#50 物理的な目覚まし


 桃内の襲撃から一日が経った火曜日。

 いつも通り教室に入り鞄を机の横にかけた俺は、ホームルームが始まるまでの間寝て過ごそうと、耳にイヤホンを付けて机に伏せた。


 それにしても昨日はマジで疲れた。

 あいつマジで何なの?

 いきなり部室に来たかと思えば、理不尽な理由で俺に罪を擦り付けようとするし、かと思えばあいつらがプリントした写真を見ては何で私を置いて行くんですかとか怒りだすし……

 挙げ句には部活で外出する時は私も連れてけとか言い出して騒ぐし散々だった。

 三ノ輪も何であいつのワガママをOKしちゃったんだよ。

 社会勉強の一貫だとか、学校生活を見せることは良いことだとか言ってたけど、別に俺らの所じゃなくてもよくね?

 なんなら、学校のイベントのときにでも来させればよかったじゃん。

 そっちで十分カバーできんだろ。

 ……まぁ、俺がそんな意見を出したらイベント以外の普段の部活を見せるにはいい機会だし、見られたところで特に問題が生じるわけじゃないとか言ってたけど、俺の方が大問題なんだよ。

 外で活動したときに確実にどっか寄って何か飲み食いするだろ。

 んで、その支払いが自動的に俺になるってやつだ。

 うん。最低最悪な構図ができちゃったよ。

 それを考えると行きたくねぇな……

 よし。これからは一人で校外活動に励むとしよう。

 あいつらにこの計画を話すと絶対ついてくるだろうから、ここは黙って行動するとしよう。

 うん。それが一番ベストだな。


 机に伏せながら一人行動計画を頭の中で練っていると、『ハロッピーっ!』と、頭の悪そうな挨拶と、透き通るような声の挨拶、最後に可愛いげのある『おはよぉー』の三人の声が耳に入ってきた。

 おそらく最初の頭の悪そうな挨拶が美浜で、どこか落ち着いてクールな感じの声が三ノ輪で、最後の可愛らしい挨拶が開南ってとこだろう。

 ……こうやって挨拶の仕方と声で誰なのかって判断できる俺ってなかなか気持ち悪いな。

 あいつらには黙っておこう。悲惨な未来しか見えん。


「省吾おはよー……って、寝てる?」


 俺の隣の席であるそんな疑問を抱きながらガラリと椅子を引いて着席したようだ。


「おーい。省吾? ねぇ、起きてよ」


 開南に肩を揺さぶられながら起こされるのは最高の気分だ。

 あぁ……毎朝開南が起こしに来てくれねぇかな。俺にとって天使である開南に起こしてもらえれば一日中ハッピーな気分でいられる自信がある。

 だが、開南には申し訳ないが今は放置してほしい気分かな。昨日のやつでマジで疲れてるんだよ。

 せめてHRが始まる時間までそのままにしておいてくれ。


「シーマン全く起きないね」

「全く……この男は」


 開南の揺さぶり目覚ましの声のあと元気いっぱいの声と凛とした声が鼓膜を刺激してきた。

 あれ? お前らまだいたの?

 もう隣に開南が居るんだからお前らは席に戻ってもいいんだぞ? むしろそうしてください、お願いします。

 お前ら二人が居ると思いっきり目立っちまうから。目立ちすぎて睨まれちゃうから。

 主に俺が。

 そんな俺の願いなんてもんはこいつらには全く届くことなく、それどころか今度は美浜が声をかけながら少し強めに肩を突っついてくる。

 ちょっと美浜さんや。ピンポイントで俺の頭を連打で突っつくの止めてくれませんかね?

 そこだけ禿げちゃったらどうしてくれるんだよ。


「むぅ……全然起きないや」


 人の頭を早押し連打ゲームのごとく突っつきまくっていた美浜が、そんな不満そうな声をあげながら疲れたのかようやく突っつくのを止めた。

 堪えた……堪えたぞ。

 途中起き上がって抗議してやろうかと何度思ったが、そうするとまた面倒くさいことが起きそうな予感しかしなかった。よって、このまま耐え続けるという作戦にでたわけだが無事に成功したようだ。

 美浜が俺を起こすことに失敗し、三ノ輪の『仕方ないわね』の声で俺は勝利を確信した。

 よし、いいぞ。

 このまま諦めて自分の席に戻ってくれ。あと朝からせっかく声をかけてくれた開南には悪いがこのまま少し寝かせてもらおう。

 後でちゃんと謝っとかないとな。

 美浜と三ノ輪の気配が消えたと認識した俺はリラックスモードに頭を切り替えることにした。

 すると、今度は背中に何か生暖かい物が当たっている感触を脳が感知し、そっちに意識が持っていかれてしまう。

 えっ? なにこれ。何してんの?

 まさかだと思うけど、俺の背中にもたれかかってるとかじゃないよな?

 そんなことされたら俺がこのクラスに居られなくなるから止めてほしいんですけど。

 突然襲ってきた背中に感じる生暖かくて柔らかい感触にドギマギしていると、突如柔らかい感覚から一転し“バチンッ!と音がなったと同時に背中に激痛が走り―――


「いっっっでぇぇぇぇっ!?」


 ―――教室内に俺の悲鳴が響き渡った。

 背中を何かで思いっきり弾かれたような感覚に堪えられなかった俺は、たまらず顔を上げることになった。

 一体何が起きた? ……あの鋭い痛みを例えるならムチで思いっきり叩かれた気分だ。

 それってムチで叩かれたことがあるのかって?

 んなわけあるかっ! んなもん物の例えだ。

 実際にムチで叩かれるような経験なんざねぇよ。


 そんなことを脳内で考えつつ俺の背中に攻撃してきた人物に文句を言ってやろうと振り替えると、さっきまで俺の前に居たであろう三ノ輪が

いつの間にか俺の背後にいて、人差し指と親指に輪ゴムを引っ掛け伸ばしたままの体制で俺のことを見下ろしていた。


「なんことしやがるっ!」

「おはよう眠りやくん? 今朝のお目覚めはいかがだったかしら?」

「……最低最悪の気分だよ」


 涙目でそう訴えると三ノ輪はどこか楽しそうにクスリと笑いを溢す。

 俺を痛め付けるのがそんなに楽しいのかよ。そんなに俺のことか嫌いかよ。

 そんな様子を間近で見ていた開南はすぐに立ち上がってそれのそばにまで来て大丈夫かと声をかけながら背中をさすってきた。

 やっぱり俺の見方は開南だけだよ。


「もう! 三ノ輪さん今のはやりすぎだよっ!」

「でも、開南くんのことを無視していたこの男が悪いのであって私は―――」

「それでももっと他にやり方なんていっぱいあるよね? それとも、省吾のことが嫌いだからそう言った乱暴なやり方をするの?」

「―――嫌いってっていうわけじゃないわ。私はその……」


 おいおい。俺のことが嫌いならそうとはっきり言ってくれませんかね?

 そうやって変に言葉を濁されると勘違いしちゃうから止めてくれる?

 あっ、そうかあれか。

 俺のことが嫌いなんじゃなくて、存在事態が邪魔で仕方がないから、物理的に俺のことを消そうとしたんですね。

 うんうん。これなら納得できる。

 んでもってあれだ。家に帰ったらベッドの上で思いっきり泣くことは決定事項だな。


「そのあれだ。俺はもう大丈夫だから開南もそのぐらいで―――」

「省吾も省吾で何甘いこと言ってるの? そうやって安易に優しくして甘やかすからただの悪戯が悪化してイジメにまで発展するんだよ? 僕はそんなの許さないよっ!」


 開南は俺が安易に許そうとしたことを指摘してきた。

 それに付け加えて、今回の行為に関して何か言うことはないのかと無言で三ノ輪に視線を向ける。

 ヤバイ。開南がだんだん怖く見えてきた。


「その……ちょっとやりすぎたわ。ごめんなさい……」


 開南に思いっきり説教されいつものような強気のオーラを放つことはなく、シュンと縮こまってしまっていた。

 こいつでもこんな顔をするんだな。まるで子供が何か悪いことをして親に怒られた後のような光景だ。

 つか、これって今日一日中コイツが萎んだ状態の空気が続くの?

 イヤそれ勘弁してくれねぇかな?

 こっちまで空気が重くなるじゃねぇか。んなもん俺が堪えらんねぇよ。


「三ノ輪。もう十分わかったからいつも通りに戻ってくれねぇか? そうじゃねぇとこっちの調子が狂っちまう」

「あなたがそう言うのならわかったわ。けど、開南くんがあなたのことを呼んでいたのにそれを無視するのは可哀想よ?」

 

 和解することが成功し少し元気を取り戻した三ノ輪はそれだけを言い残して自分の席に戻って行った。

 一緒にいた美浜もつられるように一緒に戻っていく。

 そう言えば、開南が俺のことを呼んでいたって三ノ輪のやつ言ってたな。

 無視するつもりではなかったが悪いことしたな。


「開南なんか悪かったな。変な空気にしちまって」

「ううん。流石にやりすぎじゃないかなって思って僕が勝手に止めただけだよ」


 だから気にしないでと最後にそう付け加えてニコリと笑って見せた。

 なんていい奴なんだ。やっぱりこいつは天使だ!

 誰がなんて言おうともコイツは天使であることは間違いないはずだ!


「ただ、強いて言うなら―――」


 ニッコリと微笑んでいたのから一転し、不満で仕方がないとも言わんばかりに口を尖らせ始めた。


「名前の呼び方、“開南”じゃないっ」


 その言葉を皮切りに俺に対する不満の罵声を大量に浴びせ始める開南。

 名前呼びするって約束したのになんで名字でしか呼んでくれないのさと不満の声を上げ始めた。

 約束していたのにって言われてもな……

 急にしたの名前で呼べって言われてもなかなか慣れないから結構勇気いるんだぞ?

 まぁ、開南にそう呼べって言われたら善処はするけどさ……


「わ、わかった。今度はちゃんと呼ぶから落ち着け。な?」

名字うえのじゃなくて名前したで呼ぶんだよっ!?」

「……わかってるって」

「それならいいんだけどさっ!」


 名前の呼び方でここまでコイツがご機嫌斜めになるとは思ってもいなかった。

 仕方がない。ちゃんとコイツの要望通り名前したで呼ぶことにするか。

 心の中でそう取り決めると担任が教室に入ってきてHRが開始された。

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club“B” 真和志 真地 @hoobas29

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