第3話 おかえりなさい

 気付くと女の子は薄暗い部屋の片隅にホシノコと立っていて、その部屋はよく見ると病院の一室のようでした。

 部屋に置かれた白いベッドにはが寝ていて、傍らに座るは女の子の手を握ったまま眠ってしまっています。

 がずっとここで眠っているから、お父さんもお母さんも心配してるんだよ? ――サンタもね、君へのプレゼントの届け先が分かんなくて困ってるんだって」

 サンタとはよく空で会うから顔見知りなんだけど――と小声で呟きながら、ホシノコは繋いでいた手をそっと放し、女の子の背をトン、と押しました。


         ☆


「クリスマスに間に合って、良かったわねえ」

 カナちゃんとお母さんは、手を繋いで病院から続く並木道を歩いていました。

 クリスマスの今日、カナちゃんの退院が許されたのです。

「お家はまだ元通りになってなくて、パーティもツリーの用意もできないけど、お父さんがおっきいケーキ買ってきてくれるからね」

 お母さんがそう言うと、道の向こうから、お父さんが走ってきました。

 なんてタイミングがいいのかしら! とクスクス笑う二人を前に、お父さんは息を切らして立ち止まります。

 けれど、ケーキを持ってるはずのお父さんの手に大きなケーキボックスはなく、代わりにお父さんが持ってきたのは、小さな籠でした。

「カナ、これ開けてごらん?」

 お父さんは息を整えて、カナちゃんに言います。

 カナちゃんが籠の留め金を外して中を覗くと、そこには小さな子犬がいました。ハナと同じ、柴犬の。

「友達の家でこのあいだ産まれたんだけど、あんまりにも小さい頃のハナに似てたから、無理言ってもらってきたんだ。ハナみたいに可愛がろうな!」

 カナちゃんはお父さんが嬉しそうに語るのを呆然と見ながら、胸の奥から涙がせり上がってくるのを感じました。

 ハナの代わりなんて、どこにもいる筈がないのに――そう、思ったのです。

 それでも籠の中で丸まる子犬は確かにハナに良く似ていて、とても可愛らしくて、カナちゃんはその子犬を優しく抱き上げました。子犬は尻尾をちぎれるくらいに振って、カナちゃんの腕にしがみつきます。

 ――その時、あの最後にハナに触れたときと同じあたたかいものが、カナちゃんの心に流れ込みました。


『おかえりなさいカナちゃん! また会えて良かった! 会えて良かった! 嬉しい!』


 カナちゃんは驚いて子犬をまじまじと見ましたが、それきりは聴こえず、ハナに良く似た子犬はずっとカナちゃんにしがみつき、小さな尻尾をぶんぶんと嬉しそうに振っているだけでした。

 そのは一瞬のことで、この子犬がハナの生まれ変わりなのか、そうでないのか、カナちゃんにはもう分かりません。ただ、先ほどカナちゃんの心に宿った涙はもう、瞳から流れ出ることはありませんでした。

「お父さん、ありがとう。――子犬ちゃん、これからよろしくね。名前つけなくちゃね」

 カナちゃんは順番に、お父さんと子犬に笑顔を向け、そして――

「……ハナ、ありがとう」

 子犬をそっと抱きしめて、誰にも聞こえない声で、そう囁きました。




◇おわり◇

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ホシノコ 〜星に願いを〜 くまっこ @cumazou3

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