第82話 渡辺とオルガン
たとえ、お乳首村の村長さんになっても、黒乳首を差別しないもん。
「よっしゃ! お前ら喜べ! 帰りのお遊戯の時間だ!」
渡辺のその声に、園児達は「え?」とキョトンとした。
え?
見ると、渡辺がなんと自らオルガンへと向かって行くではないか。
なんだ、あいつ? 壊すのか?
え? まさか、あいつ、弾くの?
うわぁ、弾くわぁ〜
あ、上手い
「わ、渡辺!」
鍵盤に指を置いたところで、渡辺は蓬田に声をかけられた。動揺のあまり、園児らが渡辺に普通にタメ口をきいてしまった。
「なに?」
渡辺はオルガンの前に座って振り返った。まじでオルガンの前に座っている。
「ちょっと、準備があるから、外に出てもらっていいか?」
渡辺は、蓬田の頼みに「じゃあ、ちょっとお花を摘みにいってくる」と無駄な隠語を使い、「母さん。俺、デカいのしてくるよ」と蓬田に言い残して教室を後にした。隠語の意味ゼロであった。
蓬田によって教室に並ばされたみかん組の園児達。
「よ、蓬田さん、まさか……あのバカ」
園児一同を代表した斎藤が質問した。まだ、タメ口だった。
蓬田は咳払いして答えた。
「えぇ、今から俺達の先生、渡辺による、初めての帰りのお遊戯を行う」
「キタァァ!」
この報告には、待ちに待っていたと、園児達は嫌でも沸いた。
「と言うことは、あのバカ、ついにオルガンを弾けるようになったんですね!」
斎藤が蓬田と握手を交わして聞いた。
「あのバカが弾けるようになると思うか?」
え?
蓬田の一言で歓声は一瞬で、静寂に変わった。「母さあああああああああん!」と言う馬鹿の雄叫びがトイレから聞こえてきた。
「いいか、お前ら、これは命令だ。どんな事があっても渡辺に恥をかかせる事無く、最後まで歌いきれ! この『チューリップ』の合唱には気合を入れろ! 良いな!」
その、蓬田の思いつめた表情でのセリフに園児達は一転、覚悟を決めた。
「歌えなかったら、俺がお前らを殺す殺す殺す」
蓬田の目はマジだった。
「おっす!」と、園児達から気合いの入った返事が返ってくる。
「それと、家長! この演奏が成功したら、渡辺をエロい場所へ連れてってやれ!」
「あいあいさー」
蓬田の顔にはあちこちに傷跡、頭には包帯が巻かれている。
渡辺と言う男にオルガンを覚えさせることがどれだけ至難の業だったのかを物語っていた。
竜二に至ってはここ一週間、入院していて幼稚園に来ていなかった。蓬田の餓死から復活したのに、また入院、かわいそうな竜二であった。
出すものを出して、世界一幸せな顔をした男がトイレから帰って来た。
今日はワルモン退治を手伝ってもらった御礼に初のオルガン披露という、渡辺の園児達へのサプライズであった。
「渡辺の初演奏が見たい」と孫の学芸会を見る様な事を言った竜二の為に、斉藤がカメラで渡辺の演奏を撮影する事になった。
改めて渡辺は一旦、教室の外に出た。
「それでは、渡辺! 入って来てくれ!」
がらがらがら。
渡辺が、緊張した面持ちで入って来た。そして、園児達に一礼して、教室の隅に置かれたオルガンに腰掛けた。渡辺に頭を下げられ、園児達も恐縮し、ついお辞儀を返してしまった。
渡辺は咳を一回して、改めて鍵盤の上に右手の人差し指を置いた。
渡辺のスタイル、それはパソコン教室のお爺ちゃんよろしくの人差し指一本スタイルである。
蓬田は「ちゃんと歌えよ!」と、手下達を目で威嚇し「さん、はい!」と合図を送る。
同時にぎこちない渡辺が押す鍵盤の不協和音が教室内に響き渡った。生きるか死ぬかを賭けた『チューリップ』の演奏が始まった。
「さーいーーーーーーーーーーーーーーーたああああああああああ」
渡辺はすでに次に押す鍵盤を見失って、人差し指が左右に行ったり来たりしてている。
「たああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
次の渡辺の音が来るまで、後ろで園児達は空気が続く限り「た」を伸ばし続ける。
(早くしろ、渡辺)
息が続かず苦しむ蓬田が渡辺の背中に思う。
渡辺は「あ、これだ」と思い出す。ポーン。と次の音を鳴らす。
「ちゅーーーーーーーりぷぅぅぅぅのーーーーーはーーーーなーーーーーーーーがーーー」
「り」の次の「ぷ」が予想外の速さで飛んできたため、半分以上の園児は意表を突かれたが、何人かの反射神経の優れた園児達が、この「ぷ」を拾った為、歌は死なずに済んだ。バレーボールのリベロを彷彿とさせるファインプレーである。
「なーーーーーーーーーーーーーらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんーーーーーーーーーーーーーーーーーだーーーーーーーーーーーーーーー」
かと思えば、次のまとまりは全部、スローで来る。歌っている間、ずっと水中にいるような息苦しさであるが何とか園児達は耐えた。
耐えた。
その後も、一進一退の攻防は続いた。
渡辺は何度も鍵盤の上で迷子になったが、後ろの園児達が死ぬ気で息を続かせてフォローするが、徐々に窒息で倒れるモノが出始めていた。
そして、ベトナム戦争。
園児の半分が倒れ、渡辺の演奏は最終コーナーを回って、ストレートに入って来た。いよいよ、本当の戦いが始まった。
「どーーーーーーーーーーーーーーーのーーーーーーーーーーーーーーはーーーーーーーーーーーーーーーーなーーーーーーーーーーーーーーーーーみーーーーーーーーーーーてーーーーーーーーーーもーーーーーーーーーーーーーーもももももももももももももも」
(あと少し)(早くしてくれ渡辺さん)
血走った視線を後ろに感じながら、渡辺は次の鍵盤を探す。えーっと、えーっと。
「きーーーれーーーーーーーいーーーーーーーーだーーーーーーーーなーーーーーー」
そして一曲三十分の長丁場に耐え、渡辺はついにオルガンでチューリップの伴奏を完走したのである。
「やたああああああああ!」
渡辺が喜びで立ち上がって振り返ると、そこには立ち膝をついて息を切らしている園児と、白目を剥いて既に倒れている大馬鹿者の二種類の姿があった。
「わ、わたな、べ、お、め、でと、う」
蓬田は、そう言い倒れた。
「あれ?」
渡辺には何が起こったのか解らなかった。が、「とにかく明日も頑張るぞ!」と演奏を成功させた喜びを爆発させ、家長とエロい所に行った。
マッドセガール工業幼稚園 ポテろんぐ @gahatan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます