27

「どうでした?」


 最初に出迎えたのはレティスだった。

 子供たちは半分夢の中。レティスの声に気づいて跳び起きたぐらいだ。

 そんな彼らがクロドを囲む。


「ねぇねぇ、祝福貰えた?」

「どんなの!?」


 好奇心旺盛な子供らに囲まれ、クロドは鼻を鳴らし満足げに答えた。


「あぁ。貰ったぞ。すっげーの貰ったからな!」

「えぇー! どんなのっどんなの!?」

「ふっふっふ。それはなー……『魔法』だぞ!」

「「おおおおぉぉぉーっ!」」


 子供たちが歓声を上げる中、ただひとりレティスだけが首を傾げている。


「魔法? 何の魔法なんですか?」

「いや、魔法は魔法だよ」

「全然意味分かりません。魔法だっていろいろあるでしょう?」


 クロドも首を傾げる。


 授かったのは確かに『魔法』なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。


「もうっ。祝福で貰った『魔法』がどんなものなのか、頭で考えてみてください」

「頭? うーん……」


 クロドは言われた通り、声に出さず頭の中で『魔法とはなんだ?』と考えてみた。

 すると言葉が聞こえてくる。


『魔法とは、全ての魔法を示す。この祝福により、全ての魔法が使えるようになるだろう』


 やや間があって、クロドは叫んだ。


「ふあぁーっ! ま……まままま魔法。全部の魔法、使えるって言ってるぞ!?」

「えぇ!? う、嘘。そんな祝福があるんですか? え、それちょっと最強じゃないですか。え?」


 クロドの声を聞き、レティスも若干パニックに陥る。

 同時に後ろにいた司祭も、貧血でも起こしたかのようにふらふらとしていた。

 目を輝かせたのは子供たちだ。


「すごーい!」

「クロド兄ちゃん。けんじゃさま、になるの!?」

「ばっか。大賢者だよ、大賢者」

「魔法みせてー」


 そんな子供たちの声に、慌てふためく三人が正気を取り戻す。

 クロドは自信たっぷりに「よし見てろっ」とは言ったものの、そもそも呪文の一つも知らない。

 助けを求めるように司祭へと視線を向けたが――。


「私が知っているのは神聖魔法のみですよ」

「あ、そうか」

「でも全ての魔法って言ったのでしょう? もしかすると神聖魔法もいけるかもしれませんよ?」


 レティスの言葉に促され、クロドは司祭から祈りの言葉を習った。

 ただ傷を治す魔法なので、魔法の効果が見られるのは怪我人が居る時だけだ。


「じゃあ、はい――」


 そう言って、レティスは荷物の中から解体用のナイフを取り出し、自身の腕を切った。


「え!? お、お前ちょっと何してんだよ! もし出来なかったらどうすんだっ」

「その時は司祭さまがいますから」

「あ……う、うん。まぁそうか。って、でも危ないだろ!」

「いいから早くヒールしてください! 貧血起こすでしょう!!」

「自分で切っておいて何言ってんだ馬鹿野郎! あぁ、もう『親愛なる神フェインダード。彼の者の傷を癒したまえ――"ヒール"』」


 どうだ? と言わんばかり、クロドは彼女の手を取り眼前でじぃっと見つめた。

 すると、クロドの手がぽわぁっと光り、その光がレティスの腕へと注がれていく。


「消えたか?」


 まだ見つめている。


「消えてるよな?」


 まだ自身の目の前でレティスの腕を見ている。


「なぁ、消えてるよな?」

「知りませんよ! あなたの顔が邪魔で見えないんですから!!」

「あ、悪い」


 ようやくその腕を解放されたレティスは、改めて自分で傷つけた場所を確認した。

 うっすらと傷が残っているが、半分ほどは塞がっているようだ。


「んー。50点ですね。司祭さま、傷、綺麗に消えますか?」

「あ、はいはい。大丈夫。『親愛なる神フェインダード。彼の者の傷を癒したまえ――"ヒール"』」


 司祭による再度のヒールで、レティスの傷が綺麗さっぱり消えてなくなった。


「ク、クロドお兄ちゃん、すっごーい!」

「すげーっ。神官でもないのに神聖魔法使えるようになってんぞっ」


 子供らの言葉に、クロドも興奮していた。


 冒険者として、魔法が使えれば今以上に活躍できる。


「んー、でも……ちゃんと魔法を習わないとダメだと思いますよ」

「え? そうなのか?」

「じゃあ『解毒キュアポイズン』って言ってみてください」

「『解毒キュアポイズン』」


 何も起こらない。

 先ほどのようにクロドの手が光ることはなかった。


「発動すれば、キラキラするはずなんです」

「そ、そうなんですか、司祭様」

「うん。そうだね。こうなるんだよ。『親愛なる神フェインダード。彼の者を蝕む毒を浄化したまえ――"解毒"』」


 すると司祭の手が輝いた。淡い緑色の光だ。


「ただしい呪文を詠唱しなければ、魔法は発動しません。だからクロドには魔法を学ばなければいけないんです」


 レティスがそう話す間にも、クロドは『解毒』の正しい呪文を唱えていた。

 彼のその手が激しく光る。

 と同時にクロドは倒れた。


「わぁーっクロドお兄ちゃん!?」

「どうしたんだ、クロド兄ぃ」


 司祭とレティスは顔を見合わせる。


「魔力切れですね」

「あぁ……全魔力を解毒に注いだみたいだね……」


 魔力を使い果たした者は気を失う。

 一晩眠ればある程度回復するが、たった二度の魔法で気絶するというのは、前途多難だなとレティスは思った。






 クロドが成人の儀を行ってから十日後、二人は再び迷宮へと向かうことに。


「じぁあ司祭様。時々帰って来て、貯めたお金を持ってくるから」

「ここの事は気にせず、自分で使いなさい」

「うぅん。でもさ、装備を買うお金と宿代と飯代以外、何に使うってんだよ」


 そう言われれば司祭も答えようがない。

 彼も娯楽を知らない人間なので、勧めようが無いのだ。

 それに――。


 クロドの隣には、美しいハーフエルフの少女が居る。しかもかなり気が強く、そして強い子が。

 二人が恋仲になるかどうか司祭には分からないが、少なくとも今クロドに変な遊びを教えるのは危険というもの。


 今回里帰りでクロドが持ってきたお金は、教会の修繕費用に充てられる。

 豪華な食事は再びお預けとなるが、敷地内の隅に小さな菜園を子供たちに作らせた。

 野菜が育てば少しは食事事情も改善されるだろう。


 次に来た時には小屋を作って、そこで鶏を飼うのもいいかもしれない。

 それから――それから――。


「レティ。俺のやりたいことばっかり付き合わせてるが、お前はいいのか? 親父さんに会いたいとかないのか?」

「いえ、全然」


 彼女の即答に、クロドは片腕の鬼神ディラードに同情する。


「大丈夫ですよ。冒険者をやっている限り、いつかとうさんとは、嫌でも出会うでしょうから」

「ま、まぁ……そうだな」

「それよりクロド。しっかり魔法の勉強をしてくださいね。そしたら僕の夢に一歩近づけるかもしれませんから」

「お前の夢?」

「はい!」


 キラキラした瞳のレティスを見て、クロドはふと思い出した。

 レティスが冒険者を目指す理由。

 それは――。


「僕、英雄になりたいんです! 英雄といったら、やっぱり強くなきゃいけませんからね!」

「あ……うん……」


 覇気のない返事のクロドだが、後ろで子供たちが歓声を上げてしまった。


「わぁーっ。クロドお兄ちゃん、えいゆーになるの!?」

「じゃあ僕たち、えいゆうクロドの弟になるんだね!!」

「ちがうわよ。えいゆうの妹と」

「弟だよ!」

「妹なの!」


 そんな妹や弟たちを、クロドは眩しそうに見つめた。


「そうですクロド。僕たち二人で英雄になりましょう!」

「え……本気かよ……」

「さぁ、生きましょう、迷宮へ!」


 こうして二人はロモッコの町を後にし、迷宮都市トッカーラへと向かった。

 もちろん、レティスの暴走により、到着まで何度も寄り道することとなる。


 いつしか英雄にまで上り詰めることとなる二人の冒険譚は、まだまだ続く。


 しかしそれは、ここでは語られることのない冒険譚。

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二人の冒険譚 夢・風魔 @yume-

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