第11話 勝利の報酬

 魔導学科の試験から翌日、アルマリット・ハイスクールのレストエリアにて。いつものようにガイストは主人のために昼食を食べさせている。

 ガイストの主人――リリウムは浮かない顔をしたまま情報端末を眺めている。


「口に合わなかったか?」


「……おいひい……」


 ガイストの特製ミートパイをもそもそと頬張るリリウムに、手馴れた仕草でガイストは紅茶を差し出す。


「うまい」


 対面にはさも当然のようにミートパイを堪能する漆香が座っている。


「お前は自分の家の飯を食え」


「……ウチの料理人はこういうものはつくってくれないのだ。硬いことを言うな」


 漆香は指先についたパイの欠片をペロリと舐めとる。うまそうに食べてくれるのは嬉しいが、あんまり食うんじゃないと言いたい。リリウムの食べる分がなくなってしまう。

 漆香はさておき。リリウムの気分がすぐれない理由はミートパイの分配ではなく、先日の試験のことだろう。


「ナタン・レイヴンブランドの処遇に不満があるのか?」


 ナタン・レイヴンブランドは退学処分となった。そして、アルマリット・ハイスクールの教職員が数名、ひっそりと退職していった。しかし、産廃者ガベージマンたちによるリリウムの誘拐については、レイヴンブランド家とは切り離されて処理され、アルマリット・ハイスクールに対するテロとして周知された。


 アルマリット・ハイスクール側から、一部の教職員がナタンに金を握らされて成績操作を行っていたことについて説明があり、リリウム含みヴェーロノーク家に対して正式な謝罪が為された。そして、内々に話を収めてもらえるように冷や汗だらだらの禿頭の男――学長に頭を下げられた。

 レイヴンブランド家からもヴェーロノーク家に謝罪があった。ナタンは今後厳重な監視下に置かれ、リリウムには絶対に近づけさせない確約もされている。


 しかし、ナタンに法的な処罰はない。すべては当事者の心に秘められることになった。

 なぜなら、ナタン・レイヴンブランドの悪事をすべて公表したことによる社会的影響が大きいから。アルマリット・ハイスクールの評判だけでなく、レイヴンブランドの事業にも多大な損害が出るだろう。そして、しわ寄せはレイヴンブランドの従業員や関連会社にまで及ぶ。対してリリウムへの実害はほぼなかった。また、レイヴンブランドとヴェーロノークを比べた場合優先すべき影響度はレイヴンブランドの方が高い。秘密裏に処理したい気持ちはわかる。

 リリウムはその判断について憤っているのではないか、とガイストは考えていた。


「……ううん、それは別に……いいの」


「では、なんだ?」


 リリウムは無言で情報端末をガイストに見せる。画面には動画付きメッセージが大量に送付されて、フリーズしそうになっているメッセージアプリケーションが表示されていた。

 タイトルは、校舎裏の記念樹の前でお待ちしています、とな。


「ふむ……? これは……決闘状か?」


「……ちがう、……告白の、呼び出し……」


「告白?」


 詳しく聞いてみると、どうやら差出人は男子学生(一部女子)からのラブレターであるらしい。今日の朝からどんどんメールが飛んでくるそうだ。


「なんで……こんなことに…………、返事が、終わらない……。ぁ、また……きた……」


「いままではナタンが情報操作をしてリリウムを孤立させていたからな。いまなら邪魔者もいない、と言うことで皆アプローチしているんだろう」


「しかし、律儀に返事を書く必要があるのか?」


「で、でも……返さないと……ずっと、待たせるかも、しれないし……」


「放っておけばいい。すべてに答えていたら時間がなくなってしまうぞ」


 漆香も同じようなメールを受け取るが返信しないのだと言う。さすがに面と向かって声を掛けられれば応対はするそうだ……ごめんなさい、と。潔く玉砕するか、無視されるか、ふたつにひとつと言うわけ。


「だいたいメールひとつで呼び出そうと言う態度が気に喰わん。わたしはそんなに暇じゃない」


「言えることは――、お前がいくらがんばってもメールは増える。ミートパイはいつまでたっても食えないと言うことだな」


「えぇ~~~………うぅ……」


 リリウム食べかけのミートパイと携帯情報端末を見比べて、悩んだ末にミートパイにかぶりついた。この様子ではガイストのミートパイに匹敵する男は現れる気配がなさそうである。幸せそうに頬を膨らませるリリウムを眺めていると、リリウムと視線があった。


「あの……ガイスト……。聞いて、ほしいことが……あるの」


「なんだ、あらたまって?」


「あのね…………その……、助けてくれて、ありがとう……」


「礼を言うぐらいだったら強くなるんだな。お前は…………いや、お前は――まだ成長できるのだからな」


「うん……」


 しかし、締まらない奴だ。真面目な顔をして礼を言われても、頬にパイ生地が張りついたままでは、な。


「お前らしいがな」


「……ぇ? ――ぁ」


 ガイストはハンカチを広げるとリリウムの頬を拭ってやる。しばらくは世話のやける魔王様の子孫の面倒を見ることになりそうであった。






第一部 完




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世話のやける魔王様は次代を超えてもダメな娘になるので目が離せない horiko- @horiko-

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