第81話 渡辺とギューってした!


 病室に入るとワイーン川島は泣いていたのでよもぎだと竜二は安心した。


「エリザベスちゃーん!」


 しかし、ベッドの上で眠っているエリザベスちゃんに抱きついて泣いている川島を見て、蓬田は自分の事のように心が痛んだ。


「アフリカオセロチワワは熱い場所にしか生息していないんだよ。日本はこれから寒くなるから、気候が合わなくなったんだ」


 川島は蓬田の説明など耳に入らず、エリザベスちゃんと名前を連呼し続けた。


「エリザベスちゃん、ゴメンね。これからは暖かいコートを買ってあげるから」

「そんな事をしても、ソイツは元気にならねぇよ」


 そう言われ、川島は蓬田の方を振り返った。その時、蓬田はある違和感を感じた。


 誰だ、こいつ?


「これは私とエリザベスちゃんの問題よ! 部外者は口を出さないで!」

「二人の問題じゃなくて、お前の問題だろ」


 蓬田の一言に、川島は顔を逸らし、エリザベスにまた話しかけた出した。眠っているエリザベスちゃんは、何にも言わなかった。


「気温はクイズのルールよりもどうしようもねぇからな、ババァ」


 蓬田は舌打ちをして部屋を出て行った。


 待合室のベンチに、一人腰掛けている蓬田。竜二は病室に残って川島を介護していた。


 環境を言い訳にするのは簡単だ。でも、言い訳して何にもしなかったらダメになっていく一方だ。


 学校でも家でも浮いていた昔を思い出した。


 頭は良かったのに、周りが嫌がる事を計算して、その通りになるように行動した。そして気付いたら、マッちゃんの一員になっていた。


 手のつけられないワル、周りにそう言われると心の傷口が滲みた。

その沁みる痛みを快感だと勘違いしていた己に気付いたのは、心の底からワルを愛して楽しんでいる男と、その男に憧れているチビ助に出会ってからだった。


 蓬田は川島のいた部屋に戻ろうと立ち上がった。


 すると病室から川島が泣きながら、竜二に支えられて出て来た。川島はまだ泣いている。


「あのよ、ババァ。一緒に暮らしたいなら、お前が引っ越すって手もあるぜ」

「え?」

「だから、南国とか、そういうあったかい所に行けば、二人で暮らせるんだよ」


 蓬田が言うと、川島は首を振った。


「ありがとう。私、自分のことしか考えてなかったようね」


 その後、川島の近所の人達とのペットにまつわる軋轢を色々と聞かされた。最初は小さな諍いであった。しかしお互いにムキになって行き、そこから先は、それは長く険しい民族紛争の様な激しい戦いの歴史であった。


「オバちゃん、良くあそこに住んでたな!」


 竜二と蓬田は同時に驚いた。核が川島の屋敷に二発も落ちていたのだ。近所の人も近所の人である。


「何か、引っ込みつかなくなって、謝って逃げるのも癪じゃない」

「まぁ、気持ちはわかるよ……俺も似たようなもんだったし」


 そんな、ある日。

何処からともなく優しい声が聞こえ、誘われるままに路地を曲がると、そこにエリザベスちゃんがいたのだという。


「エリザベスちゃんを見つけたとき、なんか同じ仲間意識を感じたのよ。それで、この子ならアイツらに復讐できるかもって思ったの」


 川島はそう言ってため息をついた。


「アンタの言う通りよ。エリザベスちゃんは復讐の道具じゃない。私の心の支えだったのよ」

「わかる!」


 川島のその一言に蓬田が食いついた。


 さっきの続き。

 蓬田の荒んだ心を癒していたのは、蓬田の家にいた動物たちだった。蓬田は周りに悪態をついていたけど、もう動物といるときは素直な蓬田少年だったのだ。「もう、ギューってした」と、二秒後に彼は述べている。


「もう、ギューってした!」

「あら、蓬田くんもなの!」


 すると、川島もエリザベスちゃんを『ギューってした!』エピソードを披露。

 そっから動物トークが始まって、なんか蓬田と川島は「自分がいかに動物に愛されているか」の自慢大会を始めた。

 それは、数日前にみかん組を地獄の底に突き落とした、あのオタク蓬田であった。


 ギューってした。


「で、竜二はどうなんだ?」


 と、それから三日後。竜二に突然話が振られた。


「え? 俺は別にそんな話ないぜ」


 病院の待合室で三日三晩、話を聞いていた竜二は、いきなり振られて口の周りの筋肉が硬直していて、それ以上話せなくなっていた。


 ちっ


「なんだ、それ。つまんね」

「死ね、赤髪」


 蓬田と川島からとんでもない言葉を言われた。水さすんじゃねぇよ。


 それからさらに二日。

 竜二は二度と話が振られることはなかった。


 結局、五日間待合室で話していた蓬田と川島。ちょうどエリザベスちゃんが退院する時期になっていた。


「あら、時間が経つの早いわね!」


 と、川島が腕時計を見ながら言った。腕時計を気にするレベルの立ち話じゃなかった。


「やっぱ、動物の話をするとあっという間だな」


 蓬田も首をコキコキ鳴らしながら立ち上がった。


 竜二は五日間ずっと座っていて、餓死寸前でソファの上で発見された。


「これから二人で、この街を出ようと思うの」


川島は、元気になったエリザベスちゃんを抱きかかえて言った。ギューってした。


「二人で住める、暖かくて電柱のあまりない所を探すわ」

「そうか」


 蓬田は川島と握手を交わした。その時、蓬田は川島の姿に何か異変を感じたが、それがなんなのかわからなかった。


 入れ替わりで竜二が入院したぜ。


 なんとか渡辺の代わりに『転』を切り抜けた蓬田はその事を渡辺に報告した。すると「お前は三ヶ所、笑いを損してる」と明石家さんまみたいなダメ出しをされた。



 その後、渡辺は川島を依頼人のシゲさんの元に連れて行き、頭を下げさせた。


「サクさん、ご無沙汰です」


 渡辺はまた作蔵に挨拶に言った。無駄に律儀な奴である。


「また勝さんとも飲みたいな」と作蔵。

「また死にましょう」と渡辺。


 やな会話だった。


「さぁ、仲直りのキスだ」


 仕切り直し、シゲさんとキスをするように命令する渡辺。

 その声に川島は「えっ!」と渡辺を見た。

 女だろうが容赦しない渡辺は、シゲさんと川島の後頭部を押し付け、無理矢理キスをさせた。

 しかし、これがあらぬ方向に化学反応を起こす。

婆さんが死に久しく女から離れていたシゲさん、男を知らず浮世離れしていた川島、野生のスケベとスケベが目覚めるのにキス一回はあまりにも劇薬だった。


 川島とシゲさんは渡辺を振り払い。野獣のようなキスを続けた。


「なにっ!」


 これには渡辺も驚いた。あの川島と……はっ!


 その時、渡辺は川島の異変に気付いた。美人になってやがる。


 そう、川島はエリザベスちゃんが病院に運ばれた時、全力疾走で病院までランニング、そして号泣、その後、蓬田と五日五晩もの間、『ギューっとした!』について話し合った結果、痩せて、美人になっていたのだ!


 そして、キスをして抱き合った二人は、ケツから数十年間溜まっていた男性ホルモンと女性ホルモンを噴射して、ロケットのように飛んで行ってしまいましたとさ。


数ヶ月後。二人は、エリザベスちゃんが住める南国まで飛んで行き、「ここで暮らすわ」と、あったかい場所で幸せに暮らしたのだという。


 蓬田は「良かった」と思いました。

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