第10話 稲妻の怒り

 リリウムの放った渦巻け、天雷ライトニングパッション・ボルテックスによって市街地が吹き飛んだ。瓦礫に混じってバラバラに千切れた戦術学科チームのグラディアトルを転がる惨状を見て、リリウムが悲鳴を上げる。


「ど……ど、ど、ど、……どうし、よう……わた、私、……こ、殺し……」


 リリウムの眦にうるっと涙が溢れてくる。

 人型がなくなるほどの壊れ具合であれば登場者の生存は絶望的。リリウムが焦る気持ちはよくわかる。だが、心配無用だ。


「泣くな、アレにパイロットはいない。ナタンが雇っている産廃者ガベージマンがインストールされているだけだ」


「え……産廃者ガベージマン……? な、なんで……そんなこと……?」


「この訓練場はナタンの手下によって封鎖されている。学校側も買収されていてこの場で起きたことはすべて内密に処理される手筈だ。目的は、リリウムの誘拐とヴェーロノークの掌握……漆香の危惧していた状況だ」


「えぇ……っ!?」


 ナタン・レイヴンブランドがどんな人物であるのかを知りたかったガイストは、うさんくさい隠密の機人族――ゲイルサンダーに調査を依頼していた。そして、ゲイルサンダーに知らされた人物像からきっと良からぬことを企んでいると予想をしてずっと動向を追いかけていたのだ。

 ゲイルサンダーへの報酬は高くついたが……それもまた手を打ってある。


「学校も、グルなんて……どうすれば……」


 崩れ落ちた高層ビルが巻き上げる粉塵が辺り一面を真っ白に包み込んでいる。粉塵を隠れ蓑に戦術学科チームのグラディアトルが接近してくるのがレーダーに映る。


「話はあとだ、敵のグラディアトルが来ているぞ」


「ナタン……?」


「いや――」


 粉塵を割って一体のグラディアトルが突撃してきた。ナタンではない。おそらく、産廃者ガベージマンが乗っている最後のグラディアトルだ。しかし、その様子はあきらかにおかしかった。


「わ、ぁぁぁぁ――やめ、やめて、くれぇ、ぇぇぇ――!!! たすけてくれぇぇぇ!!!」


 邂逅一番、聞こえてきたのは悲鳴だった。助けを求めながらオスクリダット目掛けて特攻してくる。


「な、なに……?」


 ちぐはぐは言動と行動にリリウムは目をぱちくりと瞬かせた。


 ガイストは敵のグラディアトルの全身に装着されている奇妙な装甲を観察する。そして、不自然な魔力の流れを視た。戦術学科チームのグラディアトルが人型でなくなるほどに吹き飛ぶには、リリウムの魔術の威力だけではおかしいと思っていたのだ。


「所詮、捨て駒ということか」


「どういうこと、なの……?」


「ナタンが所有者登録スレイブ・アクティベーションでムリヤリに操っているようだな。あのグラディアトルは全身に高火力の魔導炸薬を抱えている、至近距離で爆発されたら致命傷だぞ。接近される前に排除しろ」


「そんなこと、言っても……たすけてって……!?」


 戦術学科チームのグラディアトルが体当たりを仕掛けてくる。フェイントもないがむしゃらなタックルをステップで横に回避する。そのまま後ろに飛び下がって距離を取る。


産廃者ガベージマンは機人族だ。魂魄のインストールされている核が破壊されない限り死なん。撃て」


「……っ……できる、だけ。傷つけないように……! 切り裂け、雷刃連撃ライトニングザッパー・マルチスラッシュ……!」


 リリウムは空中に電流の迸る刃を無数に生み出すと、操られている戦術学科チームのグラディアトルに向かって発射した。キィィィィィン――と超高速で回転する稲妻の刃が弧を描きながら飛翔する。

 稲妻の刃は戦術学科チームのグラディアトルの四肢に突き刺さり、両断する。最後に耳やかましい悲鳴が聞こえてくる頭部を斬首よろしく撥ね飛ばした。


「……これなら、殺さない……よね……」


「ダメだ!」


 ガイストはオスクリダットを大地を砕くほど強く蹴り飛ばす。景色が一気に後方に流れていく。

 しかし、逃げたところで無駄だ。

 四肢と頭を失った戦術学科チームのグラディアトルはまるでクレーンで釣り上げられたかのように浮かび上がる。戦術学科チームのグラディアトルがまるで誘導弾のような正確さでオスクリダット目掛けて発射された。


雷刃ライトニングザッ……っ」


 リリウムが慌てて撃ち落とそうとするが、敵のグラディアトルの表面がボコボコっと膨れ上がったかと思うと、爆炎をまき散らして大爆発を起こした。衝撃に視界が回転する。オスクリダットが巨大なハンマーで殴られたかのように吹き飛ばされた。


「小癪な……」


 リリウムが発動に失敗した魔術をコントロールすることを優先して反応が遅れてしまった。爆発の衝撃波に巻き込まれたオスクリダットは、きりもみしながら地面に叩きつけられた。


「……ぅぅ……」


「起きろ! リリウム!」


 衝撃にコクピットが揺さぶられたせいか、それとも魔術の使い過ぎで魔力枯渇になってしまったのか、リリウムは小さく呻くばかり。この瞬間を待っていたのであろう……黒い影がオスクリダットの頭上に姿を現した。


「ち――っ」


「這いつくばれ、劣等!」


 戦術学科チームの最後のグラディアトル――ナタンのエンフォーサーが魔刃の長刀を斬り落ろす。必殺の斬撃は付与魔術によって鈍い光を放っていた。

 ガイストは魔闘術で魔刃の長刀を捌く。片手を軸に跳ね起きながら、足を回転させてナタンのエンフォーサーの頭を蹴り飛ばす。蹴りの反動を活かして態勢を立て直した。


「この程度で奇襲のつもりか……、む――!?」


「ははは――っ、この魔刃を素手で受けたら当然そうなるよねえ!」


 オスクリダットの右手と左足が白い煙を噴き上げていた。右腕のマニュピレーターがボロリと崩れ落ちた。魔刃の長刀には腐食の付与魔術が施されていたらしい。見る間に腐食は右腕を伝って肩へと浸食してくる。

 このままでは数分もしないうちに右手と左足は錆び落ち、腐食がガイストの魂魄をインストールしているコアを破壊するだろう。さらにコクピットも腐り落ちればリリウムは死んでしまう。


「リリウムを奴隷にする――くだらん望みがきさまの願いではなかったのか?」


「ご心配なく。お前が腐り落ちてからリリウムを引きずり出しても十分間に合うさ、こんなふうにね!」


 ナタンが命ずるにしたがって腐食の速度が一気に進行する。一瞬で右足が錆びて砕けてしまい、ガイストは支えを失って膝から崩れ落ちた。


「なるほど。考えたな」


 先の戦いでガイストと正面から戦っても勝てないとわかっている。腐食の付与魔術をかすりさえすれば、ガイストの戦闘能力を封殺できると踏んだナタンの戦術と言うわけだ。伊達に付与魔術を使っているわけでなく扱いはそれなりに上手いようだ。このレベルであればガイストだけを殺すこともできるのかもしれない。


「降参するなら魔術効果を解いてあげるよ。……そうそう、ついでに俺のために働いてもらおうかな。お前のせいで手下がずいぶんやられてしまったからね」


「ふん、暗殺でもやらせるつもりか?」


「おやおや。そんなことも知っているんだ……まあ、それもいいかもしれない。でもその前に、キミをサンドバックにでもしないと俺の気分が晴れないけどね!」


 ナタンのエンフォーサーが鋭い蹴りを放つ。ガイストが右腕で蹴りを受け止めると、錆に侵食されたオスクリダットの腕はあっさりとへし折れた。つま先で胸部を蹴り上げられて無様にも仰向けに倒れた。執拗に蹴り続けられて、装甲に亀裂が奔り、関節の異常に動きがぎこちなくなる。人造筋肉の断裂によって大量のエラーがコクピットのディスプレイに吐き出されていく。

 ひとしきり殴られ続けてから、ガイストは不満げに呟いた。


「……満足したか?」


「満足だって? ……こんなもんじゃ済ませないよ。あの金髪のメイドに戻ったら続きをしてやる。もちろん、泣いても謝ってもぜったいに許さないよ――ははははは」


 黙って聞いていれば好き放題言ってくれる。オスクリダットをいくら痛めつけられようとガイストは何の痛痒も感じないが、リリウムが懸命に作ったグラディアトルを破壊されるには気分のいいものではない。


 と、やっとお目覚めのようだ――。


「そう、なんだ……」


 高笑いを上げるナタンに向かって、熱に浮かれたような声音で語りかける声が聞こえてきた。


「は――?」


「ふふ……、ふふふふふ……、じゃあ、私も……ナタンのこと、許さなくて、いい……よね……」


 突如、ナタンのエンフォーサーの前に稲妻を漲らせた巨大な拳が現れたかと思うと、鋼よりも硬く握り固められた拳が振り抜かれた。

 ナタンのエンフォーサーに稲妻の拳がメキメキメキ――と、めり込んだ。光の速さで振るわれた稲妻の拳にナタンのエンフォーサーの装甲がひしゃげる。魔刃の長刀は無残にもへし折れた。


「ごぼぉぉぇぇぇ――!?」


 ナタンのエンフォーサーは砕けた装甲片をまき散らしながら、背後の高層ビルに叩きつけられた。


「ぐ、ぁ、……くそっ……な、なにが……っ、うわぁぁぁ――」


 ナタンが唸りを上げて迫る稲妻の拳に悲鳴を上げる。咄嗟にナタンのエンフォーサーは高層ビルから転がり避ける。空気の壁を貫く拳が高層ビルを撃ち砕く。拳風は遠雷の如く、間をおいて轟音が響き渡った。


「ナタン……、逃がさ、ない……っ」


「こんな魔術……!? リリウム……馬鹿な、馬鹿な……お前が…………っ、なんで、お前がぁぁぁぁぁ――」


 稲妻の拳に追い回されるナタンを眺めながら、ガイストは誰にも悟られぬようにほっと胸をなでおろしていた。

 オスクリダットを通した魔力充填の魔闘術リチャージマナ・アーツは時間がかかる。それに、リリウムに魔力の充填をすると忘我の様になるので、きちんとナタンに反撃するのか予想できなかった。


 おっとそういえば。もう演技をする必要もない、リリウムの魔力回復の時間稼ぎは終わりだ。ガイストは一本足で器用にオスクリダットを立ち上がらせると、魔術を唱えた。


「喰らい尽くせ、暴食の病魔たちディジーズ・グラトニー


 ガイストの魔術によって全身に及びそうになっていた腐食の付与魔術が風化するように消え去っていく。装甲の表面に残っていた錆びを払い落とすと、腐食を免れた漆黒に黄金のラインが入った装飾が露わになる。


「はぁ……はぁ……、俺の魔術を……あっさりと無効化した……。なんなんだ……お前は。いったい……なんなんだよ……。こんな馬鹿げた威力の魔術を……リリウムに、なにをしたんだ……ありえない……こんなことは……」


「認めるがいい、彼女は比類なき力を持つ魔術師だ。もはやきさまの知るか弱い少女ではない」


 魔術で影蔵シェイド・ストレージから愛用の黒金鉄の大剣を召喚すると杖代わりにする。そして、うわごとを繰り返すナタンのエンフォーサーへとゆっくりと歩いていく。


「く、くるな!!!」


 ナタンのエンフォーサーはボロボロだ。尻餅をついたままなんとか後ろに下がろうともがく。しかし、大剣を杖にしたオスクリダットのほうが早い。


「ナタン……私を、奴隷にするつもりで……いままで、婚約を、してきたの……?」


「……っ、く……ちがう、違うんだよ、リリウム。俺はお前を、ヴェーロノークを支援したかっただけさ!」


「……信じられない」


「落ちぶれた家をただ支援するなんて父上も周りも納得しなかったんだ! 婚約を名目にするしかなかったんだよ! いやがらせとか、奴隷なんてのは、そう……周りの連中のめくらましなのさ!!!」


「……」


「誓って本当のことだよ! 俺を信じてほしい……」


「…………」


 リリウムはナタンの言葉を信用するのだろうか。ガイストはすべてを調べたから白々しい嘘だとわかっているし、この場でナタンを逃したら次こそは失敗しないようにと、念入りの準備をしてガイストとリリウムに襲いかかってくるだろうと予想できる。


 リリウムは大人しい臆病な娘だ。ナタンのいやがらせをずっと耐えてきてしまった強さもある。改心してくれるならと思ってしまう優しさも持っている。


 ふと、思い出したのは魔王のこと。

 魔族が気に食わないという理由で、領地で暴れる魔獣を魔族の国側へと誘導したり、ならず者たちを金で雇って国境近くの魔族の村を襲わせたり、目立たないが地味な嫌がらせをしてきた人族の国があった。

 あのとき魔王は――。


「ナタン……」


「なんだい?」


 ナタンはリリウムのおだやかな口調に安心していた。窮地を乗り切ったと感じたナタンはエンフォーサーを立ち上がらせた。


「ふふふ……私、許さないって……言ったよね……っ!!!」


 稲妻の拳がナタンのエンフォーサーの腹部に突き刺さる。強烈な打撃に躯体が浮き上がる。ボロボロの躯体がくの字に折れ曲がった。次いで顔面に第二撃が撃ち込まれた。

 悲鳴を上げるナタン。

 絶叫を塗りつぶすかのように無慈悲な殴打音が鳴り渡る。まるで超威力の大砲に蹂躙されるかのように、ナタンのエンフォーサーはベコベコに潰れていく。


 拳の乱打が止まると、かろうじて姿を保つナタンのエンフォーサーがAアリーナに抉られたクレーターに沈んだ。


『試験を終了します。リリウム・ヴェーロノークの勝利』


 天井のディスプレイに試験終了の文字が流れる。Aアリーナの封鎖されていた隔壁が開いていく。


「どう、かな……ガイスト……私、がんばった、よね……?」


「ああ。よくやった、リリウム」


 ガイストが褒めるとリリウムはとても嬉しそうに笑った。いままでにない最高の笑顔だった。


 あのとき魔王――は、ガイストだけを連れて嫌がらせをしてきた人族の国を攻め込んだ。

 珍しく朝早くに起きていると思ったら「もう許さん、こてんぱんにしてくれる!!!」と宣って、ガイストの暗黒魔術頼りに王城に直特攻するものだから肝を冷やした。

 まあ、ムカついていたのはガイストも同じだったので積極的に止めなかったが……、将軍と参謀からは怒られてしまった。


 なんでいっしょに連れて行ってくれなかったんだ、と――。

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