第4話 舌打ちと共に

 それから、俺は蓮見と共に過ごすことが多くなった。時々一緒に帰ったり、学校では霧山達からのいじめをそれとなく防いだりしていた。学校では変な噂の一つや二つは立ったが、俺は欠片ほども気にしてなかった。そんなこと、どうでもよかったのだ。

 なぜなら、彼女はようやく、自然な笑顔を浮かべられるようになったのだ。その笑顔を俺は、守りたいと思った。


 そんなある日だった。


「39度、か.......」


 流行り始めたインフルエンザとやらにかかってしまった。一週間は外出禁止。学校も当然出席停止となった。

 勉強が遅れるとかそんなのは構わない。ただ、蓮見のことが心配だった。あいつはスマホも持ってないから、連絡を取ることも出来ない。

 俺に出来ることは、ただ治療に専念をすることしか無かった​───。





「ふわー」


 一週間後。俺は病み上がりでだらけた体を無理やり動かし、何とか駅の乗車口へとやってきた。気分としては今日も休みたかったが、それ以上に蓮見のことが心配だった。

 あいつ、大丈夫かな?まあ、最近は気持ちが前向きになってきたっぽいし、案外平気かもな。あー、早く会いてぇな。


 などと思っている時、思わぬ知らせが届く。


『7時50分発の、椿線竜胆行の電車は、人との接触により、急停車しております。運転再開は​────』


 あー、マジか。早く会いたいと思った矢先にこれだ。しかもぶつかったのが今度はこの電車そのものとは、つくづくついてない。

 今回はほんとに恨むぜ、身投げ野郎。人に迷惑かけて死ぬんじゃねっつの。

 俺は内心舌打ちしながら、別の路線から学校へと向かった。


 そうして俺は、ようやくの思いで学校へと到着した。やっと顔が見れる、と思ったが、なぜかクラスに蓮見の姿は無かった。あいつもやっぱり遅延に巻き込まれたのか?なんて考えながら待っていたが、いつになっても彼女は姿を見せず、結局一日の授業が終わった。

 と、その時。学校中に放送が響く。


『これから、緊急集会を行います。生徒達はただちに体育館へお集まりください』


 その放送に、クラスの人間達はブーイングの嵐を起こす。それを担任は収めつつ、生徒たちを連れて体育館へと向かった。


 そうして体育館に全校生徒が集まり、整列を終えると、神妙な顔をした校長が壇上に上がった。


 そして、そこで彼はハッキリと、こう告げた。


「本日、我が校の生徒である蓮見咲さんが、電車との接触により、お亡くなりになりました」


 は​───?


 一瞬、校長の言葉が理解できなかった。周りがざわつき始める。いやそれ以上に、俺の心がさざめき立っている。

 蓮見が、死んだ?何言ってんだ、そんなこと、あるわけ​​───。


 そう考えている途中で、今朝の電車のアナウンスが頭を過ぎる。

 まさか、嘘だろ?なあ、蓮見.......!





 そうして歯噛みしている内に集会が終わり、そのまま全員帰宅となった。

 頭の中がグルグルする。気持ち悪い。吐き気がする。

 俺は荷物をまとめ、意識がほぼないまま帰宅を始めようとする。しかし、そこである声が響いてきた。


「うわー、とうとう死んじゃったよ」

「身投げだって〜。迷惑な話しだよね」

「集会のせいで帰り遅くなったし。最悪だわ」

「まあまあ。悲しんでるやつだっているだろうし、ね」


 そう言って霧山は気色の悪い笑顔をこちらに向けてきた。俺は拳を強く握り、脳を突き抜けていく怒りを何とか堪えて、言葉だけを振り絞った。


「お前らこそ、死ぬべきだったのにな」


 俺はそれだけ言って、足早に立ち去った。後ろから飛んでくる怒声を相手にもしないまま。







 蓮見は、確かに死んだ。電車が来ていたというのに、遮断機を越えて飛び出したらしい。

 飛び込み自殺。それが、警察の出した結論だった。


 蓮見の葬式が行われ、その場にはクラスメイトと担任の教師も出席した。俺も同じく出席したのだが、それを激しく後悔した。


「蓮見ちゃん.......」

「いい子だったよね」


 などと、クラスメイトが泣いている。一切手を差し伸べず、見殺しにしたくせに。


「ご冥福を、お祈りします」


 担任はそう言って、頭を下げた。ちげぇだろ。お前がするべきは祈りじゃなく、謝罪だ。お前はこうなるまで、蓮見を助けようともしなかったじゃねぇか。


「ねえ、あなた、最近咲と一緒に居たでしょ?あなたが咲に何かしたのよね?!あなたのせいで咲が.......!」


 そう言って、蓮見の母は突っかかってきた。自分の娘が苦しめられてるってのに、更に追い詰めたのはお前だろうが。


 どいつもこいつも、私は悪くない。私は関係ないって面をしやがって。不快極まりなかった。


 そして何よりも、何も出来なかった自分を、許せなかった。なあ、蓮見。俺は、どうすればよかったんだ.......?






 その疑問は、三ヶ月経っても晴れないままだ。俺にできることは、こうして毎日お前に会いに来ることだけ。

 そんなことをしても、蓮見が答えを教えてくれるわけ、ないのにな。


 などと思っていると、背後から何やら足音がした。振り返ると、そこには蓮見の父がいた。


「あ、どうも.......」

「久しぶりだね」


 そう言って、彼は俺の横に立つと、手を合わせて祈りを捧げた。


「私は、娘の異変に気づいていた」

「え?」

「けど、確認するのが怖かった。娘がいじめを受けているなんて、思いたくなかったんだ。その結果がこれだ。親として、一人の人間として、私は最低だ」


 彼は悲哀に染まった表情でそう口にすると、俺に一枚の手紙を渡してくれた。


「これは?」

「娘の遺品を整理していたら、見つかった。君宛てだ」

「俺に.......?」


 それを見やると、確かにそこには「菊地君へ」と書いてある。


「会えてよかった。それでは」


 そう言って、彼は立ち去っていった。その儚い後ろ姿を見届け終えると、俺はそっと手紙を開いた。





菊地君へ


今までありがとうございました。あなたは、私に希望を抱かせてくれました。いっぱい優しくしてくれましたし、いっぱい笑わせてくれました。

けど、それではダメなんです。私がいると、菊地君に迷惑をかけてしまいます。

それに、限界なんです。私はもう、あんな仕打ちに耐えられる自信がありません。

この世界は、私に優しくはなかった。なので、先にあちらへ行きたいと思います。

願わくば、早々に再会しないことを祈ります。


それでは、お元気で。


蓮見より




 気づけば、瞳から熱涙が溢れ出し、その場に蹲っていた。

 そこに、どうすればよかったのかは、書いていなかった。なぜなら、彼女もわかっていなかったからだ。

 答えがない。故に彼女は、その身を投げてしまったのだ。


「なんだよ、それ.......」


 あまりにも無慈悲で、理不尽な結末だった。こんなものが、彼女の結末でいいはずがない。

 けれど、彼女はもういない。鉄の塊に命を投げることを、選択したのだ。


 ​──​──二度と、蓮見の笑顔を見ることはできない。





 人身事故。他者にとっては迷惑極まりない行為。その認識に間違いはない。だが、忘れてはいけない。

 その人にも、人生があった。誰しもが当たり前に持っている命があった。そして、その誰かの命は、他の誰かにとって大切な命だったのだということを。


 だから、俺は舌打ちと共に、この言葉を贈るようにしている。




 どうか、あちらの世界では、安らかに​────。





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