26
クロドとレティス。二人が冒険者の資格を受けてから半年とちょっと――。
「司祭様っ。ただいま!」
この半年で背の伸びたクロドは、生まれ育ったロモッコの町へと帰って来た。
「クロド!? あぁ、生きていたんだね。いや、生きているのは分かっていた。分かっていたんだ。神がそう仰ったからね。だけどお前の無事な姿を見るまで、私は不安で不安で……」
クロドを見るなり、初老を迎えた白髪の老人は力の限り彼を抱きしめた。
年老い、痩せ細ったその腕に力強さなどない。
クロドの今の力であれば、簡単に振りほどけるほどだ。
それでもクロドはされるがまま、抱きしめられていた。
「ただいま、司祭様」
「おかえり、クロド」
しばし周囲の目も気にすることなく、互いの無事を喜び合った。
それが終わるとクロドはパァっと表情を明るくして司祭に言う。
「俺、15歳になったよ! 先月ぐらいのはずなんだ」
クロドは自分の生まれた日を正確には覚えていない。
おぼろげながら、娼館の女たちが祝ってくれたのがこの時期だったというだけだ。
「おぉ、そうだね。それで、成人の儀の為に戻ってきたのかい?」
「うん……ごめん。町に残るつもりじゃないんだ。終わったら……しばらくしたらまた冒険に出る」
「そう……か。だけど元気に、それに逞しくなったようで何よりだよ」
へへ……と、クロドは笑って見せた。
その時、痺れを切らせたレティスが声を掛けてくる。
「とーこーろーでー、僕はほったらかしにされたままなんですけど?」
「あぁ、わ、悪いレティ」
「おや? お友達ですか?」
「うん。いや、仲間だ。一緒にパーティーを組んでるレティっていうんだ」
「レティスです。紹介するときはちゃんと略さず紹介してくださいよ」
「悪い……」
頭をポリポリと掻くクロドに対し、レティスはこの半年でもまったく成長していない。
12、3歳に見える幼い少女のようなレティスを、司祭は心配そうに見つめた。
それを見たクロドが司祭に耳打ちする。
「あいつ、アレでも俺より半年早く生まれてるんだぜ」
「え……あぁ、エルフの血が濃いのですね」
それからクロドは司祭に、成人の儀を行うための準備を急かした。
今すぐ、これから、早くと、クロドはどんな祝福を授かれるだろうかと、それだけが気になって仕方が無いのだ。
「わかったわかった。今夜には行えるよう準備をするが……クロド、神から祝福が必ず授かれる訳じゃないことを、忘れてはいけないよ」
「わ、分かってるよ。あ、そうだ! 今晩は俺の成人祝いだぜ。ご馳走を用意するからな! おーい、みんなー」
口早にそう言うと、クロドは教会へと駆けて行った。
みすぼらしく、隙間風すら入る古い教会だ。そこがクロドにとっての故郷であり、実家でもある。
「ご、ご馳走って……えっと、レティスさんでしたか。あの子は冒険者としてやっていけてるのですか?」
尋ねられたレティスはにっこり微笑み、背負ったリュックから大きな包みを取り出した。
包みを解き、中から取り出したのは五羽の兎。
「台所、お借りしていいですか? これ、捌いてしまいたいので」
「う、兎肉!? そ、それをどこで?」
「どこでって、下の草原です」
ロモッコは鉱山の町。山の中腹にあり、周辺は草木もほとんど生えていない。それ故、町の周辺で動物など見かけないのだ。
「兎を狩れるようになったのか……」
「コボルトやゴブリンだって狩れますよ。あ、さっきの質問ですが、クロドも僕も、トッカーラの町にある迷宮に籠れるようになりました」
冒険者としての試験を受けたあの迷宮の、地下四階までは下りれるようになった――と、レティスは言う。
司祭も冒険者相手に商売をしているため、それがどのくらい凄いことなのかは分かった。
半年で地下四階まで下りれるようになったというのは、冒険者としては、既に初心者の域ではないということ。
司祭はレティスを伴い、教会の奥にある台所へと案内した。
古い教会だが掃除が隅々まで行き届き、外観からは想像できないほど綺麗である。
レティスがてきぱきと兎を解体していると、それ見たさに子供たちが続々と集まって来た。
皮を剥がれた状態の兎であれば、店先にぶら下がっているのを見たことはある。
だがそれを食べたことは無い。一度も。
それが今、目の前で調理されているのだ。
「ねぇクロドお兄ちゃん。兎って裸んぼうで歩いてるの?」
「は?」
「だって兎はいつも裸んぼうじゃない」
「あぁ……皮はもう剥いできたんだよ。血抜きしなきゃ、肉が傷むからな」
「肉が腐って食べられなくなるってことですよ。料理が完成するにはまだまだ時間が掛かりますし、クロド、野菜を買ってきてくださいね」
「ああ、任せろ! よし、リリー、ユリス、お前たち一緒に来いっ」
クロドは年長の子二人を連れ、町へと繰り出した。
残された子供たちは口々に、「野菜を買うの!?」「お肉が食べられるの!?」と興奮気味だ。
その様子を司祭が、涙を浮かべ見つめていた。
数時間かけてレティスが造った料理がテーブルに並べられる。
足の長さが揃わない、ガタガタと揺れるテーブルだ。
(明日、テーブルを新しくしてもらう為に、町で大工を探そう)
クロドはそう考えながら、子供たちに兎肉を取り分けてやる。
3羽の兎が香草焼きにされ、残りの2羽はスープの中に。そのスープにはたっぷりの野菜が入っている。
更に市場で買った豚肉を、野菜と一緒に炒めた物も用意された。
そして何より、つい先ほどクロドが走って買って来た物がある。
出来るだけ焼きたての物が買いたいからと、パン屋に夕方焼き上げてくれるよう、少し多めのお金を払って予約してきたパンだ。
既に湯気は出ていないが、それでも十分温かい。そして柔らかいのだ。
それらを手にした子供たちは、不思議そうな、そして幸せそうな笑顔になる。
「クロドお兄ちゃん、凄い!」
「冒険者ってそんなに儲かるのか、クロド兄ぃ」
そんな子供たちの質問に、クロドは苦笑いを浮かべ答える。
「運次第さ。それにな、儲かるからって誰でも冒険者になれる訳じゃねえ。魔物と戦うんだ。死ぬかもしれないんだからな」
魔物。死ぬ。
その言葉で子供たちは青ざめる。
「ま、クロドには僕が保護者としてついてますから。大丈夫ですけどね」
「おい、半年しか違わないのに保護者はねーだろ!」
「僕は祝福を頂いた成人ですから〜」
「お、俺だって今夜、成人すんだよ!」
「えー、このお兄ちゃん、クロドお兄ちゃんより年上だったのー?」
小さな女の子の言葉に、クロドは思わず笑ってしまった。
特に男装を意識している訳でもないレティスだが、言動から今でも普通に男児だと思われがちなのだ。
本人もそれを気にした様子もなく、勘違いされても訂正する気がない。
声を殺して忍び笑いを浮かべるクロドの足に衝撃が走った。
「いっ」
「さぁ、みなさん。お祈りをしましょう。司祭さま。よろしくお願いします」
「あ……そ、そうだね」
何が起こったのか。司祭には想像出来た。
彼はレティスが少女であることに気づいている。
クロドの反応から、レティスがよく男児に間違われているのだろうことも予想できた。
(この子にデリカシーというものがもう少し備わっていれば……)
今後の二人の関係が心配でたまらない司祭であった。
夜。
クロドの成人の儀が終わるまで起きているという子供たちは、重たい眼を擦りながら必死に睡魔と戦っていた。
そんな子供たちを眩しそうにレティスは見つめながら、彼女もまたクロドの成人の儀を待っていた。
儀式は教会の、祈りの部屋で行われる。
司祭が崇める神の像があり、そこでクロドは成人したことを報告した。
傍らの司祭も、息子が成人したことを神に報告する。
『レリハス司祭の子……クロド』
「はへ? え、今の声は……司祭様?」
司祭は黙って首を左右に振る。
聞こえてきたのは司祭同様、温かく、とても優しい男の声だった。
『レリハス司祭の子、クロドよ。そなたが15歳になったことを、我フェインダードも祝おう』
「フェ!? かかかか、神様っ!?」
助けを求めるようにクロドが司祭を見つけると、彼は優しく頷いた。
司祭は知識の神フェインダードを信仰している。
クロドは熱心な信者ではないが、食事の際に祈るのは知識神に対してだ。
『ははは。随分と驚いているな、クロドよ。我に成人の報告に来たのであろう? ならば我が対応するのは当たり前ではないか』
「そそ、そうですけど……か、神様が話しかけてくれるなんて、思ってもみなかったし」
『そうだな。我ら神々も、全ての信徒の前に現れる訳ではないからね。たまたま……なんとなく祝ってあげたくなって来ただけなんだよ』
(え……たまたま……)
知識神の言葉に、クロドの気持ちは微妙になっていく。
『ははは。さて、ではお前に祝福を授けよう』
「く、くれるんですか!?」
神の言葉にクロドの顔はパァっと明るくなる。
感情が顔に出やすいクロドの変わりようを、隣の司祭はハラハラしながら見ていた。
『喜んでくれるのはいいが、クロドよ。されどこの祝福によって、お前にどのような力が授かろうと……全ては運命のままに……贖うことは出来ぬぞ? それでもよいか?』
「はい! どんな力でも、有難く頂戴しますっ」
クロドは一切の迷いなく即答した。
神の像が輝く。
その輝きがクロドを包み、温かい物が彼の中へと流れ込んでいった。
『ふむ……我ながら良い物を与えられた。ではクロドよ。長生きするのだぞ』
知識神はそういうと、その気配を完全に消した。
まだほんのり輝く自らの手を見つめ、クロドは高揚感に包まれた。
「はは……ははは。これが……俺の祝福の能力、か」
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