第10話 ★★ヤシロ★★

「「「メリークリスマス!」」」


 クリスマスパーティの会場に、可愛らしい声が響き渡った。

 パーティが始まって間もなくのことだった。


 俺の前にはプレゼントが入っているのであろう大きな白い袋を握りしめたミリィと、その両サイドにノーマとデリアが並んで立っている。


「……早くないか、ミリィ? プレゼントのタイミングって、もうちょっと後の方じゃね?」

「はぅう……で、でも……早く渡さないと……この格好……」


 あらわになった細い太ももをすりすりこすり合わせて、真っ赤な顔をしたミリィが俯いている。

 会場に視線を巡らせれば、壁際でウクリネスが妙にキラッキラした顔で頷いている。

 なるほど、ウクリネスの作品か。


 今日のミリィは、超ミニスカートのサンタクロースになっていた。

 際どいミニスカにひざ丈のロングブーツ。

 肩には短いもふっもふのケープをかけている。

 頭には当然真っ赤な三角帽子。帽子の上にてんとうむしの髪留めがくっついている。


「ぅ、うくりねすさんが、ね、『私のプレゼントは、この衣装を着たミリィちゃんたちです』……って」

「ありがとー、ウクリネス! お持ち帰りOK!?」

「だ、だめ、だょぅ!」


 真っ赤な顔であわあわするミニスカサンタミリィ。

 これだけでも十分に最高のクリスマスだと言えるのに、ウクリネスが仕込んだ『プレゼント』はサンタだけではなかった。


「なぁ……これって、本当にトナカイってやつなのか?」

「知らないさね……ウクリネスは妙にヤシロの思考に近しいから、おそらくその通りなんじゃないんかぃね?」


 不服そうな言葉を漏らすデリアとノーマ。二人はその言葉の通りにトナカイのコスプレをしている。

 トナカイをイメージさせる茶色い、ひじょ~~ぅにセクシーな衣装だ。


 ふわふわのベロア素材を使ったミニスカへそ出しトナカイのデリア。

 ミニスカの下にはきわっきわのホットパンツを穿いているので見えてもいいらしいのだが……茶色いスカートの裾からチラ見えする赤い布地は男心をくすぐります!


 一方のノーマはシルクのような滑らかな生地でしつらえられたボディラインがくっきりと浮かぶロングドレス。

 絶妙なスリットが、これまた男心をくすぐりますってば!


 分かってる!

 ウクリネス、お前分かってるよ!


「ウクリネス、ありがとー!」

「二回目、だょ、てんとうむしさん!」


 衣装よりも真っ赤な顔をしてミリィが俺を見上げてくる。

 手をかざせばほんのりと温かさを感じそうな赤い顔。きっと赤外線が出ているに違いない。

 コタツにライバル認定されそうなぬくぬくミリィが、緊張した面持ちでプレゼント入りの白い袋を差し出してくる。


 え、袋ごと?

 中身を手渡してくれるんじゃないのか?


「ぁの、ね。みんなからのプレゼント、集めたの。お得な、バリューセット!」


 バリューセット!?

 こっちに来て初めて聞いた!

 ハッピーセットもそのうちどっかでお目にかかれるかもー!?


 ……遊ぶなよ『強制翻訳魔法』


 ないよな?

 そーゆーセット売り商品、見たことないもん、こっちで!

 ないよな!? なぁ!?


 チョイスされた言葉はともかく、ミリィの気持ちは嬉しいものだ。

 ありがたく頂戴しよう。


 袋ごと受け取って、さっそく中身を確認させてもらう。

 わくわくしながら袋に手を突っ込んで、最初のプレゼントを引っ張り出す。


 出てきたのは鎖帷子。




 わぁ~お。血なまぐさい。




「な、何事だ、これは?」

「あ、そ、それはさね、その……て、手編み、なんさよ」


 恥ずかしそうに、そしてどこか誇らしそうに告げるノーマ。

 そっかぁ、今日も振り切れてるんだなぁ、ノーマの残念メーターの針は。

 手編みなのに温もりを感じねぇよ……


 さて気を取り直して、次のプレゼントを引っ張り出す。

 次いで出てきたのは、少女趣味な意匠を施した殺傷能力がとても高そうな手斧。




 だから、血・な・ま・ぐさいっ☆




「え……俺、どっかの戦場に送られるの?」

「ほほほ、ご冗談を。それは普段使いの手斧ですわ」

「なぁ、イメルダ。俺、普段手斧を使うシチュエーションに出くわすことねぇーんだわ」

「手作りですのよ」


 そのセリフ、ケーキか料理で聞きたかったよ。

 この流れだと、あいつはいつものようにアレなんだろうな。


「で、エステラは例によってナイフか?」

「失敬な。ボクだってナイフ以外の品物を選ぶことくらいあるさ」

「エステラ様のプレゼントは、ワンポイント刺繍の入った布製品です」

「あぁ、パンツか」

「君たちの思考回路は同じ箇所で深刻なエラーが発生しているようだね!?」


 パンツを探してみたが見つからず、代わりに出てきたのは黒い厚手のマントだった。

 襟元に領主の紋章が刺繍されている。


「おぉー、ありがとうエステラ。手作らせ・・・・のマント」

「うぐ……た、確かに、ボクがやった刺繍じゃないけど……」


 マントは確かに手作りなのだが、絶対にエステラのお手製ではない。断言出来る。

 エステラには無理だ。こんな綺麗な刺繍は。

 ウクリネスか、刺繍が得意な給仕にでも作らせたのだろう。

 しかし、なんとも温かそうだ。これさえあれば豪雪期も過ごしやすかったに違いない。


「……遅ぇよ」

「うん……それは、いろんな人に言われた」


 豪雪期は、クリスマス前に終わっている。

 来年まで使いどころないのか……まぁ、この後もちょいちょい気温の低くなる日があるだろうからその時に使わせてもらおう。


「ん? これは……」

「あ! それあたしの!」


 綺麗にラッピングされた木箱が出てきた。

 中には、湯呑が入っている。


「それでワインを飲んでね!」

「え……お茶じゃなくて?」

「ワイン用に作ったんだよ! 金属のカップだと、ワインに鉄の味が混ざってるって感じる時があるんだよね。だから、味を邪魔しない陶器にしてみたの!」


 と、理由を語るパウラだが……

 湯呑でワインって……情緒も風情もあったもんじゃねぇな。

 しかし、手に馴染む感じは陶器ならではだ。是非使わせてもらおう。……お茶用に。


 さらに袋を漁ると、丸い卵型ロウソクがいくつか出てきた。

 ハーブの香りが微かにしている。


「それ、私のエッグキャンドルだよ。ハーブもミリィと一緒に選んでいい香りにしたの。疲れた時に寝室で使ってね。リラックス出来るから」


 俺はオシャレなOLさんか。

 女子力が上がりそうなアイテムだな。


「ワタクシの手斧と並べて飾るとよろしいですわ」


 お、女子力が相殺されてゼロに。


「可愛いキャンドルですね」

「ジネットは好きそうだよな、こういうの」

「はい! さすがネフェリーさんです。こんなにカラフルで……とってもいい香りです」

「じゃあ、今度一緒に作ってみる?」

「はい。是非」


 きゃっきゃとはしゃぐ女子二人。

 ミリィも誘って、後日キャンドル教室を開催することが決まったらしい。


「お、紅茶だ」

「それは私からです。オリジナルブレンドなんですよ」

「そりゃ楽しみだ。…………変なものが入っていなければ」

「入れた方がよかったですか?」

「入ってないと宣言してくれるのが一番嬉しいんだが」

「ご期待に沿えず、残念です」


 何入れた!?

 ……まぁ、冗談だろうけど。


 …………冗談でありますように。


「ん? これは……長いな」

「あっ! それはあたいの釣竿だ。魚籠も入ってるだろ?」


 三つに分かれた竿が出てきた。組み立てればかなりの長さになりそうだ。

 魚籠も竹ひごを編んだお手製だ。


「今度夜釣りに行こうな!」

「そうだな。My竿があると、やっぱ使いたくなるよな」

「My竿やったら、自分、生まれながらに――」

「さぁ~てと! 次は何かなぁー!?」


 ガキが大勢いる場所でこの腐れ薬剤師は……


「ウチのプレゼント入ってへん? 淫籠いんろうなんやけど?」

「なんか違って聞こえるけど!? 印籠な!? 薬入れだよな!? な!?」


 しかし、探せど探せど印籠なんか出てこなかった。


「なんか銀の皿ならあるんだが」

「あ、せやった。銀の皿やった」

「どんな間違いだ!?」

「いや、自分が『俺の竿』とか淫乱っぽいこと言うからつい印籠を連想してもぅて」

「人のせいにすんな!」

「けど、その銀の皿があれば遊んで捨てた女に復讐されても気が付けるやろ? なにせ『My竿があったら使いたくなる(意味深)』御人やさかいなぁ」

「誰かー! 自警団呼んできてー! ここに不届き者がいるよー!」


 たしか今は牢屋が空いてるはず!

 入れてもらってこい!


「お、最後はこれか」


 袋の底に入っていたのは立派なクリスマスリースだった。


「これは見事だな」

「はい。とっても素敵です」

「……かわいい」

「お兄ちゃん、これ飾ろうです! ドアのところに飾るときっとすごく素敵空間になるです!」


 直径30センチもある豪勢なクリスマスリースには大きな松ぼっくりや真っ赤なヒイラギの実が可愛らしく飾りつけらていた。それに、小さなリンゴが濃いグリーンの葉っぱの上に彩りを添えている。


 これの贈り主は言われなくても分る。

 俺の手からさっさとかっぱらって、ロレッタとマグダが飾りに行ってしまうほどに、よく出来たリース。

 こんなもん、ミリィ以外に作れるわけがない。


「やっぱミリィはこういうのをまとめる才能があるよ」

「ぇへへ……」


 嬉しそうにはにかむミリィは、柔らかそうなほっぺたまでサンタカラーにほんのり染める。


「ぁの、ね……本当は、みんなのプレゼントを見栄えよく並べて、プレゼントのブーケみたいにしたかったんだけど……」

「まぁ、無理だろうな、ウィットに富み過ぎてて」


 鎖帷子と釣竿をどう組み合わせてもクリスマス的ロマンチックからは程遠い。


「けど、何が出てくるのか分からなくてすげぇ楽しかったよ」


 一人ひとり手渡されるよりも、想像が出来なくて面白かった。

 こういう試みも面白い。

 扱いに困りそうな物もあったが、気持ちだけはしっかりと伝わった。


「ありがとうな、みんな」

「ぇへへ」


 すぐ目の前ではにかむミリィ。

 その向こうで、今回のサプライズプレゼントに参加してくれた面々が満足げに笑っている。


「では、これは私からみなさんへのクリスマスプレゼントです」


 ふわりと微笑んで、ベルティーナがその場にいるみんなへ同じラッピングがなされた袋を配っていく。

 開けて中を見て見ると――


「毛糸のパンツ?」

「はい。みなさんお揃いなんですよ」


 確かに寒い時期にありがたい一品ではあるのだが……


「一緒に洗うとどれが誰のか分からなくなりそうだな」

「そ、そうですねっ。……気を付けて洗います」

「まぁ、みんなでシェアすれば問題ないか」

「問題ありますよ!? わたっ、わたしが使ったものは、ヤシロさんにはお貸し出来ません……」


 ほわぃ?

 みんな同じ素材、同じ柄なのに?


「あの、わたしたちからもプレゼントがあるんですよ」


 ジネットをセンターに、マグダとロレッタが俺の前へとやって来る。

 ロレッタの後ろには選抜されたハムっ子たちが群がっている。


「わたしからは、これです」

「毛糸じゃないパンツか?」

「違います!」

「お、耳当てか」

「はい。薪割りの時に、耳が真っ赤になっていましたので」


 確かに。

 寒い日の午前中に薪割りをしていると耳が千切れそうに冷えるんだよなぁ。

 これは助かる。


 ……おぉ、手作りだ。

 手作りの耳当て、初めて見た。


 短いマフラーみたいな形で、耳に当てる部分に紐がついている。この紐をアゴの下で結んで固定するんだな。カチューシャ型ではなくゴスロリっ娘がつけてるヘッドドレスみたいな形だ。


「……マグダはグローブ」

「おっ!? 革製か?」

「……メドラママにお願いして職人を紹介してもらった。シープゴートという魔獣の皮。柔らかくて丈夫」


 その名の通りの魔獣なら、ヒツジやヤギの皮に近いのだろう。

 柔軟性が高く、肌触りもいい。


「……ここだけ、マグダが縫った」


 マグダが熱のこもった瞳でアピールしてくる。

 よく見れば、一箇所だけ縫い目が波打っている不揃いな部分があった。

 なるほどね。手作り要素を盛り込みたかったのか。


「……これで、薪割りが楽しくなる。毎日したくなる」

「いや、毎日は勘弁してくれ……」


 力仕事は基本的に丸投げしたいんだ……翌日二の腕がぱんぱんになるんだよなぁ、薪割りをやると。


「最後はあたしたち姉弟からのプレゼントです!」


 姉弟を代表してロレッタがプレゼントを手渡してくれる。

 開けてみると――


「ガラス製の万年筆!?」

「「「「うっわ、高そう!?」」」」


 物凄く細工の細かい、一目で高級品だと分る凄まじい逸品が姿を現した。

 エステラが「ふわぁ、すごい……」と漏らしているあたり、マジで高級品なのだろう。領主でもそうそう持てないくらいの。


 というか、ガラス窓ですら高級品だと言われているこの街で、こんな細工の細かいガラス製品なんて……インク壷までガラスで、同じく凄まじい細工が施されている。


 ロレッタ……お前、これ…………いくらした?


「ロレッタ……」


 誰もがそのあからさまに高級感漂う逸品を前に言葉をなくしている中、ノーマが静かに口を開いた。


「……引くさね」

「違うんです! まず話を聞いてです!」


 最初は姉弟の中から有志で金を出し合って靴でも買おうと思っていたそうなのだが、自分で稼ぎのある弟妹をはじめ、お小遣いを懸命に貯めたという未就業のちみっこ弟妹までもが「自分もお兄ちゃんにプレゼントしたい」と騒ぎ出し、「この日のために頑張って貯めたのにぃ~!」と涙目で訴えかけられた結果、姉弟全員で金を出し合うことになってしまったのだとか。

 そうしたら、まぁ、人数が多いこともさることながら――


「ほら、ウチの弟妹たちは、割といいところでお仕事させてもらっているですから――トルベック工務店とか木こりギルドとか、最近じゃ四十区の『ラグジュアリー』や海漁ギルド、狩猟ギルドのお手伝いも増えて――みんな結構お金持っていてですね……計算してみたらちょっとびっくりするような金額になっちゃったです。それで、『この金額の靴って純金製ですか!?』みたいなことになっちゃったですから、靴はやめて、なにかしらお兄ちゃんのお仕事に役立つようなものはないかと思ってマーゥルさんに相談したです」

「なんでマーゥルに……?」

「ちょくちょくニューロードを通って遊びに来てるです。なので結構よく会うですよ、ニュータウンで」


 フットワーク軽いなぁ、あの貴族は。


「それで、伝統の技術を継承している職人さんに一品物のペンを作ってもらおうということになって……だから、変なアピールとか成金趣味とか、そーゆーのじゃないです! あくまで、純粋にお兄ちゃんに感謝しまくっているウチの弟妹たちの思いが過剰に乗っかり過ぎた結果です!」

「そうなんかぃ……」


 ロレッタの話を聞いて、ノーマが薄く唇を開いて囁く。


「引くさね……」

「感想が覆らないです!? 違うですのに!」


 まぁ、とりあえず、もらっておく……か?

 もらっていいのか?


「「「「「おにーちゃん! うれしいー?」」」」


 わぁ、無邪気な瞳たちがキラキラと……


「た、大切に使わせてもらうよ」

「「「「わーい!」」」」


 雑には扱えないからな……必要以上に肩が凝りそうだ。


「最近、ガラスの価格がようやく落ちてきたと思ってはいたけど……これはすごいね」


 エステラが半分呆れたように感嘆の息を漏らす。

 そうそう。ガラスの価格は多少下がってきているのだ。

 ……俺がエステラを使って市場にちょっかいをかけたからなんだが……まぁ、それは今はどうでもいい。


 ガラスの価格が下がったことで、――というか、透明度の高い物質の製造法が確立されたことで、俺はこういうものを大量生産出来るようになったわけだ。


「そんじゃ、これは俺からのお返しだ」


 白い大きな袋に詰め込んだプレゼントをその場にいる者たちへとどんどん配っていく。

 手のひらに乗るくらいのコンパクトな箱。

 中身はみんな一緒だ。


「あの、ヤシロさん。開けて見てみても?」

「おう。かまわないぞ」


 待ちきれない様子で、ジネットが丁寧にラッピングを剥がしていく。

 ジネットは、包装紙を「いつか使えるかもしれないので」と綺麗に取っておく派だ。

 エステラはびりびり破っていく。イメルダもだ。

 貴族さんはこういうのもらい慣れてるんでしょうかねー。


 そしてナタリアは箱を宙へ放り投げてナイフで「シャキン! しゃきん!」――普通に開けろぃ!


「わぁ! 小さな街です!」


 中から出てきた物を見て、ジネットが目を輝かせる。


 サンタクロースのファンタジー感がいまいち正しく伝わっていないこの街の連中に、いかにサンタが夢と希望を体現するような存在なのかを知らしめる一助となるべく俺がちまちま手作りしたプレゼント。

 そいつは――


「ジネット、ちょっと貸してもらっていいか?」

「はい」

「これを一度こうやってひっくり返して……で、戻すと――」

「…………わぁ!」


 透明な球体の中で、白い粉雪が舞う。

 小さなミニチュアの街と、トナカイが引くソリに乗って街の上空を翔けるサンタクロース。


「こいつは、スノードームっていうんだ」

「素敵です。……きれい、ですね」


 舞う雪に見惚れるジネット。

 他の面々も見様見真似でスノードームをひっくり返して、戻す。


「ねぇ、ヤシロ。これって四十二区がモデルなのかい?」

「いや、なんとなく想像して作ったどっかの街だよ」

「えぇ~! 四十二区で作ってよぉ! ここに領主の館を作って、こっちに陽だまり亭を――」

「そんなデカいスノードームが作れるか!」


 エステラは、割とすぐに空気に呑まれて、すぐその気になる。

 こいつが日本に生まれ育っていたら、この年齢までずっとサンタを信じているような人間に育っていただろうな。


「ぁの、てんとうむしさん、……これが、サンタさん?」

「あぁ。で、このソリを引いてるのがトナカイだ」

「これがあたいかぁ!」

「とりあえず、この衣装はウクリネスの趣味が前面に出ているってことだけは理解出来たさね」


 まぁ、トナカイ『っぽさ』しかない衣装だからなぁ。


「本当のトナカイは空なんか飛びゃしねぇ。一晩で世界中のガキどものところを回るなんて出来るわけがねぇ」


 サンタ伝説なんて、ファンタジーだ。


「けど、分かっていても、『もしこんな人が本当にいて、自分のところにプレゼントを持ってきてくれるなら』…………そんな小さな可能性を信じてガキどもが一年間いい子に過ごそうって思っても、全然変なことじゃないだろ?」

「そうですね。子供たちには、こんな素敵な夢を見ていてもらいたいですね」


 スノードームを見つめてジネットが呟けば、エステラが肩をすくめて前へ出てくる。


「けれど、どんなに憧れてもやっぱりこんな夢みたいなことはそうそう起こらない……だから、誰かがサンタの代わりを演じて子供たちに見せてあげるんだね。クリスマスの日の、たった一晩だけの夢のような奇跡を。――どこかのお人好しなひねくれ者なんかがさ」

「ミリィのどこがひねくれ者だよ。酷ぇヤツだなぁ」

「ぇう、みりぃのこと……じゃ、なぃ、ょね?」


 今日、この場において、サンタと言えばミリィだろう。

 ミニスカサンタがよく似合っている。


「来年は、わたしもサンタさんに挑戦してみたくなりました」


 ジネットが頬をほんのり染めて微笑む。

 サンタの色が移ったかのような鮮やかな赤色に。


「だったら、もう一つだけルールがあるんだ」


 ガキが寝た後、トナカイのソリでやって来たサンタは煙突から寝室へと入ってきて、そして――


「靴下の中にプレゼントを入れていくんだよ」

「くつした、ですか? ……どうして靴下なんでしょう?」

「それはな――」

「美女の足の香りはご褒美やから、やろ☆」

「出ていけーい、変態薬剤師!」

「もう、ヤシロさん! 懺悔してください!」


 だから、俺じゃねぇっつうの!



 はぁ……

 この街に正しいサンタのストーリーが伝わるのは、一体いつになるんだろうなぁ。





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異世界詐欺師のなんちゃって経営術2019年クリスマスSS『ミリィのサンタさん大作戦』 宮地拓海 @takumi-m

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