エピローグ02

 街はずれの古い木造の建物に『久我道場』の看板がかかげられていた。主を失って久しい道場は庭に草木が生い茂っていた。生徒を失った道場は静寂に包まれていた。建物の太いはりが、かろうじてその家の格式と歴史を主張している。


 久我透哉(くがとうや)は腰に日本刀をさして道場の中央にすえた試し切り用の巻藁(まきわら)の前で目を閉じて、静かにたたずんでいた。古い建物が放つ香りが心をしずめていく。木製の板壁をたたく微かな風の音(ね)と障子戸から差し込んでくるやわらかな日差しを全身で感じていた。瞬間、前方の空気にねばりを感じた。


「やーっ」


彼は目を大きく見開いて、刀を抜きはらった。


ビシッ。


藁(わら)を切り裂き、中の竹をたつ心地よい感覚が腕にひびいた。切り取られた巻藁は宙を舞い床に転げ落ちる。その様子がまるでスローモーションのように感じる。


 久我透哉は父の道場の再建に向けて動き出していた。神崎彩菜(かんざきあやな)との戦いに敗れて重傷を負った彼は、彼女の『バイオメタルドール』BMD-A01の中で蘇生(そせい)した。その時、奇跡がおきて生まれつき失われていた視力まで回復した。自分の目で物を見ることができることがどんなに幸せか、生まれて13年間、暗闇をさまよって生き続けた彼にしかわからないことだった。


 久我透哉は『バイオメタルドール』のパイロットになってBMD-T07の目を通して世界を見た。光がつくり出す世界は少年の心を魅了した。しかし、それは『バイオメタルドール』のパイロットとしていられる3年間という期限付きのものだった。彼は本能的に再び光を失うことを恐れるようになっていた。


 久我透哉は自分が『カイラギ』に取り込まれたのは、無理をしていた心の弱さが原因だと信じている。原因が『サースティーウイルス』にあることはもちろん理解していたが、現代の科学では解明されていない精神の力があることを感じていた。


「透哉。いるの。私の親方を連れてきたよ」


神崎彩菜が刀鍛冶の黒田生真(くろだいくま)を連れてやってきた。神崎彩菜が道場の障子戸を開け放った。まばゆい光を背中に受けて立つ彼女を見て、久我透哉は天使を見つけた気分だった。彼女の後ろから黒田生真が顔を出した。


「懐かしいなー。久我透哉君だね。大きくなったなー」


そう言いながら黒田生真は靴を脱いでズカズカと道場に入ってきた。彼は久我透哉の顔をのぞき込む。


「久我師範にそっくりだ。私のことを覚えているかい」


黒田生真は笑顔をつくった。久我透哉は大きくうなづく。


「黒田さん。お久しぶりです」


「そうか。おっ。その刀。私が若いころにつくった刀だ」


久我透哉は手に持った日本刀を黒田生真に渡した。彼はそれをじっくりとながめながら懐かしむ。


「若いな。粗削りだがそれゆえに迷いがない。素直な刃だ」


「黒田さん。『バイオメタルドール』のランクA装備、ありがとうございました」

久我透哉は黒田生真に向かって頭を深く下げる。


「いやいや。『ムラサメ』、『ライキリ』、『マサムネ』。あれを使い倒せる者がいるとは思わなかった。こちらこそお礼を言うよ」


黒田生真は久我透哉の腰からさやを受け取り、手に持った日本刀を収めた。カチッと言う心地よい音が静まり返った道場に響きわたる。


「じゃあ。始めようか。『久我道場』の復活だ」


黒田生真は道場のはじまで歩いていく。久我透哉の父の名を記した木製の名札の横にある名札をひっくり返して名札掛けにかけ直した。そこには、黒田生真の名が記されていた。


「師匠、これ私の」


 いつの間に着替えたのか神崎彩菜が道着に身を包んで入り口に立っていた。長い髪を後ろに束ねて胸をはる。その凛(りん)とした姿に二人は目をみはった。彼女は自分の名前を書いた名札を黒田生真に渡した。


「透哉君。キミ、彩菜君に負けたんだってな」


黒田生真は久我透哉の名札を外して、神崎彩菜の名札と入れ替えた。


「透哉君は一から修行のやり直しだな。彩菜君に見とれているようじゃまだまだだ」

そう言って彼の名札を名札掛けのはじにかけ直した。


「いゃ。ちょっと。黒田さんだって鼻の下が伸びてましたよ」


「バ、バカを言うな」


黒田生真が顔に手をあてる。神崎彩菜はふきだした。

「二人とも二枚目がだいなしだね」

三人は顔を見合わせて笑う。黒田生真は二人が『久我道場』を受け継いでくれたことを頼もしく思った。

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