25

 クロドたちは無事に冒険者ギルドへと戻って来れた。

 ジャクソンとレインのパーティーが付き添い、試験の妨害――殺人まで起こそうとした五人組を連行して。


「お帰りなさい、お二人……あら、その顔はどうしたの?」


 と、眼鏡のずれを直し、女性職員がクロドの顔をまじまじと見る。

 彼の頬は赤く腫れ、試験をクリアしたと言うのに表情は暗かった。


「ひえ、なんれもありまへん」

「大丈夫です? ヒール、したほうがよろしくないです?」

「こんなの、放っておいても平気です!」


 と、レティスの方は憤慨した様子で言う。

 クロドの腫れを作った張本人だ。もちろん、魔力を込めてないただのグーパンチだ。

 だからクロドは生きている。


 苦笑いを浮かべ、クロドは職員に「大丈夫れす」と伝える。

 それから二人は水晶をカウンターに置き、試験完了の報告を行った。


「確かに水晶ですね。おめでとうございます。では改めて、冒険者になる覚悟はございますか?」

「「はい」」


 間を置くことなく、二人は即答した。

 それを聞いて職員の女性は笑顔で頷く。


 次に後ろで控えるジャクソンらを見た。


「それで、その方々は?」

「試験の妨害者です。僕とクロドを殺し、水晶を奪おうとしていて――」

「俺から話す。とりあえず、ギルドマスターを呼んでもらえないっすかね?」


 ジャクソンの言葉に職員は頷き、そのまま一行を別室へと招いた。ロッゾらも一緒にだ。

 やがて現れたギルドマスターに、事の詳細を話す。すると大柄な男――ギルドマスターの顔色がみるみる赤くなっていった。


「最近、冒険者でもなさそうな輩が、迷宮の中層に出没するって話があった。だが1階より下に行くためには水晶が必要だ。だから勘違いだろうと思っていたんだがな……」


 まさか登録試験を行っていう者たちを殺して奪い取っているとは、思いもしなかったようだ。


 迷宮は稼げる。

 そこで算出されるアイテムは全て、ギルドの管理の下、適正な価格が付けられ販売される。


 だが、個人の利益だけを考えた輩はどこにでもいる。

 そういった者たちで作られるのが闇市。


 ロッゾらは闇市でアイテムを売り、そのアイテムを購入した腕に自信のある者が迷宮へと潜っていく。


「門番にちょいと賄賂でも渡して、中に入ってんだろ。一応ギルドとしてもな、素行の悪い連中はお断りしてんだけどよ」

「そういったギルドに弾かれた連中が、それでも迷宮に入る為に選んだ方法が……新人潰し……」


 ギルドマスターの言葉に、レインは苛立ちを隠し吐き捨てる。

 

「ったく。こいつらだけじゃねーんだろうな。他のギルド支部にも連絡して、腕の立つ奴らを巡回させるか」

「で、マスターよ。こいつらどうするんっすか?」

「そうだな……これまで試験を受けて戻ってこなかった奴らも居るが、殺した証拠はない」


 マスターがそう言うと、ロッゾらは不敵な笑みを浮かべる。


「そうだぜ。今回だってよぉ、俺らは口が悪いんだ。つい『死ね』なんて言ったが、ありゃあ本心からじゃねえ」

「脅迫みたいなもんでさぁ。だいたい試験の妨害はギルドも黙認してんだろ? 解放してくれよぉ、ギルドマスターさん」

「冒険者カード、持ってんのか?」

「ぐっ」


 ギルドマスターの鋭い視線を受け、数人が息を飲む。

 ロッゾ以下五名のうち、冒険者として正規登録していたのは二人しか居なかった。


「け、けどよぉ。冒険者じゃないからって、迷宮に入ったからと罪に問われるなんて法は無かったろうが」

「あぁ、そうだな。どちらかと言うと、見逃した門番の責任だな」

「だろ? じゃあ無罪放免じゃないかっ」

「そうだな。無罪だな」


 そんなギルドマスターの声に、クロドら全員が驚く。

 だがクロドらを見て、ギルドマスターはニカっと笑った。


「そうだそうだ。そっちのハーフエルフの……レティスと言ったか?」

「え? あ、はい。僕はレティスですけど」


 突然名を呼ばれたレティスは、きょとんとしてギルドマスターを見る。


「お前さんの親父から手紙が届いていてな」

「え? とうさんから?」


 その手紙を受け取り、レティスはさっそく読み始める。


「いやぁ、まさかお前さん。あのディラードの娘だったとはなぁ。で、親父は元気にしてるか?」

「あー、はい。馬鹿みたいに元気です」


 レティスは視線を手紙に向けたまま、ギルドマスターの質問に答える。

 そんな二人の会話に、一同が唖然とた様子で聞いていた。


「あいつも片腕で良くやるよなぁ。昔は戦神ディラードなんて呼ばれていたが」

「「せ、戦神!?」」

「今じゃあ片腕の鬼神なんて呼ばれてるんだっけ?」

「奇人変人でいいですよー」

「ちょ、おい待て。レティ、お前のとうちゃん、Sランクだって言ってたけど……あの戦神ディラードなのか!?」


 クロドが食い入るようにレティスへと詰め寄る。

 レティスは短く「そうですよ」と、平然として言い放った。


 戦神ディラード――近年稀にみる強さを誇る冒険者として知られる人物だ。

 超が付く有名人で、彼の英雄譚は吟遊詩人も好んで歌う。その歌を聞き、冒険者に憧れる少年少女も少なくはない。

 クロドもそんなひとりだ。


「お前……ディラードはSじゃねえ! SSSランクなんだよ!」

「S三つなんて、言うの面倒じゃないですか」

「略すな!」


 クロドとレティス。二人の会話を、まるで死人のような顔で聞いていたのはロッゾたちである。

 自分たちが殺そうと――いや、犯し、奴隷として売ろうとした相手が、まさかディラードの娘だとは思ってもみなかったのだ。


「い、いや待てよ。そのお嬢ちゃ――お嬢様はハーフエルフでございますよね? ディラードさんはその、エルフの奥方を?」


 と、何故か無理やりな敬語を喋り出すロッゾ。

 その唇は紫色に変色し、まるで溺死体のようだ。


「ディラードは独身さ。あいつはな、親友二人の忘れ形見であるレティスを引き取ってんだ。それはもう、目に居れても居たくないほど溺愛しててだなぁ」

「あれー? ギルドマスターはとうさんを知っているんですか?」

「おうとも。何度かパーティーを組んだこともある。お前の本当の両親ともな」

「え!? ほ、本当ですか?」


 レティスはぱぁっと表情を明るくし、人懐っこそうな笑顔を見せる。

 その顔を見て、その場にいた全員の顔が緩んだ。


(分かる。ディラードの奴が溺愛したがる理由が分かるぞ)


 ギルドマスターはそう心で呟き、それからロッゾらを見た。


「ディラードの奴。我が子が試験の妨害を受けたとしったら、どうするだろうなぁ」

「しかも服を破いたりして……あんなことやこんなこと、しようとしてたんだぜぇ」


 ジャクソンも悪ノリする。


「僕、悪い男に捕まらないようにって、男の子の振りをしなさいってとうさんに言われてたんだ……。僕は別にどうでもいいやって思ってたけど、下心丸出しの男の人がとうさんに撲殺されるかもと思って。だったら男の子の振りしてたほうが、世の中平和になるのかなーって思ったんだ」

「ぼ、撲殺!?」

「お、俺ら一発でもディラードのパンチを……耐えれると思うか?」

「死ぬに決まってんだろ! だってあのガキ見ろよっ。あんな細っこい腕で、俺らを吹き飛ばしたじゃねえか」

「そうだよ。ディラードの娘なんだ。あのぐらい、普通のパンチだったに違いない」


 戦々恐々のロッゾらは、ギルドマスターに懇願する。


「俺たちを役人に突き出してくれ! 頼む!!」

「解放しないでくれ。解放されたら……きっと殺されるっ」

「なぶり殺されるなんて嫌だ。痛いのは嫌だぁ」


 涙と鼻水を浮かべた男たちは、土下座をしてギルドマスターへと慈悲を乞うた。

 その様子をレティスは、ケラケラと笑って見つめていた。

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