24

 魔力を込める。

 クロドは無意識のうちにそれをやってのけた。


 祝福を授かってからも、これといって変化のないレティスの攻撃力。

 魔力を打撃力に変換する。そういう祝福だったが、これまでレティスは自然と変換されるものだとばかり思っていた。


(自分でやらなきゃいけない……そういうこと?)


 彼女は試しに、右手に魔力を集めてみる。


(魔力を練るのって、僕……苦手なんだよね)


 だがそうも言っていられない。

 彼女は今、ポーションで傷を癒したチャンクに両手を掴まれ身動き出来なくなっていた。

 彼女を救おうと、クロドたちが戦っている。

 

 三対七。


 数では勝っているというのに、押されているのだ。

 その原因のひとつはレティスにある。

 彼女が傷つけられないかと、クロドたちは気にして全力で戦えないのだ。


(早く僕がここから逃げ出さないと……うぅん、うぅん……お腹の奥辺りにあるもやもやの光を――)


 以前教わった魔術師の言葉を思い出し、レティスは腹の底から立ち上る湯気のようなものを感じ取る。

 そこに熱を加えるようにイメージをし、湯気から炎へと形を変えて行く。

 それを右手に流し込み――その手をチャンクの体に触れさせた。


 ドゴッ――。


 レティスの体が一瞬後ろに引っ張られるが、彼女は踏ん張り、そしてチャンクだけが吹っ飛んだ。


「あれ?」

「なっ。チャ、チャンク!? なにやってんだ!」


 だが返事はない。

 チャンクが背後の岩に頭をぶつけ、気を失ったようだ。


 自由の身となったレティスだが、あまりの出来事に彼女自身驚き、放心状態だった。

 そこにロッゾの手が伸びる。


「ガキ、何しやがった!?」

「あっ――もやもや、もやもやーっ!」


 叫びながらレティスは、内側にあるもやもやを右手に集中させた。

 その右手を突き出すと、ドンッ――という衝撃と共にロッゾが吹き飛ぶ。

 寸でのところでロッゾは耐え、岩への激突を回避した。


「かはっ――な、なんて馬鹿力してやがる」


 力など無い。レティスはエルフとしては腕力のある方だが、普通の人の子とさほど変わりはしない。

 ロッゾが勘違いしているだけだ。

 彼女の今の攻撃は『打撃』。

 そこに魔力を流し込み、変換された力がそのまま打撃力になっただけだ。


 ただ、流し込まれた魔力量が半端ない。


 魔法に長けた種族、エルフの血を流すレティスの魔力は多い。多すぎて扱いづらく、上手くコントロール出来ないことを『魔法の才能がない』と勝手に勘違いしていただけだ。

 彼女に魔法を教えた魔術師は、彼女の魔力の多さにどう対処してやればいいかわからず、だからお手上げだとディラードに告げた。賢者と呼ばれるような人物か、もしくはエルフに教えを乞えとも。

 だがディラードは面倒くさく、それをしなかった。

 結果、レティス自身は魔法が苦手と思い込んだまま、今日に至る。


 今度こそ自由の身となったレティスは、地面に落ちているメイスを拾い上げ駆け出した。

 クロドたちの下へ。


「行かせるな!」

「わかってるっ」


 ロッゾの配下がレティスの前に立ち塞がる。

 だがこれはある意味自殺行為でもあった。


 魔力を練り、今度はメイスにそれを流し込む。

 ぼぉっと赤い光を帯びたメイスを、レティスは渾身の力で振るった。


「でああぁっ」


 ゴッ――男の鎧にメイスがめり込む。

 そのまま、レティスが振った腕の軌道と同じ方向に向かって、男は吹っ飛んだ。


 男の体はクロドの横を飛んでいく。それをクロドはギョっとした顔で見送った。


「ど、どうなってんだ?」


 男は大木に衝突し、血泡を噴いて動かなくなる。

 それを見た仲間たちの顔から、一斉に血の気が引いて行った。


 何故?

 何故非力なハーフエルフが、大の大人を吹っ飛ばすような力が。


 男たちは青ざめた。

 これは魔法だ。

 魔法の威力で仲間を吹き飛ばしたのだ。


 そう勘違いした男たちは、エルフの魔法に敵う訳がないと逃げ腰になる。


「おぉっと、逃がしゃしねえぞ」

「あんたたち。さき『死ね』って言ってたわよね。試験の妨害は許されても、殺人までは許されないことぐらい、知ってるわよねぇ?」


 ジャクソンとレインが揃って男たちを威圧する。

 背後には大剣を構えたコーネリアが。そして――。


「"眠りを齎す不可視なる霧よ――"」


 アディーの魔法が完成し、戦意を喪失していた二人はあっさり眠らされた。


 チャンクは既に気絶。

 レティスのメイスをもろに喰らった男は瀕死。死なれては困ると、ミアが治癒を掛け一命を取り留めた。

 そしてロッゾは――。


「仲間を……レティに酷い仕打ちをしたお礼だ!」


 クロドは光輝く短剣を握り、腹部のダメージで蹲ったロッゾの顔面に向け振り下ろした。


「ひいいぃぃぃっ!」


 だが――ロッゾは生きている。

 振り下ろされた短剣は寸での所で止まった。

 止まったが、刃を覆う緑色の光が奴の鼻さきに触れ、シュパっと血しぶきを上げた。


「いてぇーっ! い、いてぇーよっ」

「うわっ。ご、ごめんっ」


 クロドはつい、謝ってしまう。

 そんな様子を見て、ジャクソンらは笑った。


「もうクロド。謝る必要なんてないのにっ。えいっ」


 クロドの脇から現れたレティスが、鼻を押さえじたばたもがくロッゾを蹴った。

 だがその蹴りはまったく利いていないようだ。

 それが歯がゆく、レティスは二度三度と蹴る。終いにはメイスを振り上げたが、それはクロドによって止められた。


「死ぬって。それ絶対マズい」

「ぬぅーっ!」


 クロドは着ていた服を脱ぎ、それをレティスへと差し出した。

 差し出された服を見て、レティスはようやく思い出したかのように胸元を隠した。


「ぼぼぼぼぼぼ、僕の……み、み、みみ、みた?」

「みみみみみみ、みてねーっ。全然、みてねー」

「ほ、ほんとう?」


 こくこくと必死に頷くクロド。

 そして言ってはいけない一言を発した。


「ち、ちっさすぎて、見えなかったから!」

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