第79話 渡辺とハガキ職人

「渡辺さん! 蓬田さんがアタックチャンスをものにして一気に十一枚です!」


 斉藤の知らせに、渡辺は「うむ」と頷いて立ち上がる。あくまでも冷静である。

まずはエリザベスちゃんのウンコを回収する為に、エリザベスちゃんの口にビニール袋を咥えさせ、トングでそこにウンコを入れてあげた渡辺。ボランティアの爺さんであった。

 その後にウンコが置いてあった位置に、自分らの分の味噌を塗って「ちょっとはみ出しちゃった」と独り言を言いながら、なんかニタニタと舌べろを出して帰って来た。


「今日の渡辺さんは、なんなんだ?」と斉藤は少し寂しい気分になった。なんだこのカリスマは。


「渡辺さん! ラジオを持って来ました!」


 テントは静かで暇なので、A Mラジオを流し出す渡辺。パイプ椅子に座りながら、味噌をかき混ぜ、ラジオを聴いている渡辺。A Mラジオのせいで、渡辺は定年後の爺さんの完全体に成り下がっていた。


 そして、渡辺はそのラジオに下ネタのペンネームを考えてメールを送った。とことんジジィ道を突き進む男、渡辺。



 そんな地味なテントとは裏腹に。


「蓬田さん、二問連続正解!」

「うおっしゃあああああああああ!」


 割れんばかりの拍手が起き、クイズ会場は今日一の盛り上がりを随時更新して行った。ちょっと下ネタをボソッと言ってもバレないくらいに観客は盛り上がっていた。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


が、この勢いに納得のいかない女が一人。彼女もまた女、川島が司会者に文句をつけた。


「ど、どうしました、川島さん?」

「何で『家で怖い話をする場所は?』の答えが階段なのよ!」

「だから、怖い話の事を怪談って言うだろ? だから、階段だよ」


 蓬田が説明する。


「納得がいかないわ! 怖い話をするのは居間の方がし易いでしょ!」


 何言ってんだ、このババァ。


 客席の爺さんたちから、自分より年下の女だけど「ババァ」と言われた川島。老人とて容赦ないのだ。


 そう、川島はクイズにはめっぽう強いが、なぞなぞには弱かったのだ。歳のせいで理屈っぽくなっていたのである。更年期。


「司会者さん、やり直しなさいよ! こんなクイズおかしいわよ! ナゾナゾじゃない!」

「いや、そう言われても……」


竜二もこれには困り、川島に近付いて、ボソッと耳打ちする。


「ちょっと、川島さん。折角盛り上がってるんだからさ、そんな事言わないでくれぜ」

「そんな事って何よ、私じゃなくて問題が悪いんでしょ! 言っとくけど、クイズの経験は私の方がある。その私が言ってるの、やり直し! 大体、三問しか正解してないのに、どうして私よりこんな不良が勝ってるのよ!」

「いや、そう言うルールだからよぉ……」


 竜二はチラッと客席を見た。あんなに盛り上がっていた観客が白けた顔をしている。


「客席は生き物だ」


これは竜二が絶えず意識してきた言葉だ。今日が初めてのくせに。

クイズが中断して、完全に興醒めした顔をし始めている。ここまで盛り下るとどうする事も出来ないと、竜二はため息をついた。その野生の感を何処で熟知して来たのか、この男は。


「とにかく、私はこんなモノは認めません! お! か! し! い!」


 そう言った瞬間、客席から何処からともなくブーイングが起きた。ブーブー。


「何よ、このブーイング!」


 川島は自分に向けられたブーイングにイライラし出した。


「もう怒った! もう止めよ、こんなの! なしよ!」

「自分の思い通りにならないと、ソッポを向けるのか?」


 蓬田が突然、川島に話しかけた。


「違うわよ。ルールが無茶苦茶だからやり直してって言ってるだけでしょ!」


 と、その瞬間、竜二の携帯が鳴った。電話は斎藤であった。


「なんだぜ、斎藤。こっちは今、観客が盛り下がって大変だぜ!」

「あ、竜二さん。いい話と悪い話があります」


 ほぅ。ハリウッド的だぜ。


「いい話は、渡辺さんがA Mラジオでメールが読まれました」


 しかもペンネームはすごい下ネタの名前。これで渡辺も壮年ハガキ職人の仲間入りだ。


「で、悪いニュースなんですけど。大変です。エリザベスちゃんが倒れて、渡辺さんが病院にオンブして走って行きました!」


 それ先に言えよ。


「エリザベスちゃん!」


 川島は何も聞かず、病院に走った。脂肪の塊のくせにスクーターを追い抜いて行った。


「はえええ!」


 クイズは川島の言う通りに中止になった。


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