第78話 渡辺とアタックチャンス

 一方、賑やかなクイズ会場。


「漢字が読めない」「ググる気も無い」の竜二のせいで蓬田はお世辞でも七問に一問程度しか答えられず、三十問終了時点で獲得パネル数は川島が二九枚、蓬田が一枚と、大人が子供相手にガチでオセロをしたような惨状、子供は泣いて二度とオセロをやらないであろう圧倒的な差が開いていた。


ここまでオセロ要素の楽しみはほとんどなかった。ルールが全て無駄だった。


 しかしそんな体たらくの中で竜二の中に眠っていたラフレシアはどんどんと巨大な花と胡散臭い鱗粉を公園中に噴射し出していた。

時が経つにつれ、どんどん胡散臭いスーツを着こなし、クイズ終盤のこの頃には、三十キロ走ったら大破してしまう中古車をポルシェだと偽って五百万で売り捌く究極の悪徳詐欺師にしか見えなくなっていた。


これはクイズ番組ではない、不良の少年が中古車ディーラーの魅力に取り付かれ、ぶっ壊れた車を次々と情報弱者に売っていく成長物語なのだ。


 テントの渡辺は、たまに手下に呼ばれ「うむ」と頷いて、リードを持ってもらい、電柱に味噌を塗って帰ってくる。

 折角とった泣けなしのパネルをワイーン川島に挟まれると、エリザベスちゃんに「早くしろや糞ボケ!」と罵倒されながら、「すいません、すいません」と無言で塗った味噌をヘラで壺の中に戻し、「寒い寒い」と体を小さくしてテントに戻って来る。カリスマから、街の電柱に無駄な味噌を塗る不審者に成り下がっていた。


「寒いね」


 テントのパイプ椅子に腰掛け、両ひざを擦りながら斉藤に話しかける渡辺。


「うっす」


 斉藤は渡辺から目を逸らして返事した。甥との距離感が解らない親戚のオッサンみたいになってしまった渡辺。竜二と明暗が大きく分かれた。



「第三十一問!」


 竜二の名司会者ぶりに惹かれ、ギャラリーの数は開始時の数倍に膨れ上がり、準備したパイプ椅子は使い切り、立ち見が出ていた。


「あの司会の坊やが凄い」「俺の葬式もあの坊やにやってほしい」「俺のタンス預金を全部、奪ってほしい」


 ワルを愛するマッドセガール市に突如現れた未来の人気B級犯罪者の登場に客席は竜二コールにわいた。

 これはクイズ番組ではない、老人の屍の上に玉座を気付く男の英雄譚だ。


 そんな中、解答者席の蓬田は「流石にヤバい」と、次の問題は意地でも答えなければと危機感を募らせていた。そんなものは十問目くらいからずっとあるが、雪だるま式に膨らんでいく思い。


 全ては味方の筈の司会者の暴走と歪んだ誠意のせいである。


そして……


「なぁ、これ何て読むんだ?」


 なんと三十一問目、竜二は問題文の読み方を早まって敵の川島に聞きに行ってしまったのだ。

 ぴんぽーん! 


「はい、川島さん!」


川島はもちろん、問題を見せて貰って、その場で答えを出す。


「……正解!」


 竜二の言葉に、周りのギャラリーが拍手で沸く。川島も往年のクイズ王の頃を思い出しこれにカーテンコールで返す。


 なんで間を溜めたのかがわからない。


「テメェ、竜二! 何、敵に問題見せてんだよ!」

「だって、読めねぇんだもん」

「さっきまでテキトーだっただろ!」

「ギャラリーが増えて来たんだから、テキトーじゃすまねぇだろ! 空気読めぜ、蓬田! 回答者は素人でも、そこに座ったらエンターテイナーだぜ!」


 竜二のその言葉に「そうだ、そうだ!」と周りも加勢する。

川島も上手く会場を味方につけて「面白い司会者ねぇ、アナタ」と笑いを取る。竜二も褒められて満更じゃない。


 蓬田一人だけ、悪者である。


「だったら、俺のところに聞きに来いよ!」

「だって、蓬田、漢字なんかほとんど読めねぇぜ」


 竜二の正論に蓬田はぐうの音も出なかった。頭はキレるが、勉強は竜二とどっこいどっこいの男。

 ていうか、竜二の信念は歪んでる癖に、最終的には帳尻を合わせて筋だけは通してくるのでタチが悪かった。


「第三十二問! と、ここでなんと…………」


 静寂。


 静寂。


 観客は、突然、静かになってしまった竜二を見て「なんだなんだ?」とソワソワしだした。


「なんだ、わしは死んだのか?」「そうじゃ」「ええ!」


 さっきの『死んだのかおじさん』『そうじゃおじさん』『驚きおじさん』の三人が再び現れた。


 竜二は一向に動かない。どうした? ゲロでも吐くのか?


「アタックチャンス!」


 静寂に槍を刺し、竜二が大声で叫ぶとギャラリーも「おぉ!」と歓声でこたえた。


「ちくしょう! これだったのか」「ああ、まんまと司会者に騙されたぜ」「くそー、一本取られちゃった」「カルーセル麻紀」


 竜二の緩急によって、一段と盛り上がる公園。計画はグダグダだが、クイズ番組としての雰囲気だけは良かった。


「この問題に正解すると、相手のパネルを一枚だけ奪う事が出来ます。本家とは少しルールが違いますが、ここは朝で時間短縮という事でぇ」


 竜二の愛嬌のあるルール説明で、客席から笑い声が上がった。このぉ。


「では、問題!」


 十七問目くらいから、誰が言うわけでもなく、客席から「じゃーらん!」という口でのBGMが勝手に入るようになっていた。百点満点の観客であった。


「たべると、ものがなげられなくなる やさいってなーんだ!」


 ここに来て、竜二が完璧に問題を読めたのは初めてであった。これだけでも観客から竜二を称賛する拍手がわく。これはカラオケで歌詞を見ないでフルコーラスを歌い切ったみたいな快挙であった。竜二はこれに嬉しそうに反応する。


「あの司会者のぬいぐるみを作ろう」「いや、ふりかけの方が儲かる」「キーホルダーで安パイをいこう」


 竜二の裏で経済が動き出していた。

 しかし、それとは裏腹にここまで即答を繰り返していたワイーン川島が「うーん」と唸り出した。


 どうした!


 ここで予想外の事態。川島が苦い顔をして頭を抱えたのだ。「卵でも産むのか?」と産卵おじさん。「そうじゃ」とそうじゃおじさん。「ええ!」と驚きおじさん。


「おーっとここで、ウンコ色の解答席の川島さんが考え込んだ! これは今日初めて見せる女の顔だぁ!」


 問題を読み終えた竜二は出題者から実況に周り、その場を盛り上げに掛かる。誰が教えたのか、司会者としての才能をわずか数時間で開花させた竜二。


「さーって蓬田さん! これに答えれば、まだ逆転のチャンスはありますよ!」


 来たぜ! 大チャンス!


 ぴんぽーん! 


蓬田が押した!


会場が湧く。今日一番の盛り上がり。


「はい、蓬田さん!」

「ほうれんそう!」


 蓬田の答えに会場は一瞬、シーンとした。しかし、これは竜二が緊張感を与える為にワザと入れた間であった。緊張、そして緩和。エンターテイメントの基本。


 一滴の水が水面に落ちて波紋は広がる。「エンターテイメント」と言う名の波紋が。


「……正解ぃぃぃぃ!」


 観客が今日一番の歓声で応える!


「よっしゃあああああああああああああああ!」


 土壇場で踏ん張った蓬田も、ハンマーを遠くに投げた人のような声を荒げて喜ぶ。ちくびいいいいいいい!


「さぁ、蓬田さん! アタックチャンス何番!」


 蓬田はパネルを見て考えた。最初にとっていた右下隅の三六番は残っている。よく見ると一枚だけ味噌色のパネルでバカみたいにだった。が、一番下の列はもう三六番以外は川島のパネルで埋まっている。


「ここで、下一列全部を俺達のモノにすれば、逆転できる! 三一番!」


勝負に出た!


「三十一番! 蓬田さんが三一番に飛び込み、三二,三三,三四、そして三五番のパネルが渡辺チームに舞いこんだぁぁ!」


 来たああああ!


 客席から大歓声が上がった。竜二も朝のセリ市の様な流れるように数字を叫び雰囲気を盛り上げる。耳の遠いお爺ちゃんのために、実はこの時、竜二はマイクを持ってない方の手で二、三、四、五とわかりやすく見せていたのである。天才であった。


「これで渡辺蓬田チームにも逆転の目が出てきました! さらに蓬田さん、問題正解のパネルは何番!」


「二番!」


 蓬田が二番のパネルを取る。一番下を一列撮った為に、「二,八,一四,二〇、二六」の縦に並んだパネルが一斉に味噌色に変わる。


たった一問の正解で形勢を五分に戻して来た。


「これで、渡辺蓬田チームのパネル数は一一枚。川島チームは二十二枚。均衡してまいりました! 蓬田さんが次にパネルを取ると、大逆転であります!」


 ここまで来ると会場が見たいのは「蓬田の大逆転勝利」である。竜二もその観客の気持ちを逆算し、一人称を蓬田視点に切り替えて来た。観客を蓬田に感情移入させるのである。完璧であった。中古車ディーラーにしておくのは勿体無い。どこでそんな技術を習ったのか。

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