Quiz
白瀬直
第1話
「スコットランド」
「フィンランドです」
「あ、スコットランドってイギリスか」
「ちなみにコルヴァトゥントゥリって山の中にいます」
「コルヴァ……?」
「コルヴァトゥントゥリ。耳の山って意味です」
「へー」
吐く息は白いが雪は降っていない。季節らしい雑学を喋りながら歩くのも、職業病みたいなものだ。
「時に江崎よ、奇特だとは思わんかね」
隣を歩く鷹村さんが呟く。芝居がかった口調はだいたいミームかスラングだ。
「あー、ケーキ食うくらいはいいんじゃないですか」
「いや、別に日本人が騒ぐのをどーのこーの言ってるわけじゃなくてさ、こんなに女っ気のない過ごし方ってある?」
そう言って鷹村さんはビール缶の入ったビニール袋を軽く掲げた。こだわりのプレミアムモルツ500mlだ。
寒空の下、事務所から歩いて十分のスーパーまで買い出しに出かけているのはじゃんけんで負けた俺と鷹村さん。右手のビニール袋、左手のトートバッグと背負ったリュック一杯に食べ物飲み物詰め込んで、重い足取りで帰りは徒歩十二分の見込み。
「鷹村さん、女っ気とか気にしたんすね」
「別に自分がどーのとは思ってないんだけどさ。毎年のことも4年続けば心配にもなるだろ」
「いや、どーでしょーね」
鷹村さん以外の5人は大学に入った時からの付き合いだが、まぁ確かに全員見事に女の気配はない。初年度こそ寂しい集まりだという自虐もあったが、2年3年と続けて今はもはや定例になっている。
「みんなクイズバカだしなぁ」
「心配にならないなら、それはそれで心配だよ」
鷹村さんはぼやきながら、カツカツ、と事務所へ続く階段を上がる。
扉の奥から、騒がしいガヤが聞こえてくる。一枚隔てているのに室内の暖房の効いた空気が漏れているのではないかと錯覚した。
「もう始めてんじゃん」
声に交じったブザーの音を聞き取り、一歩前を歩く鷹村さんが口もとだけで笑う。両手に袋を持ったまま器用にノブを捻って扉を開けた。
「お疲れー」
「おかえりー」
「よっ! 待ってましたっ!」
温まった空気とそれぞれの言葉で迎えられるが、机の前のソファに座った3人は早押し機を離さなかった。両手と背の荷物を部屋の隅に下ろしながら、その姿勢にも一応のツッコミを入れる。
「全員揃う前からやってんのヤバすぎるでしょ」
「リセットリセット。初めからな」
「ナナサン?」
「長いだろ。一旦ゴマルニバツで」
「ほい江崎。鷹村さんもほい」
黒い直方体に白いボタン、赤いランプのついた早押し機がそれぞれに渡される。寒さにかじかんだ手を首に当てて温めながら、上着を脱いで一番奥のソファーに腰掛けた。
問読みの神崎がスマホで問題一覧をスクロールしているのを眺める。人が揃えばいつでもクイズ。趣味の合う連中の集まりは、やっぱりそれだけで面白くはなるわけで。
神崎が確認するように見回すと、クイズバカ達はもちろん、未だ初心者の鷹村さんも既にやる気満々だった。自分の指にもしっかり熱がこもったのを確認して、開始どうぞ、の視線を神崎に送る。朗々とした声が響き始めた。
「問題」
問読みの独特の間が差し込まれる。早押し機を構えた5人が視線を神崎の口元に集め、発せられる音を逃すまいと耳を尖らせた。
「ゆきの」
電子音と共にランプが一つ赤く灯り、それに重なるように他のボタンが空押しされる音が連なった。
ランプの点いた早押し機は俺の手の中にあった。想定よりも幾分早い押しに何人かには疑問符が浮かんでいたが、まぁ今日ならそういう答えになるだろう。
「グリーンクリスマス」
「正解!」
正答のブザーと、周りの悔しさや出題意図への納得が滲む声が響く。楽しさが伝わる雰囲気に、自然と笑みが浮かんだ。
「え、なになになになに?」
一人理解できていないのは鷹村さんだ。
「グリーンクリスマスって、南半球とかの積雪のないクリスマスのことなんすよ。今日ちょうど雪降ってないし、神崎さんなら出してくるかなってヤマ張ってました」
「あ、そういうこと!? じゃああれじゃん、次コルヴァトゥントゥリじゃん。サンタのいる山」
「クリスマス問題これで終わりでーす」
「終わりかー!」
「言うからですよ」
「っつか鷹村さんコルヴァトゥントゥリ知ってるのか」
「さっき江崎から聞いた」
たった一問のクイズで、暖房の効いたガヤが室内を満たす。
クリスマスに女っ気なんてなくとも、これだけの楽しさを共有できているのなら「幸せ」って言えるんじゃないだろうか。
少なくとも今は、強がりでなくそう思えた。
Quiz 白瀬直 @etna0624
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