元・終焉の魔女と巡るほのぼの異世界旅行

アオピーナ

元・終焉の魔女と征くほのぼの異世界旅行


 星々煌く夜闇のカーテンを見上げながら、僕と魔女は温泉に浸かっていた。  


 見渡せば、辺り一面には鬱蒼とした草原と森の迷路。そして、遠くには巨大な山々の陰影が鎮座している。


 そんな大自然の神秘に見惚れている僕の隣で、魔女はその白雪のように透き通った肌に翡翠色のお湯を掛けて言った。


「良い湯ねぇ……お姉さん、身体が火照ってきちゃった」


「それはただ単に逆上せてきただけでしょ」


 僕は出来るだけ彼女の方を見ないようにしながら、努めて冷静にその文言を斬った。

 というか、どうして二人一緒に入っているのか。この魔女には恥じらいという情が無いのか。


 そう心の中で愚痴っていると、不意に腕に柔らかな弾力が加わった。


「こうすれば、君も私と同じく心がバーニングっ」


「それは不味いでしょ! 先に僕の理性がバーニングしちゃうから!」


 慌てて退き、しかしそれが功して──もとい、不可抗力によって魔女の裸体を視界に収めてしまった。


「ふふっ、見掛けによらず素直じゃないんだから」


 魔女は、肌に張り付く黒髪をその豊かな胸の上に乗せて、悪戯っ子のように切れ長の目を細めて僕を見る。


「見掛けもそれほど単純じゃないから。まあ、魔女に引っかかるぐらいには単純なんだろうけれど」


 白磁と艶やか黒のコントラストに思わず見惚れながらも、鼻を伸ばさないよう必死に抑え、ここまでのあらましを思い出す。


 世界一周旅行の道中、辺鄙な森の中で迷い果て、仔羊どころか子鹿の如く震えていた矢先、この得体の知れない世界に居たのだ。


 そこで出会ったのが、この妖艶で絢爛たる魔女様だったというわけだ。


 そこからの展開は早かった。


「それじゃあ、もうそろそろ上がって、次の場所へ行きましょうか」


「え、もう旅の続きするのか?」


「ええ。だって、胸の高鳴りが収まらないのだもの」


 そう言って、彼女は僕が目の前に居るにもかかわらず、いきなり身体を湯面から出して立ち上がった。即座に顔を横に向けた僕の反射神経は、中々のものであったと自賛しよう。


 そして、高鳴りは分からないが、確かに常に躍動している節はある。それ程に、母性溢れ女性の魅力に富んだ肢体をお持ちなのだ。この魔女様は。


「はあ……分かったよ。名残惜しいけど、この秘湯ともおさらばだな」


 と、僕も魔女に続いて上がった。


 身体を拭くのは、勿論、魔女様のお力で一発。なんと、着替えまでも一瞬なのだ。


 その点、サービスカットが文字通りカットされてしまうことに、男として少しの虚しさを覚えたけれど、すぐに心頭滅却して用意に移るのだった。


「それじゃあ、レッツゴー〜!」


 柔らかで気の抜ける声を合図に、柔らかな胸の感触を背に受けて、使い魔である魔獣に鞭打って旅路を再開する。  


 後ろからは魔女に抱き締められ、股下からは魔獣の柔毛によるふさふさなクッションが叩きつけられるので、僕の心はあっという間に多幸感に満ちていった。


 役得、というやつだ。 


「朝までに着けばいいわね」


「居眠り運転でも良いなら任せとけ」


 と、その瞬間、魔獣は空気を読んだ。


「う、うおああああああああああっ!?」


 超が付く程の高速で風と景色を置き去りにし、夜闇を駆けていくのだった。

 この後、魔女が放った魔法によって落獣することは無かったけれど、三半規管が可哀そうになったのは察してくれると有難い。


 

「ほわぁ……っ」

「美味だわぁ〜」

 

 かくして目的地に着いた僕と魔女は、この木組みの街一番の評判だというレトロチックなレストランにて舌鼓を打っていた。


 一角牛の肉を使ったステーキは、歯に絡み付く弾力と口内に溢れ出るジューシーな肉汁が相まって、脳内にお花畑を乱れ咲かせる。


 大魚獣の出汁をとったスープは、ここら一帯で採れるという山菜や、自慢の農家から仕入れた野菜を具として煮込んであり、味の重奏曲を奏でていた。


 その他にも、味が七変化する奇跡のロールパンや、デザートとしてチョコレートやバナナ的なものが沢山詰まったパフェが出たりもした。


「やっぱ、旅して美味いもの食うって最高だな!」


「そうねぇ。自然の神秘を目に焼き付けて、色んな人とふれあって、美食と銘酒を嗜む……これこそ、人が生きる上に見出す最上の幸福じゃないかしら」


 魔女はそう言って色っぽく熱い吐息を吐くと、グラスの中で鮮やかに光る夕焼け色の酒をグイッと飲み干したのだった。 



「次は……おお、近くにビッグなスポットがあるぞ!」


 地図を見て、文字通りにビッグな名峰があるのを見つけたのだ。

 魔女は横から入ってきて、


「ここ、いいわね! 邪魔な守り神はこの前倒したのだけれど、その時はもうクタクタだったから登れなかったのよ」


「いや、守り神は倒しちゃ駄目でしょ!?」


 僕のツッコミに「テヘペロ」と可愛らしく舌を出す魔女。

 こんなんでも、実は終焉の魔女だなんて云われて恐れられていたのだから、人は見掛けによらないらしい。


 かくして、僕と魔女は再び魔獣に跨って、眼前に聳え立つお山に向けて発進するのだった。



 人生山あり谷ありとは良く言ったもので、見据える頂を目指すこの道中は、常に死と隣り合わせな感じがした。


 もっとも、いくら獰猛な魔獣や超魔法級の自然現象が起きようが、後ろではしゃぐ元終焉の魔女様には胸の高鳴りに拍車を掛けるスパイス程度にしか感じられなかったらしいけれど。


 うん。確かに胸の高鳴りはよぉく感じた。

 おっぱいによる祝福が、唯一のオアシスだった気がする。

 そして。


「着いたぁぁっ!」

「山頂よぉ〜!」


 果てまで広がる蒼穹と、その下に敷かれた美しい街並みの絨毯。

 僕と魔女は二人揃えて両手を広げ、神秘的な情景への感謝と感嘆を思い切り叫んだ。


「世界を見下ろすことがこんなに気持ち良いとは思わなかった……」


 魔女はクスッと笑い、「その言い方、中々笑えるわね」と揶揄うような視線を寄越した。


「本当の意味で世界を見下ろせる程の力を持つ魔女様が何を……」


 肩を竦めてそう返した僕に、彼女は「もうっ」と可愛らしく頰を膨らませたのだった。



 それからも、僕と魔女の旅は続いた。


 ある時は海の上に聳える都市へ行き、ある時は魔法が全てだという辺鄙な街で魔女が無双し、またある時は溶岩流れる『魔神様のお膝元』と呼ばれる地下深くの大洞窟で一夜を過ごした時もあった。


 そして、旅はこれからも続く。


 ただ、一つだけ気になることがあった。それは、魔女が掲げる旅の目的だ。 


 僕は純粋に興味に駆られるがままに彼女と旅を続けているけれど、世界最強の座に君臨する彼女は一体何を想っているのか。


「なあ、あんたは何で旅をしているんだ?」


 桜色の花弁が舞い散る巨大樹の下で、僕は聞いてみた。

 魔女は振り返って花びらを一枚手に取ると、同色の唇でくちづけて答えた。


「このお花にくちづけて願いを紡ぐと、そのお願いが叶うみたいなの」


「え?」


 突然話を逸らされた挙句、異世界に咲く花の花言葉などというノータッチな話題を出され、唖然とすることしか出来なかった。


 けれど、魔女はいつの間にか僕の傍に来ると、耳元にそっと口を寄せて、


「──一緒に、居たいからよ」


 静かに、震える声でそう囁いたのだ。


「あ──」


 僕は、理解した。


 すぐに魔女の方を見た。彼女は、瞳を潤ませていて、頰は熱を帯びていた。 

 そして、その花びらに纏わるジンクスは、絶対に叶う──叶わせ続けると、ここに誓おう。

  


 旅はこれからも続く。


 旅路が『恋路』に成り代わったけれど、僕はあの時──約束の花びら舞い散る木の下で交わした誓いは、未だに守り続けている。


 愛しき魔女と征く異世界旅行は、これからも続いていくのだ──。

 

 

 

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