23

「うぅ、動くなてめーら! でなきゃ仲間の首が吹っ飛ぶぜっ」


 茂みから威勢よく出てきたのは、剣と盾を構えた男。それに杖を装備した男だ。

 その背後には弓に矢を番えた男まで居る。弓使いの肩を射抜いたのはこの男だった。


 威勢よく啖呵を切った男が、蹲る弓使いを盾で押しのけクロドに声を掛ける。


「大丈夫か、新人?」

「う……き、昨日の……」

「おう。いやな、さっきお前らを見たんだよ。そしたらよ、なぁんか後ろから変なのがついて行ってたからさ。気になってな」


 クロドとレティス。二人が向かった先に、台座が現れやすい場所がある。

 それを知っていたジャクソンは、二人の後を追う一行に不信感を抱いた。


 新人潰し。


 同じ冒険者として鼻持ちならない存在だった。

 だがこういった妨害を潜り抜けることも、試験の一環として考えられている。


(新人潰しが試験の一環だってんなら、冒険者に助けられるのも試験の一環だよな)


 だからジャクソンは助けることにした。

 他の二人もそれに異存はない。


 相手は五人。ジャクソンらは三人。数では負けている。

 それに――。


(っち。こいつら一階層の奴らじゃねえだろ。良い装備しやがって)


 冒険者の実力は、装備を見ればある程度わかる。

 良い装備は高価で、それを着ているということは良い稼ぎをしているということ。

 良い稼ぎというのは、上層階層では出来ないのだ。


 五人の装備はジャクソンから見てもわかるほど質が良い。彼自身が求めるような、良い装備だ。

 だからこそ、相手との力の差を感じずにはいられない。


 数でも不利。個々の能力でも不利。

 どうしたものか――。


「眠らせる」

「出来るか?」

「やるしかないだろう」


 背後に立つアディーが、杖を構え詠唱に入る。

 魔術師としてはまだ未熟で、使える魔法も限られている。

 その中で殺傷力はないものの、一定範囲内の敵対する勢力に有効な魔法があった。


 睡眠スリープ


 効果があれば全員を眠らせることが出来る。

 ただこの魔法は抵抗される恐れもあった。


(三人眠ってくれれば御の字だな)


 アディーはそう思い、意識を集中させる。


 だが、詠唱を黙って聞いている奴らでもない。


「おい、魔術師を潰せ」


 レティスに手を掛けようとしていた男の言葉に、二人がサっと動く。


「やらせるか!」


 ジャクソンが盾を構え、アディーの前に立つ。

 が、相手の方が動きが早い。

 クロドがひとりに向かって駆け出そうとするが、未だ体にはダメージが残っておりふらつく。

 そんなクロドをひとりが蹴り飛ばし、もうひとり、短剣の男がジャクソンに向かった。


「坊主!?」


 ジャクソンの注意が一瞬、クロドへと向かった。


「余所見とは、ご苦労だな」


 ジャクソンへと向かった男は、短剣を逆手に持ち――跳んだ。

 盾を構えていたジャクソンのそれを足場にし、高く跳躍した男はアディーの背後へと着地する。


(くっ。まだ呪文は完成していないっていうのに)

「死ねっ!」


 

 男に蹴られ吹っ飛んだクロドだったが、その体を優しく支えてくれる者が居た。


「大丈夫、クロド?」

「あ……姉ちゃん……」

「やっ。やっだーもうっ。ねぇねぇ、聞いたコーネリア。この子私のこと、姉ちゃんだってぇ。あぁん、もう可愛いっ」


 一見すると銀製の鎧にも見えるそれは、白く染めた皮鎧。

 昨日、ジャクソンらと新人教育合戦をしていた女性パーティーのリーダー、レインだ。


 彼女が名を呼んだ女性は別の所に居た。

 

 今まさに、アディーに向かってその短剣を一閃させようとした男の――その背後に。


「はあぁぁっ!」

「ちっ」


 コーネリアの気迫により、男はその存在を感知して飛びのいた。

 間一髪、男はコーネリアの大剣を躱し、だが躱した先に光が飛んで来た。


「ぐあっ」

「ちっ。他にも仲間が居やがったのか。おい貴様らっ。このガキがどうなってもいいのか? あぁん?」


 弓使いロイの傍らからひょこっと現れたのは、豊穣の女神に仕える神官ミア。

 彼女は神への祈りによって、邪悪な者を吹き飛ばす気弾を撃った。威力は低いが、食らった男は後方に弾き飛ばせている。


「レティ……」


 駆け出そうとするクロドを制し、レインが前に立つ。


「あなたたち。このまま大人しく逃げてくれないかしら? こっちは六人……ううん、七人よ」

「かっ。それがどうした。姉ちゃんよぉ、自分の実力も知らねーで、よく冒険者なんてやってられるな? それにこっちには人質も居るんだぜ?」

「くっ。そ、それはお互い様でしょ!?」


 未だ矢の傷に蹲る男が居る。

 どちらもひとりずつ、人質を抱えているようなものだ。


「それがどうした? 俺たちみてーなのはな、仲間意識なんてものは無い。負けた奴が悪いんだ。助けてやるつもりなんてねーよ」

「そ、そんな! ロッゾッ。お、俺を見捨てるのか!?」

「見捨てるも何も、これまでだってそうやって切り捨てて来ただろ。なぁチャンク。お前だって先月、ひとり見殺しにして来たじゃねえか。ぎゃははは」

「そ、そんな……」


 明らかに落胆する弓使いの男は、項垂れて肩を震わせ始めた。


「仲間割れか。惨めだな」


 ジャクソンが同情したように呟く。

 その時、彼が持つ剣と盾から僅かに力が抜けた。


「なーんてな!」

「なっ!?」


 チャンクは地面を蹴っていっきに仲間の下へと駆け込む。


「ぎゃはは。これだから一階層を根城にしてる下っ端は甘ぇーんだよ」

「先輩として一つ教えてやるよ。どんな時でも相手に同情なんかせず、気を緩めるな、だ」


 五人揃った男たちは下卑た笑みを浮かべる。

 それを見てジャクソンたちは舌打ちした。


 人質は相手側にだけある。

 人数で勝っていても、実力では勝てない。

 勝てない要素しかない。


 ではどうする?


「レティ……レティを離せ! 金が欲しいなら、俺たちが拾ったアイテムをやるから。だから!」

「欲しいのは水晶だ。これはな、迷宮の下層に下りる為の鍵なんだよ。知らなかっただろ、ガキ」

「だからこの水晶はなぁ、高く売れるんだよ」

「だ、だったらそれもやる! だからレティを――」

「いいやダメだ。このお嬢ちゃんも売り物だからなぁ。ハーフエルフなんて、滅多に手に入るもんじゃない。水晶よか高値で売れるだろう」

「売り物じゃねーっ! レティは……レティは……俺の仲間だ!」


 レインを押しのけ、クロドは短剣を片手に声を上げる。

 その短剣が僅かに光った。


「――魔法剣士か!?」


 魔法剣士――その言葉にレティスが反応した。

 クロドには魔法の才能がある?


 短剣を光らせているのは、確かに魔力によるものだ。

 自らの中にある魔力を、手にした短剣に注いで威力を増す。

 魔法剣士はそういう戦い方もする。


(魔力を……流す……もしかして、僕の祝福も)

「ち。ガキを先にやれ!」

「おうっ」


 負傷したチャンクと、リーダーであるロッゾを除く三人が飛び出した。

 ジャクソンらはクロドを守ろうと構える。


 チャンクも、ロッゾも、意識はクロドたちに向いていた。

 向こうには魔法を使う人間が、少なくとも三人は居る。

 アディー、神官のミア、そしてクロド。

 だから気づかなかった。

 二人が魔力感知能力があればそれでも気づけたかもしれない。だが二人にそれは無く、魔術が使えるわけでもなかった。

 だから――気づけなかったのだ。


 じわじわと膨れ上がろとする、足元の魔力に。

 

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