エピローグ04
柊木中学校の校舎の裏手に公園があった。高台に二つ並んだブランコが設置されている。陣野修(じんのしゅう)と担任の麻宮五鈴(あさみやいすず)がそれぞれ座っていた。丘の奥に日が沈み夜景が美しさを増しつつあった。柊木中学校のプールでは『バイオメタルドール』の起動実験を終えた後の試乗会が続いており、時折、来場者たちの歓声が風に乗って響いてくる。
「修君達が帰ってきて先生はとてもうれしかったよ」
麻宮五鈴は街の明かりを真っすぐに見つめていた。陣野修は麻宮五鈴の横顔をながめる。宮本修(みやもとしゅう)として、彼女と過ごした記憶が鮮明によみがえる。
「ごめん。五鈴。待たせちゃったね」
陣野修は独り言のようにつぶやいた。
「・・・」
陣野修はポケットの中から、古びた神社お守りを取り出して彼女に渡した。宮本修と麻宮五鈴が初デートで買ったお守りだった。
「僕の体はクローンなんかじゃなかった。『カイラギ』の中で蘇生(そせい)された宮本修、本人の体だった。『カイラギ』に取り込まれた宮本修の記憶、魂(たましい)は、今、僕の体の中に戻ったんだ」
麻宮五鈴は受け取った神社お守りを見つめてから、自分のポケットから同じお守りを取り出した。
「宮本君なの。宮本修君なの」
麻宮五鈴は大きく目を見開いて陣野修の返事を待った。陣野修はうなづく。
「うん。体は14歳のままだけど」
「修。修なんだね」
麻宮五鈴は、今まで押さえてきた感情を解放した。体が勝手に動いて陣野修に抱きつく。陣野修はやさしくそれを受け止めた。彼女は屈みこんで彼の胸に顔を沈める。心臓の鼓動を確かめる。
ドクン。ドクン。ドクン。
彼女は彼の胸に抱かれて大きく息を吸った。宮本修の汗のにおいが鼻を抜けていく。なつかしい香りに彼女の心臓はときめいた。
「体は子供のままだけど、気持ちは変わっていない」
陣野修が麻宮五鈴の頭をなでながら語る。
「うん」
「おぼえている。二人で出かけた遊園地」
「うん」
「ソフトクリーム、へんな形で二人で笑ったよね」
「うん」
「ジェットコースターで泣くんだもん」
「うん」
「観覧車の中で何したっけ」
「いじわる」
麻宮五鈴は顔をあげて立ち上がると陣野修を見すえた。彼が彼女の肩に手を置き、二人は見つめ合う。彼女は観覧車の中でしたようにゆっくりと目を閉じた。麻宮五鈴はあの時のように、そっと触れる陣野修の唇を自分の唇に感じとった。陣野修が語りかける。
「昔のように付き合えないかな」
「私は25歳。もう、おばさんだよ。それでもいいの」
「うん。大丈夫。それと、中学校はもう卒業かな。母さんと一緒に研究を進めたいんだ」
「学校にはもうこないの」
「うん」
二人は手をつないで柊木中学校の校舎をながめた。いつの間に日が落ちきって月が夜空を照らしている。きらめく星々のもとで、二人はもう一度、唇を重ねた。
おしまい。
生体アーマー BMD-A01 坂井ひいろ @hiirosakai
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