エピローグ01
開かれた窓から朝の日ざしが差し込み、レースのカーテンが入り込んでくるやわらかな風にゆれていた。山村光一(やまむらこういち)はダイニングテーブルの椅子に座って、早朝のニース番組を眺めながら不平をもらした。
「あのー。美麻(みま)さん。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいんだけど番組をかえても良いかな」
三村美麻(みむらみま)は三人分の朝食を運んでいた。彼女は足を止めて意地悪そうな顔を向けた。
「ダメです。朝のアニメは禁止です」
「いや、でも。アニメのおかげで地球は救われた訳で」
山村光一はさみしそうな顔を三村美麻に向ける。三村美麻は山盛りのふかしたジャガイモをテーブルに置いた。
「ダメですよ。光一さん。彩菜(あやな)ちゃんの高校受験が終わるまではアニメを絶(た)つって自分から言い出したことじゃないですか」
三村美麻がほほを膨らます。ちょうどその時、神崎彩菜(かんざきあやな)が階段を駆け下りてきた。
「寝坊しちゃった。光一さん、美麻さん。おはようございます」
元気な声が響いてくる。
「おはよう。彩菜ちゃん」
三村美麻が答える。山村光一はダイニングテーブルの前に立った神崎彩菜の制服姿をゆっくりと眺めた。長く真っすぐに伸びた黒髪。整った小さい顔に澄んだ瞳が輝いていた。白いブラウスに赤いネクタイ、少し短めの濃紺のスカート。その下には太ももから伸びる長くスラリとした健康そうな脚がのぞいていた。
『カイラギ』に人間の体を再生する能力があるならば、同じ技術でつくられた『バイオメタルドール』に人間の脚を再生する能力があっても不思議ではなかった。しかし、山村光一は神崎彩菜の意志の強さが生み出した奇跡だと信じていた。彼は彼女の脚の美しさに見とれる。
「エッチ」
神崎彩菜は顔を赤くして、学生カバンで両脚を隠した。
「あっ、いや。おはよう」
山村光一は気まずそうにテレビに目を向けた。テレビが今朝のニースを報じている。
「では、今日の特集は軍の資源の横流し事件についてです。『バイオメタルドール』を使って集めた貴重な資源を、特定の企業に横流していた事件の続報です。逮捕者は軍の上層部にとどまらず、汚職は政財界へと広がっております。国防大臣は辞任。変わって国防副大臣の桐生雅史(きりゅうまさし)氏が大臣に昇格。事件の全貌(ぜんぼう)解明の任(にん)に当たることとなりました。ではこれよりおこなわれる桐生雅史氏の記者会見の様子を、生中継でご覧ください」
桐生雅史が画面に現れる。
「今回の事件は、軍と政財界の癒着がもたらした悪しき風習によるものです。したがって軍の内部調査にとどめず、警察や法律家、民間人を含めた特別チームをつくって厳正な調査を実施するものとします。警察幹部の中にも横流しに関与していた者や、黙認を通していた者が見つかっております。そこで私は、調査チームのリーダーとして八王子警察署の野島源三(のじまげんぞう)氏を任命します」
テレビ画面の中に野島源三が現れる。年齢の割に髪の薄くなった野島源三の見慣れた顔を見て、山村光一は驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。
「お、おい。テレビを見ろ」
山村光一はテレビの中でしんみょうそうにお辞儀をする野島源三の頭頂部を指さした。
「そんな。そんなご都合主義って」
三村美麻が料理を運ぶ手を止めて、神崎彩菜と二人で画面をのぞき込む。三村美麻が感想を述べた。
「野島刑事も出世したわね。あの人なら不正とは縁もないし適任ね」
神崎彩菜は山村光一の顔を見て言った。
「うわ。野島刑事だ。どこかのアニメオタクの刑事さんと違って頼りになるから」
山村光一はドスンと音を立てて椅子から転げ落ちた。三人の笑い声が室内にこだました。
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