「殺し屋」

「さあ、拾って」と、私はいった。

 男は絨毯の上でひざまずいて、震える手を伸ばし、拳銃を拾おうとした。男は拳銃に恐る恐るといったふうに触れると、グリップを握り、立ち上がった。

「それを使うんです。簡単なことですよ」私は続けた。「あたまぶち抜くんです。聞いた話だと、それほど痛くないようですね。一瞬で終わってしまうからでしょうか」

「できない」と、男はいった。声帯が不規則に痙攣していた。「やめてくれ」

「やらなきゃ、だめなんですよ。私が困ります。あなたが出来ないと仕事が増えるんですよ。ただでさえ残業続きなのに」

 私は自分の拳銃を男に向ける。ピタリと心臓を狙って止めた。それを見て、男は怯え、一瞬体を固くした。彼の目は焦点が合わず、しかし、どこか媚びたような色をしていて、万に一つの〈生き残るチャンス〉に期待しているようだった。

「死ぬまで終わらないんですよ」私はいった。彼の期待を剥がすために。「逆に言えば死んでやっと終わりですけどね」

 男は目に涙をためていた。もう少しで滴が落ちる、というところで彼は上を向き、涙をこぼれないようにした。そこまで追い詰められて、なんとか必死に威厳を保とうとする彼に対して、私は少しだけ感動した。それはそれとして、仕事は仕事だが。

「あなたは自殺じゃなきゃダメなんですよ。やってくれなきゃ、私は寝室に向かいますよ」私はいった。

「それだけはやめてくれ」男がいう。やっと滴がこぼれた。「妻と娘は何も知らないから──」

「私だって知りませんけどね。他殺で済ませるなら、万が一の目撃者も殺しておきたいんです」

「頼む──」と、男はいった。

「早くしないと、娘さんたち。起きてきちゃうかもしれませんね」

「分かったから──」

 男はやっと、自分のこめかみに拳銃を押し当てた。

 私はいった。「それだと死ねませんよ。ちゃんと咥えて撃ってください」

 男はいうとおりにして、銃口を咥えこんだ。両手でグリップを押さえて、親指をトリガーに引っ掛ける。彼は鼻血を出した、興奮しすぎたようだった。口と銃の隙間から、荒い息が漏れていた。目からは涙が零れ続けていた。私は彼を見て、微笑み、頷いてみせた。

 トリガーが引かれた。銃声がして、頭の後ろに穴が開き、果汁みたいに血が飛んだ。死体は両ひざをつき、その後で絨毯に倒れ込んだ。潰れたトマトみたいになった彼に、私は興味が失せていくのを感じた。人間は生きていないと、ただの袋だ、と思った。

 私は彼の家を玄関から出て、合い鍵でドアのロックを閉めた。一軒家の庭は広く、街灯が消えていて、空には星が見えた。明るい夜空だった。もう離れた彼の家からは、女の悲鳴が二つ聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アケガミ 蛙(かわず) @Akegami0219

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ