エピローグ2 倉見

センパイのことはずっと大好きだった。

一目惚れだった。

ちっちゃくて、部内で一番足が速い。

昔から、そういう子がタイプだった。


でも先輩は見た目だけじゃない。

たとえば、部活帰り。

何度下らない冗談に笑わされたか分からない。

他にも、付きまとった帰り道で話の流れで、


「県決勝? 全国じゃないんスか?」


と失言してしまったことがあった。


しまった、そう思っても後の祭り。

怒られると思った。

でも、違った。


「お前はそれでいいんだよ」


先輩は、やっばりという顔をして、そう言った。


「あれ? 怒ってないんスか?」

「お前にとってはそうなんだろ? 全国に行けるかどうかが一番大事 。でも俺は有名選手でもなければ、いきなり全国行けって言われても困るだけだ。それでも記録っていうモチベーションが残る。それが陸上競技のいいところなんだよなぁ」


今年の夏は、2分10秒台出してぇよ。

先輩はそう言って笑った。

その横顔に、思わず見とれてしまう。

格好良さではなく、大人びた雰囲気に惹かれていたのだ。

それ以来、私は全国ではなく、記録を目標に練習するようになった。

11秒台を出す。そのために戦いたかった。

先輩と同じ地平に立ちたかった。

あたしはそのために走るようになった。




先輩の格好良さは、見た目や頭の良さだけじゃない。

一度、不注意で車道に飛び出しそうになったことがあった。

あれは本当に危なかった。目と鼻の先を猛スピードの自動車が通りすぎた。

先輩が手を引いてくれなければ、死んでいたかもしれない。

そう、私の危機に、先輩は手を伸ばしてくれたのだ。

全身ボロボロになって、最後の大会に出られなくなりながらも、私を守ってくれた。


「どうしてあたしを助けてくれたんですか?」

「虫の知らせ」


後で何度も聞いたけど、いっつもはぐらかされてしまった。

結局よく分からないままだった。

でも、これだけは言える。

あの日の先輩は、あたしを助けるためにボロボロになった。命の恩人の先輩のことが、あたしは大好きになった。一生この人のことを忘れないと決めた。できれば、あたしのことも忘れないで欲しいとも思う。


だからあたしは、卒業式の日にセンパイを呼び出すことを決めた。

玉砕してもいいと思っていた。

忘れてほしくない。その一心だった。


「おかーさーん。今日、センパイが来るかもしれないけど、追い返さないでねー?」

「あらー、かなちゃんの命の恩人の? むしろかなちゃん貰ってって言いたいぐらいよー」


いつものように、平凡な朝だった。

忘れられない1日が始まる。

長い長い1日が始まる。

校舎の3階から校門までを、14秒で走る。

直線距離120メートル。

自分はどうして空を飛べないのだろうか。

何度も、ヒトであることを恨んだ。



















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女まで801メートル けみねこ @rapid-rabbit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ