私たちの幸せな物語
雨世界
1 はい。これ、あげる。
私たちの幸せな物語
プロローグ
卒業に対して思い残したこと?
そんなの……、あるに決まってるじゃん。
本編
はい。これ、あげる。
「これ、あげるよ」
そう言って、あなたは私に一つの宝物をくれた。それは、学園時代にあなたがずっと、三年間。その美しい黒髪につけていた桜の形をした髪留めのアクセサリーだった。
「私にくれるの?」
「欲しかったんでしょ?」にっこりと笑ってあなたは言う。(確かに欲しかったのだけど、どうしてわかったんだろう?)
「……ありがとう」少し、頬を赤くしながら私は言う。
「じゃあ、今度はあなたね」とあなたは言う。
「今度はってなに?」
「それは、プレゼントのお返しに決まってるじゃん」あなたは言う。
なるほど。と私は思う。
「別にいいけど、私、プレゼントなんてなにも用意していないよ」私は言う。そう言ってから私は、あなたに贈るためのプレゼントをちゃんとようしておけばよかったと思った。
「それじゃあ、私が欲しいもの、指定してもいい?」少しいたずらっぽい顔をして笑って、あなたは言う。
「いいよ。変なものじゃなければ」私は言う。
「手紙を書いてよ」あなたは言う。
「手紙?」
「うん。手紙。できるだけ長いやつ。それと、この前に一緒に撮った写真かな? それでプレゼントのお返していいよ」あなたは言う。
「それでいいの?」私は言う。
「うん。それでいいよ」あなたは言う。
「わかった。絶対に書く」にっこりと笑って言う。
「約束だよ。やぶったら、怒るからね」にっこりと笑ってあなたは言う。
それから私たちはさよならをした。
家に帰った私は、早速あなたに送るための手紙を書き始めた。(手紙の道具は帰りにお店によって買った)
手紙を書くことは結構苦戦した。
書きたいことはたくさんあったのだけど、実際に文章にする作業は結構難しかった。(私は普段、文章を書く習慣がないのだ)
それでも、書きたいことがまとまり始めると、それは結構長い文章になった。三枚分の手紙だ。
私はその手紙を丁寧に折って、二人で撮った写真と一緒にして、真っ白な封筒の中にそれを入れた。
ひまわりの花の飾りのある手紙。
私はその手紙を、家を出て、近所にある赤いポストの中に入れた。
これで、あなたとの約束は果たしたことになる。
「あ、雪だ」
ぶるっと寒さに震えながら、マフラーを巻き直していると、真っ暗な空から真っ白な雪が降ってきた。
今年初めての初雪だ。
雪。……雪か。
私はしばらくの間、その場に立って、冬の空を見上げて、雪の降ってくる風景を見ていた。
……夏に、こうして二人で星を見たな。
そんなことを私は思い出した。
するとなんだか、急に胸の奥が痛くなってきた。
心が熱くなって、それから、なんだか目の奥から、自然と涙が溢れてきた。あなたとの思い出と一緒に、なんだそれは、溢れて溢れて、止まらなくなった。
「あなたに出会えて、私は幸せだった」とあなたは言った。
それはこっちのセリフだった。
あなたにあえて、私は本当に幸せだった。この三年間。本当に楽しかった。あなたとお別れをするときがきて、ようやく私は、それが『あなたと出会ったおかげ』なんだと気がつくことができた。
高校を卒業して、大学に通って、それから社会に出て、私たちは、どんな大人になるんだろう?
急に未来が、少しだけ怖くなった。
「くしゅん!」
私はくしゃみをした。
……寒い。
なんだか体が冷えてしまったみたいだった。(雪の中で立ち止まっていたのだから、当たり前といえば、当たり前なんだけど)
「帰ろ」
私はそう言って、夜の道の中を走り始めた。
光の灯っている我が家に向かって。
明るい光のある家々の間を通り抜けて。
私は自分の家に向かって、走り始めた。白い息を吐きながら。
暗い夜の空から降る真っ白な雪を見て、笑いながら。
走り出した。
一度走り出すと、走ることが楽しくなった。
なんだか、それがすっごく不思議だった。
雪は私が走っている間、ずっとずっと、空から大地の上に降り続いていた。
空を見上げて、私はにっこりと笑った。(私の中には笑顔のあなたの顔があった)
私たちの幸せな物語 終わり
私たちの幸せな物語 雨世界 @amesekai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます