第80話 渡辺とM3F3層
クイズは中止になり、竜二と蓬田はエリザベスちゃんが運ばれた動物病院にたどり着いた。待合室には斉藤と手下数名がおり、竜二達を見ると「こっちです」と手招きした。
「渡辺はっ!」
蓬田が聞くと、斎藤たちは目配せをした。
「クイズは中止って言ったら、ウンコと味噌を片付けてます」
どこまでも裏方に徹する男、渡辺。
「なんで、お前らがやらないで、渡辺がやってるんだぜ!」
ここで竜二は怒鳴った。リーダーに裏方をやらせるなど、言語道断だ! 何をやっとるか!
竜二は獲物を得た魚の如くここぞばかりに威張った。やっぱり威張ると気持ちいい。
「でも」
斎藤は竜二が怒鳴って気持ちよかったのに、水を刺した。
「でもじゃねぇぜ! 言い訳なんか聞きたいないんだぜ!」
竜二はひるまない。千載一遇のこのチャンスを逃した、いつ威張れるかわからないのだ。
「でも、渡辺さんがお汁粉を振舞うっていうから……」
はっ!
竜二はつかんでいた斎藤の胸ぐらを離した。そうだった、お汁粉……さすが渡辺だぜ。最高のワルだぜ、渡辺。
話は対決前日に遡る。
渡辺から野糞とクイズを混合したクイズ対決が発案された時、スタッフの間から上がったのは、敵であるワイーン川島の年齢だ。
五十代。
これは渡辺がアウェーの洗礼をあえて受けに行く戦いを強いられることを意味していた。
渡辺のワルのターゲットはF1層。
会社帰りにコンビニでヨーグルトとサラダチキンを買ってしまうO Lに「恋も仕事も頑張ろう」と思わせることが渡辺の指名。
しかし、川島の年齢は五十代である、さらに会場は朝の公園。老人たちがたむろしている早朝だ。
『F3、M3層を相手にするとなると、渡辺のワルでは弱いのではないか?』
と、提案して来たのは渡辺本人であった。
才能に溺れることもなく、絶えず己を客観的に見つめている渡辺。自分の弱ささえも手下の前で打ち明けてしまう度量のデカさ。さすが渡辺だ。
「だからオレはクソじじい共に歩み寄る気はないからな!」
渡辺が吠えた。
己の弱さを認めて、カッコいいところを見せたから、オレはもう知らん! ということだ。わがまま。
ここで、みかん組の蓬田と中心とした作家陣は頭を抱えた。渡辺とM3F3層。可愛いクマさんのヌイグルミを老人に売りつけようとするほど、無謀な行為だ。
さらに、今回の敵は数字を見込めないワイーン川島。川島のあの外見では老人はショック死してしまう。戦力にならない。
やはり渡辺か。
その時、蓬田が閃いた。クイズではポンコツだったが、前日の企画会議では冴え渡っていたのだ。
「ぜんざいを振る舞ったらどうだろう」
蓬田の提案に会議室からため息が出た。老人とぜんざい。なんて美しい方程式。もう、頭の中でやすしときよしが漫才を始めてしまうほどの名コンビではないか。
さすが、蓬田。冴え渡るワル。
これで今回のワルは完成したと思った時、あの男が立ちはだかった。
「発想が安易すぎる」
言ったのは渡辺だ。ただの定石をなぞるだけの蓬田のワルに渡辺は意を唱えたのだ。決して『もっと俺のありがたみが部屋中に染み渡ってから意見を言え』と、蓬田のタイミングが早すぎる提案にムッとしたわけでない。あくまで、ワルとして妥協を許したくないのだ。
「しかし、基本は大事。蓬田の意見も悪くはない」
「そ、そうか」
フォローも忘れない渡辺。蓬田の表情も緩んだ。
「それに、蓬田のおかげで今、降って来たよ」
そう言って渡辺は人差し指で己の頭をちょんちょんと触った。その瞬間、教室から歓声がわいた。
「渡辺さんに神が舞い降りた!」「渡辺さんの頭にはやっぱあるんだよ!」「ああ! 才能っていう名のヘリポートがな!」「渡辺の屋上から飛び降りたいぜ!」
「どういうアイデアだ?」
蓬田は神に愛された男のワルが聴きたかった。敗北は決まっていたが、明日は誰かに勝てるように天才の勝利を見届けたいのだ。
たとえ、自分が敗者だとしても……それが渡辺なんだ……パーマがお洒落なんじゃない、奴の頭に舞い降りたパーマがお洒落パーマなんだ。
女性用シャンプーのC Mのような意図がわからない振り返る演出を入れて、渡辺が口を開いた。
「お汁粉を振る舞ったらどうだろう?」
渡辺の鶴の一声で、クイズ後に集まった老人たちにお汁粉を振る舞って、このワイーン川島とのワルを成立させることになった。
しかもクイズが中止になったと知ったら、せっかく盛り上がっていたクイズ会場は拍子抜けである。
「ですから、渡辺さんは『お汁粉が危ない!』って言って片付けが終わったらすぐに、病院と逆方向の公園に走って行ったんです!」
竜二は圧巻のワルを目の当たりにした。
火事になったら逃げるのが凡人だ。しかし、思い出のぬいぐるみを取りに火の中に飛び込むのが英雄なのだ。
「ですから、渡辺さんは来ませんので、『お前らだけで、このエピソードを締めておけ』って言ってました」
渡辺、メタ演出を取り入れた。
「で、エリザベスちゃんは!」
斎藤は蓬田に聞かれ、病室を指さした。そっちの方から、川島が泣いているのか、地獄から心の弱い人間を威嚇しているのかわからない呻き声が聞こえて来た。
入りたくない。
そう思ったが、渡辺からこの話の『転』を任された以上、やるしかなかった。メタ演出。
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