22

 二人は手分けして台座を探した。

 滝の周辺の茂みをかき分けたり、滝つぼを覗き込んだり。

 だがそれらし物は見当たらない。


「無いなぁ」

「向こう側も探しますか」

「そうだな。けどここは深そうだぜ?」


 二人は川の対岸側をまだ探していない。

 滝つぼは当然ながら、この付近の川底は深くなっている。


「僕……泳げませんよ」

「え!? ……お、俺も……」


 泳げないことが珍しい訳でもない。

 泳ぐという習慣が無ければ、誰も泳ぎの練習などしないからだ。


 二人は対岸を見つめ茫然とする。


「そうだ。下流に行けば浅くなってるかもしれませんよ」

「おぉ。そうだよ、昨日休んだ所の川は浅かったもんな」

「はい。ちょっと遠いですが、急いで行って川を渡し、そしてここまで……」


 そこまで言ってレティスは言葉を詰まらせた。

 

 昨日の川とは、昼食の為に休憩した場所である。

 行って、ここに戻ってくるまでにどのくらい時間を有するか。

 万が一ここに水晶が無かった場合、もう他を探す時間が無い。


「いいえ、やっぱりダメです。さっさとここを探して、無かった場合には次を探さなきゃいけないんですから」

「ぐ……そ、そうか。往復するだけで、たぶん夜になるよな」

「はい。他に対岸へ行く方法を考えましょう。あの崖を登れればいいんですが……」

「そうだな。少しでも高い所から見渡せれば、近くにあれば台座ぐらい見つかるかもしれないし」


 こうして二人は、どこか登れそうな場所が無いか探し始めた。

 滝の両サイドは傾斜が急で、登れそうにない。

 だが――。


「お、おいレティ。滝の裏に道があるぞっ」

「え!?」


 崖にへばりついて、手足を掛けれそうな場所は無いかと探していたクロドは、水しぶきが舞い、流れ下りる水の裏側に人ひとりがギリギリ歩けそうな場所を見つけた。

 レティスもやってくると、二人は意を決して滝の裏側にある岩場に足を踏み出した。

 しぶきによって岩は濡れ、所々苔も生えており滑りやすい。


「き、気をつけろレティ。滑るぞ」

「う、うん」


 崖をしっかり掴み、一歩ずつ前進していく。

 しぶきに視界を奪われながらも手探りで進む中、掴むべき壁が突然消えた。

 いや、壁にぽっかりと空洞が出来ていたのだ。


「ふぅ、ここでちょっと休憩」


 先に空洞へと避難したクロドは、手を休めるようにぶらぶらと振る。

 後ろからやって来たレティスは、そんなクロドには目もくれず、ある一点を見つめていた。


「あった……」


 レティスがぽつりと呟く。


「何が?」


 と訪ねるクロドも、視線を自らの背後へと向けた。


「……あった」


 あったのだ。

 滝の裏の空洞に、乳白色の台座が。


 二人は口を開いたまま、ぽかんとその台座を見つめる。

 

 ようやく探し求めていた物が見つかった。

 その安堵感から暫く茫然と見つめていた二人だが、やがて重大な点に気づく。


「お、おいレティ。水晶が無いぞ!」

「え? あぁ、本当だ。どうしよう、水晶が無いと試験に合格出来ないのに」

「もしかして、ここじゃないのか? 他の所にも台座があったりするのか?」


 焦る二人は乳白色の台座までやってきて、その手をつく。

 すると台座がほのかに光り、その光が収束して丸い物体を形成した。


「あれ? 水晶だ……」

「え? さっきまで無かったはずだろ?」


 レティスはそれを手にすると、光は再び収束して水晶となった。


「こ、これ……俺の分?」

「だと思います」


 恐る恐るクロドが水晶を手にすると――次に光が現れることは無かった。


「人数分だけ出てくるようになってんのかな?」

「どうでしょう? でも試験アイテムですから、そういう可能性もありそうですね」

「まぁいいや。よし、帰ろうぜ」

「はい! ブルーストーンとルビーも取れましたし、これで美味しい物でも食べましょう」


 美味しい物。

 レティスの言葉にクロドの顔も緩む。

 その緩みは顔だけでなく、心のほうにまで伝染した。


 水晶を鞄の中へと入れたクロドが先に空洞から出て行く。

 しぶきを避け、手を伸ばし壁を掴む――いや、掴んだ壁が動いた!


「え?」


 硬い岩肌ではない物を掴んだクロドは、ぎょっとして顔を上げた。

 だが次の瞬間、掴んだはずの何かに掴まれ、クロドの体は宙を舞う。


「クロド!? お、お前たちは――」


 クロドは滝を突き抜け、水面へと落ちる。

 落ちながら、男たちに囲まれるレティスの姿を見た。


「レティ――がぼがぼぼっ」

「クロドーッ!?」

「おいおい、お友達の心配より、自分の心配をしろよ。おい、チャンク。あのガキの水晶を取って来い」

「ったく。仕方ねーなー」

「クロドッ、クロドッ!」


 暴れるレティスを気にもせず、男はその細い腕を掴んで引っ張った。

 引っ張ってそのまま、レティスを岸に放り投げる。


「うぐっ」


 ずさささと地面を滑り、体を打ち付けたレティスが苦悶の表情を浮かべる。


「さぁて、男かなー。女かなー?」

「ひん剥けばわかる。さっさと身ぐる剥いでしまえ」


 倒れたレティスに向かって、男が二人近づいてゆく。

 それを待つかのように、レティスは腰に下げたメイスに手を伸ばした。

 倒れたまま、男たちとの距離を測る。

 その足が目前に迫ったところで――。


「うああぁぁっ!」


 思いっきり振り払った。


 ――イィィンッ。


 横一線に振り払われたメイスを、男は足で踏みつけるようにして止めた。


「おっと、危ねー。ったく、エルフの癖になんつー武器を振り回してんだ」

「はははー。残念だったな。けど威勢が良いのは大歓迎だぜ。抵抗してくれたほうが、萌えるからよ」

「う……ぐ……は、離せっ」


 ひとりがレティスを抱きかかえて立たせ、そのまま羽交い絞めにする。

 もうひとりがレティスのローブに手を掛け、紐を解いて剥ぎ取った。


「っ――」

「おっと。まだ一枚目だ。さぁ、次行くぞー」

「やめっ――」

「ごほっ……止めろっ」


 別の男に抱えられ、クロドが滝つぼから出てきた。

 水を飲んだのだろう。激しく咽ながら、レティスを助けようともがく。

 だが彼を抱えた男は筋骨逞しい訳でもないのに、その力は強かった。


 なんとかしなければ――。

 そう思いクロドはがむしゃらに暴れた。


 勘に触ったのか、男はクロドを地面に放り投げる。


「おい、こっちはもう殺っていいだろ?」


 チャンク――そう呼ばれていた男はクロドを見下ろし、無情なまでに冷たい視線を向けた。

 その手には先ほどまで背中にあった弓を持ち、既に矢を番えている。


「まてまてチャンク。どうせなら楽しく行こうぜ。そのガキの前で俺らに犯されるってんなら、お嬢ちゃんも興奮するだろ?」

「お嬢ちゃん? なんだ、やっぱり雌だったのか」


 お嬢ちゃん? 雌?

 地面に突っ伏したまま、クロドは顔を上げレティスの方を見た。

 

 衣服を破かれ青ざめた顔のレティスは、相変わらず背後から羽交い絞めされたまま。

 その破れた衣服の隙間から、僅かに膨らむ胸があらわになっていた。


「おん……な?」


 クロドの呟きが聞こえたのか、レティスは慌てて胸元を隠そうと暴れる。

 だが男たちはそれを許さず、彼女の腹を蹴った。


「かはっ――」

「お、い、やめろ!」

「ぎゃはははは。この坊主、お嬢ちゃんのことを本気で男だと思ってたみてーだな」

「目の前にこんな上物が居て気づかないとかは。同じ男として情けないぐらいだ」


 違いない。そう言って男たちは豪快に笑う。


「さて、それじゃあお楽しみと行こうか。おっと、お嬢ちゃん。頼むから魔法なんて使うのは止めておけよ。あの坊主がどうなるか、わかってるだろう?」


 そう言って男がひとり、ズボンのベルトに手を掛けた。

 同時にレティスが立ち上がろうと腕に力を入れる。

 だが、弓使いのチャンクによって、それは阻止される。


「動くなよ。大人しく見ていろ」

「っああぁぁー!」


 ピシュっと短い音がし、クロドの手の甲に矢が突き刺さる。

 それは手の甲を貫き、地面へクロドを縫い留めた。


「クロッ――」


 クロドを助けなければ。

 そうもがくレティスの力はあまりにも非力で、男による束縛からは逃れられないでいる。


(僕に力が無いから――僕が非力だから――だから授かった祝福じゃないの!? どうして僕には力がないの!?)


 涙を浮かべ必死にクロドの名を叫ぶ。

 クロドもまた、レティスの名を叫んだ。


「やめろぉーっ。レティを離せぇーっ!」


 どんなに叫ぼうが、二人の小さな体では男たちには叶わなかった。

 力が――実力が違う。


 それでも二人は互いを救おうともがき、叫んだ。

 

 その時クロドはあることを思いつく。

 男たちはレティスが魔法を使えないことを知らない。そのうえで、多少なりとも魔法を警戒しているのが、先ほどの男の言葉でもわかる。

 

「レティ! 俺には構わず、魔法を使え!! お前の全力をぶっぱなせ!!」

「っち。余計な事言うんじゃねー!」

「がはっ」


 チャンクがクロドの腹を蹴り上げ、彼は地面をごろごろと転げた。

 口から血を吐き、痛みで腹を抱える。


「クロドーッ!」

「ま、魔法……魔法だ……魔法を使うんだ……レティ」


 そうだ。魔法だ。


 クロドは一度だけ、育ての親である司祭に魔法について尋ねたことがある。

 司祭は傷を癒す魔法と、呪いを解く魔法が使えた。


 魔法はどうやって使うの?


 幼いクロドの質問に、司祭は――。


「自分の中に流れる魔力を感じ取り、それを掌に集めて、使いたい魔法を――力をイメージしろ!」


 クロドは司祭から教わったことを、咄嗟に叫んだ。

 それと同時に悲鳴が上がる。


「つあっ――」


 クロドの背を踏みつけていたチャンクが突然叫び、肩を押さえ蹲った。

 その肩には一本の矢が、深々と刺さっていた。

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