俺たちが出るまでもなかった。県警の機動隊で十分対処出来たし、俺たちが出たことの方が騒がれるだろう。

 日本は変わった。世界が変わった。

 人工知能の発展、ロボット技術の進展、世界への技術の普及は素晴らしいことだと思う。

 それが悪い方向に進んだ。人類が悪い方向に進めた。

 治安は目に見えて悪化した。

 機動隊は重武装になって、交番の扉は閉ざされ、所轄の庁舎は嵌め殺しの防弾ガラスに変わった。

 未だデモ隊に銃火器が渡らないことが、日本の治安を支えている。他所を見れば、どこも騒乱ばかりだ。

 最近は、現代学生運動がある。昔みたいに強力な結束と暴力は持っていないが、多くの若者をSNSが繋ぎ連帯の力を持った。

 外のデモ隊にも、かなりの人数が含まれるだろう。交流サービスは年代を問わない網が仕掛けられ、誰しもが同意を暴力に変えられる。

 規制はすべきでない。暴力を受け止める仕事をすると、分かっていても少し忘れそうになる。


「隊長、東雲警部が博士と接触しました。聴きますか?」

「配置は問題ないか」

「全小隊、所定の配置につきました。機動隊の管区も予定通りです」


 電波塔のある山。起伏の陰に止まった指揮車からは、籠城をする山城の城主になった眺め。

 高い柵と鉄条網が幾重にも囲むは城を作る石垣で、起伏に富んだ小山の形がよくわかる。外周との間を警戒する機動隊員は、防備を固める城壁で。中で待ち受ける自分たちは城の造りに隠れた鉄砲兵だ。


「こういうのは警備企画課の仕事なんだがな」


 電波塔内にビーコン方式で繋いだ無線網に飛ぶ盗聴チャンネルに合わせる。任務の一つ。


「ハムはなんで目標を拘束しないんですか?」

 副官は若い。

「分からん。ただ、俺たちが県境を越えることも、普通はあり得ないんだ」


 時代は変わってしまった。

 そもそも、東雲警部補が派遣されているインターポールは警察機構の国際的な枠組みであって、警察権は各国に残っているハズだ。彼女に委譲された権力は割に合わない。

 技術が得意な隊員が指示に応えて端末のボリュームトーンを弄った。


「物部博士、東雲です」


 端末の人工知能が音声に含まれる多くの雑音を修正した。音声は代償に奇妙な高さで入る。


「お話があるとのことでしたが」


 東雲は警備対象の博士に呼ばれた。

 警備するはずの博士を探るよう命じられた。

 この二点は繋がる。東雲は、対象に接触したうえで逃がしたという話が外事課から上がっていた。


「・・・佐々良木実と、それに伴するガイノイドをここに進入させろとは」


 少年の面影が残る丸刈りの青年隊員と顔を見合わせる。一番警戒すべき対象を、中に入れろとはどういうことだ。

 彼が都内の隠れ家から頻繁に動いて、偽装して輸入したロボットと合流したコトは判明済み。捜査権を持たない我々では、上や他の部署から渡される情報でしか行動出来ない。

 この目標を、上層部は大手を振って捕まえることを良しとしない。

 全国管区の道路から情報を収束するNを使用出来ない。Nシステムは情報が入る代わりに、全国管区に伝わる。

 まだ犯罪を起こしていない彼らを特定すると足が出てしまう。身内に溢され、マスコミに繋がり、活性化する運動に油を注ぐことになる。

 消息は、逆輸入もされない珍しい形状の原付二種に二人乗りしていること。

 彼らは、物部博士を狙う。博士の居場所が分かるのは今日だけで、彼らは当然ここにやってくる。

 それを中に入れろとは。


「・・・サージカル、なんていった?」


 自分の耳がおかしくなければ、物部博士は可笑しなことを口にした。

 遠くから耳鳴りがする。


「隊長!」


 モニターで監視する隊員が声を上げた。立て続けに聞こえたのは、遠くの声。戦を始める勝鬨の叫び。

 正面を警備する機動隊と各戦線のデモ隊が接触した。付近のSNSデータがこの地域で上昇する。誰かが号令を出した。膠着を破る、何かがある。


「誰でもいい!カブのエンジン音がしたら無線!」

「白のボデーに赤のシートの単車だ!」

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