10. エピローグ(続)

【エピローグ】


彼女の死によってこの塔を囲んでいた防壁は完全に消え去り、塔の内部(一つの型)から黒髪の青年一人がよろめきながら歩いて出て来た。

「広い……」

それは彼の目の前に広がった広くも青い壮観を目にした黒髪の青年、アルファが吐き出した初めての言葉であった。

塔の内部でも村、森、海や島、空などは沢山見て来たものの、それらとは一種違うその絶妙な美しさは前例のないくらいアルファの胸をときめかせた。

そしてそんな景色に我を忘れていたアルファは後ろから近付いて来た人によって気絶させられてしまった。

「目標物の生け捕りに成功。これより研究所へ帰還する。さっさとヘリを出せ。」

青年の後ろに立っていたのはどこかの学校の制服と思われる服を着た、悪い目付きで冷たさそうな印象の女性であった。

彼女は自分のふところでぐっすり眠っているアルファの姿を見下ろすと、そのまま迎えに来たヘリコプターに乗って其処から去った。

「素直に『世界』のための生贄となってもらうわよ。」



今すぐにでも崩壊しそうな白い巨塔の内部。今はその施設を守っていた頑丈な防壁が消失され海弁の涼しい風が強く吹き入って来る10階層の奥にある小さな部屋。

その中を小さな一点の光が漂っていたうち、悠々と鼓動している暖かい温度の… まるで死んだように倒れている銀髪の女性の隣で止まった。

「やれやれ、いつまでそうしている御つもりですか?そのままだと体に冷えますよ。」

今はカッコいい男性の姿に化した光は自分の前に倒れている女性に声を掛けた。

「ふふふ。やれやれ… どうやって分かったの?」

しばらく静寂を保っていた銀髪の女性――――― ハワ―(防視)は参ったように微笑みながら自分に声を掛けて来た光を横目で見た。

「単純です。」

淡々と微笑んでいるハワ―の質問に、ウェーブが入ったブロンドにスレンダーでスリムな体に高い背の光――――― ランはポケットのような所に手を突き入れると言葉を続けた。

「貴方が何の保険も持たずにいたとは考え難いという推測と、こう見えての通り私は医学にもいささか頭を持っているので肌の色や肩、そして関節の状態だけをざっと見ただけですぐ分かるんですよ。」

「まったく… 『ブレイン・オブザーバー』でも使っているのかい?」

彼女が言っている『ブレイン・オブザーバー』とは、22世紀に話題となった「ブレイン・コネクター」技術の進化系で、対象者の脳にチップを取り組むことで働くオーバーテクノロジーであった。このチップが取り組まれた人には自分が知らない言語を聞くだけでその意味を理解できたり、感情に素直になれるなどのメリットを与えつつ、その対象者が思っていることや考え事などを瞬時にこちらに転送して貰える上このプロジェクトの円滑な経過報告のために今回のプロジェクトの観察役割を担っている者に与えられた24世紀の現代にはあまりにも過剰なテクノロジーなのである。

「それが何なのかはお分かりございませんが、やはり私の推理は正解でしたね。」

「あっそう。」

どうやら彼のナルシシズムは死んでも治っていない様子だ。

ランの自慢あふれる言葉を聞いたハワ―は落胆したように鼻で笑った。

そしてそんな彼女にランはまたもや声を掛けて来た。

「今度はこちらからの質問です。」

「うん?またの何がそんなに」

「貴方、最初から全然全力を尽くしていませんでしたね。どうしてですか?」

彼女の異能力である防壁を使えば戦うも前から彼の喉穴を閉じ込めて窒息死させることも容易い事であっただろう。

しかし彼女は彼にそうしなかった。

「さぁ~って何のことでしょう。」

「……」

はじめは知らない振りをしていたけど、彼のあまりにも真剣な目付きに、そもそももう騙す気力すら残っていなかったハワ―は負けたようなふりで肩をそびやかすと軽い口振りで吐き出した。

「はい~ はい~ アンタの考えていることが全~部正解です、このナルシスト様… 全く、本当に「ブレイン・オブザーバー」を持っていないのかよ……」

しかしハワ―はそこで負けずランを睨みながら言った。

「でも、それはアンタも同じじゃない?大人として子供を全力で殺そうとするなんて、ありえないんだろう。違うかい?先生の方。」

「ふ… そういう事にしておきましょう。ところで私は先生としてでしたが、貴方は親心でも芽生えたのですか?」

明確にからかっている言い方にハワ―は舌を鳴らした。

「ふん!私はまだ処女よ!マジで殺すわ。」

「やれるのならどうぞお好きに、残念ながらすでに死んだ身なので。」

「まったく…」

何せよ、もうチップを埋め込んでいた脳もろとも肉体を失って霊と化した今の彼の考え事を知る方法が無くなったハワ―は今の彼をどう対処すれば良いのかに困って首を横に振るった。

「貴方… あ、そういえばお名前は?」

「アンタ、国籍は?」

ハワ―は質問に対して訳も分からない質問で返した。

「(旧)イギリスですが。」

「そう?じゃテレサよ。アンタにはテレサ。」

「おほ。名前をいくつもお持ちであるのですか?」

「ああ、勿論よ。そっちの方が皆に親しみがあるじゃない。どう、優しいでしょ?」

「やれやれ、その見た目の程余計ですね。」

「アンタって本当に先生なのかい…?!」

しばらくを二人がやりとりを続けていた際中、ハワ―は突然顔を曇らせるとランに聞いた。

「そういえば、彼奴は… どうなった?」

今ハワ―が思い掛けている相手は先此処を出て一人立ちを始めた彼(か)の青年の事であろう。

「彼の事なら大丈夫です。ちょうど今この塔から出たところです。」

一息を抜くと、ランはハワ―に向かって言い掛けた。

「私はこれから彼の後を見守るつもりです。貴方はどうしますか?」

「私……は…」

ランの突然の質問にハワ―は真剣に、ながらも先とは違って軽く口を開けられなかった。

そしてそれを見たランは自分の方から先に口を開けた。

「さあ… 貴方がこれから何を、どうやって行くかは知れませんが、あの子の先生として彼の知り合いである貴方に最初で最後のレクチャーをしてあげましょう。」

「何を……」

「自分の人生を―――― 自分として歩みなさい。彼はそのために守りたいと私に告げた、そんな貴方をも倒し超えてそれを見事に成し遂げました。貴方も精々足掻いて………」

「うん?急に止まってどうしたのよ?」

また豪そうにハワ―に他人事に口を挟んでいたランはどうしたのか突然体を固めると言葉を切った。

どうやらハワ―はランの話をそれなりに傾聴していたのか、突然言葉を切ったランに文句を現した。

「……《カイン》の奴ら、よくもまた…」

「は?!ちょ………」

「私は急いで彼に向かいます。貴方とはこれでさようならです。」

ランはハワ―の言葉が終わるも前にまた一点の光となって塔の外へ飛んで行った。

「アンタがどうやって私たちの組織の名前を知っているんだよ… それにまたって……」

ハワ―は空虚な声で疑問を口にしたが、それはまた一人になった後の出来事であった。

……… ……

…………「誰?」

どうやら彼女には一人になれる暇も無いのか、彼女の耳に、此処にはもう存在するはずがない人の足音が扉の向こう側から耳に届いた。

「こうやって顔を合わせるのは久しぶりだね―― 照れ屋さんの女の子ちゃん? それとも… ドクター・ハワ―とでも呼んであげないと知れないかしら~」

「お前… バイオレット。」

ハワ―の前に姿を現したのは黒いショットカットに紫色のポイントが入った髪型、そして目の下にも緑色のポイントが描かれているタトゥーなど独創的な外見の女性、この『アルファ・プロジェクト』の補助観察者役を担当していた青年の黒いモザイクの人! そう、何を隠そうか~ 私であったのだ。

「ようやく覚えてくれたんですか~い? 研究所では閉じ籠っていたから顔を見辛かったのに、此処に来ては記憶喪失だなんて… 私本当に悲しかったんですよ?」

「そういえば君もまだいたのね…… で、私に尋ねて来た目的は何? 御父様の命令かね?」

「いひゃ~ 私はさっぱりあの青年が蛇になると思っていたのに、完全に雷でしたね~ あ、私も蛇になれるのかと思いきや… 完全にりんごでしたし……」

「はぁ?」

何を訳を分からない事を言っているのかとハワ―は私に向かって飽きた顔を浮かばせた。

じゃそろそろ本題に移りましょうか~

「今度貴方の担当で進められた『人間の善悪(アルファ)プロジェクト』。実はそれと同時に2つ、貴方には内緒で共に進められたプロジェクトがあったんですよ。」

「…元から交流の少ない組織だったけど、うちの組織って酷くない…?」

「はい~ はい~ でもそんな事より、今度実行された3つのプロジェクトを起点にして組織が本格的に動き出すらしいです。」

「……それを私に教える理由ってなに?」

「すでにご存知だと知っていますが、うちの組織…… 《カイン》からまたアルファくんを攫っちゃいました。」

「それが…?」

ハワ―の表情が明らかに暗くなった。

「このままじゃあの青年――― アルファくんはこれからもモルモットとして使われ尽くされた果てに、結局生を終えるのでしょう… 私的にもあの子は死んだら困るんですよ~」

ハワ―の反応を見た私は「だから」と言い続けた。

「言ったでしょう?蛇にはなれなくともりんごにはなるって。ドクター・ハワー。駒は用意しておきました。後はお願いします。」

「駒…? 一体何を言ってるの?それじゃ君は?」

「私は今異能力を限界以上まで使用した上『精神の到達(オーバードラフト)』までやっちゃたんです。残念ながら私はこれで死にます。」

よくも軽く言ってる。

「じゃ、ファイトです! ドクター・ハワー!!」

昭様に何かを企んでいる笑顔を最後に彼女は倒れる如く息を引き取った。

「何がなんなのか…」

そもそも彼女の企みは何なのか?その事実を私に教えた目的は?それに彼女が言っていた駒はどんなモノでどこにあるのか?

疑問だらけだ……

しかししばらくの後、この部屋に訪ねて来た20人近くの姿を見た私はつい微笑みを浮かべた。

「やれやれ… やってみるか。」

                             ―続く―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Theー@bility @Gusto0124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ