エピローグ03
柊木中学校のプールサイドには複数の仮設テントが設置されていた。「柊木中学校」と記された白いテントの下にはマスコミや財界人が集まり、にぎやかだった。雲一つない抜けるような青空の下で、太陽の日ざしが容赦なく肌を焼いている。
「修(しゅう)。そっちの準備はどう」
陣野真由(じんのまゆ)は「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたわら半紙をはり付けたテントの下からプールに向かって叫んだ。作業服に身を包んだ陣野修(じんのしゅう)がプールサイドに立っている。
「起動ケーブルの接続は問題ありません」
彼は手を振りながら笑顔で答えた。
「園部(そのべ)さん。データは問題ない」
園部志穂(そのべしほ)はパイプ椅子に座り、折りたたみの長机の上にのせたパソコンのモニターから顔を離して答えた。
「教授、問題ありません」
陣野真由のは彼女の右肩に左手をのせる。
「いよいよね」
園部志穂はインカムのマイクのスイッチを入れた。
「これより、筑波生物研究所製、量産型汎用『バイオメタルドール』の起動実験を開始します。関係者以外はプールから離れてください」
集まっていたマスコミや財界人が息を飲む。
「それじゃあ、起動するわよ」
陣野真由は右手に持った装置のスイッチを入れる。
ゴボ、ゴボ。
プールの中から大きな泡が、いくつも浮かび上がって水面を揺らした。園部志穂はキーボードをたたきながら、モニターにうつし出された心拍計に似た表示の波形を読み取っている。
「呼吸器官、順調に作動しています」
それを聞いた陣野真由がリフトのスイッチを入れた。プールの水を割って『バイオメタルドール』がゆっくりと立ちあがる。
「おー」
歓声がまきおこる。マスコミはプールサイドに駆け寄り撮影をおこなった。あたりはまるで、お祭りでもおこなわれているかのようなにぎわいになった。陣野真由がマイクをとって説明を始めた。
「みなさま、これが新型の『バイオメタルドール』です。このBMDは神経接続を必要としません。筋電信号だけで操縦できます。パイロットに特殊な条件はなく、一般の方でも気軽に動かせるのです。特殊な訓練は不要。操縦は自分の体を動かすかすのと変わりません。建設現場や土木作業、荷物の運搬など、人類はBMDを使ってかつての文明を取り戻す時がきました。燃料は自己完結型で、地球を汚染するような排ガスは一切出ません」
陣野真由は一呼吸おいて続けた。
「そして、私は、このBMDに関する情報を、一部の人間が独占することのないように全人類に無償で公開します」
会場につめかけた人々が陣野真由を見つめる。拍手の渦がわきおこり彼女を取り巻いていく。
「では、今回の起動実験のパイロットをご紹介します。彼は一般の成人男性で、BMDの搭乗経験は一度もありません」
プールの陰から水着をはいた山村光一(やまむらこういち)が現れる。筋電信号を阻害(そがい)しないようにできるだけ肌を露出する必要があった。アニメのキャラクターがプリントされた水着を見て、会場にいた野島源三(のじまげんぞう)の顔がみるみる赤くなる。隣りにいる三村美麻(みむらみま)と神崎彩菜(かんざきあやな)は顔を見合わせて笑った。マスコミが山村光一を取り囲んでマイクを向ける。山村光一はマイクを一本取った。
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」
あまりにも有名な言葉を堂々と引用する山村光一を見て、陣野真由は園部志穂に耳打ちした。
「彼が人類を救ったヒーローだって紹介するのはやめることにするわ」
園部志穂はインカムのスイッチを入れる。
「パイロットの方。時間が押してますので、BMDに搭乗してください」
山村光一は渋々、マイクを置いた。陣野修は視覚と聴覚、酸素を提供する特殊なヘルメットを彼に手渡し、BMDのコックピットを開いた。
「山村さん。ヒーローになる時がきましたね」
山村光一はウインクをして、BMDに乗り込んだ。
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