第76話
彼が寂しそうに帰っていく。見つめる瞳はわたしではなく姉に向けられていた。
また、彼は姉を選ぶのであろう。わたしはとぼとぼと地下室の薬品庫に向かい。赤と青の瓶を取り出してくる。机の上に瓶を置くとわたしは夏に紅茶を頼むのであった。赤い瓶には毒と書かれていた、青い瓶には消去と書かれていた。追憶の殺意で二人を殺そうとした時に飲ませたのは赤い瓶であった。結果は二人の記憶が消える事となった。わたしはキッチンに紅茶を取りに行き、青い瓶が毒であろうと思い、ふたを開けて紅茶に入れる。
すーっと、紅茶を飲み干すと強い眠気に襲われる。これで、自由になれる。
――……。
夕方の日射しで目が覚める。割れたティーカップが目に付く。薬品の様な匂いが立ち込めていた。
わたしの名前は恋菜……。
夕日を眺めて、ぼっーとしていると。部屋に誰かが入ってくる。メイド服の女性と冴えない青年だ。
「アップルパイを作ってくれるかな?」
「えぇ、いいわ」
冴えない青年が親しそうにわたしに言葉をかける。わたしにアップルパイを作る事が出来るのであろうか。でも、自然と作れそうな気がした。
メイド服の女性が「彼が選んだのは恋菜様です」と言うのであった。
何の事だろう……?わたしの部屋にいる二人に見覚えがないが、むこうは知っているようだ。
「この記憶が消える瓶を選んだのは二回目です。わたしが追憶の殺意の時と同じ様に失敗しさせました。方法は簡単です瓶の中身をすり替えたのです」
追憶の殺意……心に痛みだけが残っていた。赤と青が複雑に交差して記憶の無くなる方を選んだらしい。
「何故、毒と記憶が消える薬がセットで置かれれているのかご存知ですか?この呪われた月之宮家に一筋の希望として記憶が消える薬があるのです。そしてそれを導くのがわたしの家の代々の役目なのです」
メイド服の女性は二本の瓶とティーカップを片付けるのであった。それから……。わたしはアップルパイを作り彼に渡す。美味しそうに食べる彼は明日も来ると言った。
気分は季節の移ろいの様に穏やかであった。
三日月の魔女 霜花 桔梗 @myosotis2
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