part:18


 息を吐く。白い。手袋が外せない寒さと外気を浴びて、温かさが恋しい。

 誰も通らない交差点、馬鹿みたいに長い信号を律儀に待った。

 背後を見てため息が一つ。


「その視線はなんですか」


 ぴったりと抱き着かれて、彼女は頬を赤らめているのに、温かみがない。

 こいつは人間でも、哺乳類でもない。外装は金属やカーボン。冬場に触れば冷たい素材で構成され、マシンスペックが高いから過度に発熱することがなく、人工肌が仄かに赤らむだけで冷却できる。

 彼女に、寒いという感覚はない。外気が冷えた方が快適とまで言える。反対にじめじめとして蒸し暑い日本の夏や、日の当たる季節は放熱が追いつかない。

 機械、なのだ。


「信号、青ですよ」


 自動遠心式のシフトを前に踏んで、アクセルを手繰る。原動機付きのバイクが走り出す。

 遂に決着の日が来た。

 墓参りで決めた決意が、今は揺らいでいる。

 本当に物部は実行するのか?はたして俺はそれを盲信して、アイツを殺すべきなのか?そう怯える自分がいる。

 家族を殺したのは物部だ。今までも散々危険な目に合わせてきた。

 俺自身、取り返しがつかないところまで来たのは分かっている。

 何故迷う?何故、意志が揺らぐ?何か、取り逃した真実があるのか?


「主」


 モノを破壊する力がサクラに備わる以上、メンタルモデルSがその能力を生み出せるのはおかしくない。物部がそれを使ってロボット同士を破壊させる。そう考えてここまで進んだ。

 奴が来て、同時に停止コードを起動出来る条件が揃った今日を作戦決行日に選んだ。


「主」


 あまりにも、出来過ぎていないか?

 自身の存在を知らせて、計画に不備を起こす俺とサクラを呼び寄せた。舞台に役者とストーリーを揃えた。

 よく考えなくたって。

 俺たちが海外に留まる間に事を起こせば、どうしようも出来ない。俺たちを待つ必要がない。

 俺たちが来たことでトリガーを引ける。

 事態を起こす引き金がサクラ。

 ここまで執拗に追ったのは、彼女が俺の傍に居たから。

 追手が俺を狙ったのは佐々良木実という人物は必要なく、サクラが必要だということ。

 海岸際に太平洋の荒波が当たって白波の飛沫が消えて、思考は堂々巡り。


「主!」鈍い音とともにバイクが蛇行する。

「なんだ」

「先ほどからずっとお呼びしたのですが」


 こんなにも風が強いし、お互いヘルメットを被っている。サクラは半ヘルで、俺はジェット。インカムも繋いでいない。


「主、具合がいいようには見えません」

 片道進行の信号に止まり、サクラはグラブバーを掴むための両手でしがみついてきた。

「具合なんて関係ない」


 物部を殺すには、今日が最も早く、野望を止めるには、今日が最も遅い。

 両方を叶えられるのは、互いのグラフが接する唯一の点。逃せば全てを失う。

 やはり、あまりにも出来過ぎている。筋書きをなぞる何かの寸劇を演じる気分だ。

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