第7話 何事もまずは経験!③
進むたびに、シートや背もたれから強い振動が伝わってくる。
しばらくは真っ直ぐ、地面と平行の高さで進んでいたジェットコースターだが、すぐに上り始めた。
空が近づき、目線を下げなければ見えない位置に小さくなった乗り物が並んでいた。
「ひーっ……」
斜めに傾いだ体を縮こまらせて、アラトはぎゅっと目を瞑る。これ以上ないほどの力で、レバーに縋りつく。
「思ったより眺めがいいんだな」
「落ちるときは叫びながら両手を上げるのよ」
「そうなのか?」
そんなアラトの両端では、リクとナキリがいつものように他愛ない会話を繰り広げていた。
閉じた視界は真っ暗で、今自分がどの辺りにいるのかも分からない。
だからといって確認する勇気もなく、アラトは
「やだやだやだ……僕もう帰るー!」
「あ、落ちるぞ」
リクの声が聞こえた、と思ったら。
「ひっ」
体が浮遊感に包まれた。
「きゃー!」
一気に加速して下っていく感覚と共に、風が鋭く通り過ぎる。風の音に混じって響くのは、ナキリの楽しそうな声。
だがアラトに、そんな彼女を気にかける余裕などあるはずもなく。
「いやああああああああッ!」
見事な絶叫が、遊園地中に響き渡った。
◆ ◆ ◆
ジェットコースターを降りたアラトは、他のお客さんに混じりながら、ふらふらと出口に繋がる階段に向かった。
「うぅ……」
手すりに掴まりながら地上を目指す。
「
「うん……ありがとう……」
せっかく遊びに来たのだ、心配させまいと、アラトは弱々しい笑みをリクに向ける。
「
「ああ」
「あー、楽しかった!」
ぐったりしているアラトと。
相変わらず表情も変えずいつも通りのリクと。
目に見えて満喫しているナキリと。
それぞれ全く違う感情を抱きながら階段を降りきると、スタッフが立っていた。その後ろにはモニターがある。
「あ、見て見て。写真があるわよ」
「写真?」
ナキリが指を差し、リクが首を傾げる。
「どこかにカメラがあって、落ちる瞬間とかを撮ってくれてるの。お金出せば写真も買えるわよ。ほら、ここ。私達が映ってる」
「
「だってぇ……!」
反論しようと声を絞り出すアラトだが、言葉は出てこず、項垂れるばかりだった。
「そういうリク君は……」
写真のリクを見上げたナキリが、ぷっと小さく噴き出した。それから声を上げて笑う。
「無表情じゃない! 逆にすごいわよ」
そう言われてアラトも見てみれば、確かにリクの顔は、地上にいるときと全く変わっていなかった。レバーこそ掴んでいるが、姿勢もイスに座っているときと同じだ。
前屈みで必死にレバーにしがみついて、泣いているのか絶望しているのか気絶しているのか、よく分からないアラトと、あまりにも対照的すぎた。むしろ真逆の二人が並んでいるので、互いに際立っているともいえる。
「そういえばリク君、全然叫んだりとかもしてなかった気がする。ね、アラト君」
「覚えてない……」
「写真どうする? 買う?」
財布を取り出そうとするナキリに、アラトは恨めし気な瞳を向けた。
「いらないぃ……」
「じゃあ行きましょうか」
くすりと笑ったあと、ナキリが軽い足取りで進み始める。
「時間は有限! 作品をつくるためには、経験も大事だもの。さ、次よ、次!」
次の目的地を決めているらしく、迷いなく先を歩くナキリの背中を、アラトとリクは追いかけた。
◆ ◆ ◆
マギカルト 文里荒城 @ahrh321
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