宿屋にて(習作)
滝沢諦
第1話 祖母の話
1.祖母
「そうだねぇ、、、」
そう言って、カゴに盛ってある干しなつめを一つ指で摘み上げると、もうあまり歯の残っていない口に入れて、ゆっくりと咀嚼する。祖母の手は、干しなつめと変わらないほどしわくちゃで、それは私が覚えている限り昔の記憶の中でも、やはり同じようにしわくちゃだった。
祖母は長い時間をかけて干しなつめを味わっていたので、ジョッキに注いでいたビールは、すっかり温くなってしまっていた。少しずつそれを飲みながら、祖母が語り始めるのを根気強く待った。祖母は、眩しげに目を細め、そこに何かが見えているかのように、暗がりに視線を向けている。外は雨で、風が強い。日が登るまでにまだ時間もある、食堂は暗く、ランプの炎が隙間風に揺れて、祖母の横顔に複雑な陰影を作っている。長い、長い歳月を経た祖母の横顔。
「あの人に会った日のことは、今でもよく覚えているねぇ」
ようやく干しなつめを飲み下した後、ポツリとそう言って、ジョッキを一口すする。中身は葡萄酒だったが、水で割ってはいない。城下では、葡萄酒を水で割ってて飲むのが普通になってきているが、祖母の時代には良い水が手に入らず、そのまま飲むことが多かったそうだ。
「街ではなくて、なぜこんな小さな村にお泊まりになったのかは、わからなかってけれどねぇ。あの人の御一行がウチに泊まったのは、そうだね、夏祭りの前のことだったねぇ」
多くの人は、ローレンシウムのことを“勇者様”と呼ぶし、もう少しかしこまって天帝と呼ぶ人もいる。祖母も、私の前以外では勇者様と言っているが、こうして二人だけの時には“あの人”と呼ぶ。
「わたしが14、5の頃だろうかねぇ、まだ酔っ払いの男たちの相手をするのが苦手だった頃のことだよ。あの人の名前はもう国中に広まっていたからね、でもね、いろんな噂話に聞く立派なお方を眼の前にして、わたしが思ってのは、そう、こんなに若い人だったんだ、ってね」
祖母は少し頬笑ったようだった。
「わたしと夫婦になってもいいくらいの、そんな若者に見えたよ」
その頃すでに国王に仕えていた「勇者様御一行」がどうしてウチを宿泊地にしたのかは、今となっては誰にもわからなかった。
「あの人と仲間たち、それに村の偉い人たちが集まってね。店に入れなかった人たちが外にまでテーブルを出して、賑やかなもんだったよ。そんな中、あちこちに食事や酒を運んでいてね、わたしは自分の食事は朝に食べたったきり。ペコペコだったんだ」
若かりし頃の祖母が、そうして慌ただしく給仕をしていて、ローレンシウムの座るテーブルに干しなつめと葡萄酒の壺を運びに行った時のことだった。ローレンシウムは何かを手の中で弄びながら、すこしぼんやりとしている様子だったそうだ。祖母のことに気がつくて、少し驚いたような顔をして、ありがとう、と礼を言う。武勇伝に聞く勇敢さとは無縁の、優しげな微笑み。
その姿に見とれてしまっていることに気がついた、その時に、祖母のお腹が威勢よく、音を立てた。
「なんであんなに騒がしい中で、わたしの“腹の虫”が、あの人に聞こえたんだろうね、それも聖なるお力なのか、、、でもね、今にして思うんだよ、あの人のお優しさが、そうさせたんじゃないかって、ね」
祖母の腹の音を聞いて、ローレンシウムはクスクス笑い出したそうだ。祖母は恥ずかしいやら何やらわからなくなって、ただただ謝るばかり。そそくさとテーブルから離れようとする祖母のことを呼び止めたローレンシアムは、腰の小物入れを弄って何かを探し出すと、祖母の手を取って“ソレ”を手のひらに置いた。
「砂糖菓子だったんだよ」
祖母の視線はまっすぐに前を向いていて、テーブルの向こう側に“あの人”が座っているのが見えているかように。
それは金平糖という砂糖菓子で、当時の祖母は名前も聞いたことがないものだった。ローレンシアムは自分も一粒、金平糖を手のひらの乗せて見せて、それを舌ですくいあげた。
「ほら、舐めてみて。とっても甘いんだよ」
そう言われて、祖母は訳も分からず、ローレンシアムの仕草を真似てコンフェイトを口に含んだ。
「砂糖菓子なんて、初めてだったからねぇ、そりゃもう、びっくりしたもんさ」
祖母の驚く顔を見て、ローレンシアムはまたひとしきり、クスクスと笑っていたそうだ。そうして「干しなつめ、ありがとう。好物なんだ」と言って、片手に握りこんでいた物を懐にしまい、テーブルの向かいで酔いつぶれていた仲間の一人を揺さぶって、何やら声をかけ始めた。
勇者様御一行を歓待する宴は朝まで続いたそうだが、祖母と“あの人”が言葉を交わしたのは、その一言だけだったそうだ。
八月二三日というのは、この街では特別な日ではない。秋晴れの一日で、風は冷たかったが強くはなく、日差しが心地よかった。祖母の墓は、祖父の横に掘られた。祖父の時代には、村から薪や木炭が持ち寄られて火葬されることが多かったようだが、今はよほどの金持ちでおない限り、火葬されることはなくなった。神官たちも、時代に合わせて土葬のための“しきたり”で葬儀を行ってくれる。祖母の遺体も慣習に従って清められ、葬儀に集まってくれた人たちの香典でまかなわれた死装束に身を包んで、埋葬された。
祖母は正式な遺言を残してくれていて、店と店に伴う権利、それに残っていた“蓄え”と少しばかりの“ツケ”は、正式に私が相続できることになっていた。わたしのほかにも幾人か、相続を主張できる人物が街にはいたが、特別に問題になることはなかった。わたしは店を自分が相続することを条件に、“ツケ”をすべて引き受け、“蓄え”のたいはんを彼らに分配したからだ。それにくわえて、祖母の店の常連客の何人かが、わたしが店を引き継ぐことを支持してくれて、そのなかに街の有力者もいたからだ。
祖母はそれらの遺産のほかにも、もう一つ、わたしに残してくれたものがある。それは、手のひらにすっぽりと収まってしまうほどの、小さな、異国の神の像だった。木目の細かな堅木で掘られているが、特別に技巧が凝らされている風ではない。長い年月で、彩色も薄れ、端々も擦れてしまい細部はすっかりぼやけてしまっているが、それが女神像であることが、穏やかに微笑む顔から判別できた。
それがなんであるのか、祖母はわたしには伝えてくれなかった。あるいは、祖母も知らなかったのかもしれない。それを祖母がどうやって手に入れたのかも、教えてくれなかった。ただ、祖母がその木像をとても大事にしていて、容易に人に見せることもなかったことだけは、幼い頃から知っていた。
祖母が亡くなる1ヶ月ほど前のこと、数日寝込んでしまったことがあった。街で議員をしている、店の常連客を寝室に呼んだ次の日に、祖母は相続に関して正式な手続きを取っていることをわたしに伝えて、渋るわたしの頭を撫で、代わりにこれをあげるから、店をよろしくねーーと、木像をわたしの手の中に握らせた。幼い頃から、それに興味を持っていたことを、祖母は知っていたのだ。
長い喪に復するという習慣はもう昔のものだったが、わたしは慣習通り、葬儀と埋葬のあとに日中の断食を行い、祖霊を祭った。祖母とは言ってもわたしは戦災孤児だったので、血の繋がりはない。それが祖母を祀るのに差し障りがないのか、気がかりではあったが、万事習慣としきたりを守ることにした。
日が沈んで断食が明けると、カゴに干しなつめを盛り、ジョッキにビールと、水で割らない葡萄酒を注いで、店でよくそうしていたように、祖母と語らった。飲み客が帰り、泊まり客が寝静まった夜半過ぎ、片付け終わった食堂のテーブルに座って、干しなつめぐをつまみながら、その日の残りのビールと葡萄酒を飲む。祖母にせがんで聞かせてもらった昔話の数々。あの人のことーー。
祖母が亡くなってから、葬儀と埋葬と、五日間にわたって店に出ない日が続いたが、それも明日までだ。今までは祖母の“手伝い”だったが、明日からは違う。明日からは、わたしが店を経営していくのだ。
いつの日になるのかはわからないが、別の誰かに店を引き継ぐその日まで。
宿屋にて(習作) 滝沢諦 @nekolife44
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