第3話 日常は続く

 次の日の放課後。


「ゔッ!!」


 校舎裏にて、一人の少女が突き飛ばされ、壁に激突させられていた。囲む三人の派手な女子は、ひどくイラついた様子で、彼女に詰め寄る。


「あんた、なにチクってんの?」

「あーしらを売るとか、いい度胸してんね」

「どう責任とんの、ねぇ?!」


 言いながら、霧山は少女の首を締めにかかる。


「う、うう......」

「ほら、なんとか言いなよ、言えるもんならさっ!」


 締めつける腕には力がこもっていき、少女の顔は真っ赤に染まっていった。それでも少女はばたつきもせず、ただされるがままだった。

 ​───しかし、そんな喉が詰まるような状況に、声が挟まれた。


「なにしてんだ、お前ら」


 そんな俺の声に対し、全員がこちらに視線を向けた。


「あんた、だれ?」

「同じクラスなんだけどな。まあいい。とりあえず蓮見を放せ」

「はぁ?なに、正義の味方気取り?」

「クソ寒いわー」


 各々不快感丸出しの反応を示しているところで、俺はスマホのあの写真を見せた。

 すると、ギャル達は目を見開く。


「それって.......!」

「そう。お前らの証拠写真だよ」

「てめぇ、隠し撮りしてやがったのか!」

「いや、俺じゃない。お前らのお仲間さんが撮ったやつだ。一部の人間には出回ってるぞ」

「なんだよ、それ」

「とにかく、そいつに構ってる暇ねぇだろ。さっさと裏切り者つかまえてこいよ」


 俺がそうホラを吹くと、霧山は「ふん」と鼻を鳴らしたあと、乱暴に蓮見を放った。そして、他の二人に顎で合図すると、揃ってその場を立ち去っていった。

 アイツらがいなくなったのを見計らって、俺は蓮見に駆け寄った。


「大丈夫か、蓮見」

「はい.......。すいません、また助けられちゃいました」

「いや、蓮見が謝る事じゃない。元は、俺がしたことだし.......」


 そう。俺が、彼女の運命を変えたのだ。普通ならば、あのまま罪を被っていた彼女に、手を貸した。そして、その結果として、彼女はあいつらに痛い目に合わされていたのだ。

 あらゆる行動には責任が伴う。俺は、それを果たしただけだ。少し遅れたのが不味かったが、間に合って良かった。

 彼女は首元をさすりながら、スカートについた埃を払って立ち上がった。


「大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


 そうは言ったが、彼女の首元は明らかに腫れていて赤くなっていた。


「大丈夫じゃねぇだろ、すぐ保健室に!」

「い、いえ!」


 彼女はいつになく声を荒らげて、拒絶した。


「大事には、したくないので」


 彼女の消え入りそうな声を聞くと、こちらも強くは言えないし、何より彼女の意志を優先したかった。なので、代わりに俺は首に巻いたマフラーを彼女にかけた。


「え?」

「これをしてれば、隠せるだろ?」

「でも、それでは菊地君が....!」

「いんだよ。ほら、帰ろうぜ」


 言うと、彼女は頬を赤く染め、照れ笑いを浮かべながら俺の隣に並んだ。


 その日、俺は彼女を家まで送っていった。なんだか、彼女と離れるのが不安だったのだ。


「私の家、ここです」

「おー、そうか」


 何の変哲もない、普通の一軒家だった。


「すいません、送っていただいて」

「いいよ、俺が勝手についてきたんだし」

「それでも、ありがとうございます。あ、マフラーを​────」

「咲?」


 そう言って蓮見がこちらにマフラーを返そうとした時、不意に声をかけられた。眼鏡をかけた、スーツの男性だ。


「お父さん?」

「ああ。今日は早めに仕事から上がれたんだ」

「そうなんだ」


 へー、お父さんだったのか、と思っていると、そのお父さんはこちらに視線を向けてくる。


「こちらの方は?」

「あ、初めまして、菊地花矢です。はす.......咲さんの、クラスメイトです」


 俺は軽く挨拶をした。すると、父親は心底穏やかに微笑んだ。


「いつも娘がお世話になっております」

「いえいえ、そんなことは」

「ううん、本当にお世話になっているの。菊地君には」

「そんなことねーって」


 と、軽い雑談した後、俺はバイトがあるため、二人と別れた。母と違って父はとても優しく、娘思いのような気がした。ならば、なぜ彼女の異変に気づけないのか。それをそこで問い詰めるような真似は、さすがにしなかった。

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