「ドライブ、そして意味のない会話」

 アクセルを踏む、車はとろとろと発進する、カーラジオのスイッチに触る、電気が通って、音楽が流れ始めた。僕は助手席をちらりと見やる。相棒は機嫌良さそうに鼻歌を歌い、ダッシュボードに足をのせて、リズムを取っていた。

「カントリーだな、旅の音楽はやっぱり。これが最適解だ」相棒は言った。

「そうかな? ただでさえ車に乗ってるのに、余計に古臭い気分になる」僕は言う。

「お前はアメリカ人の魂ってのが分かってないのさ」

「僕はドイツ人だ」

「それは違うね。どこの人種だろうが、マスタングに乗っている男は、そのときだけはアメリカ人になるのさ」

「わけがわからないよ」と、僕は言った。冗談なのか何なのかわからない相棒の言葉で、少しだけ笑ってしまった。「いや、まあいいや。僕はアメリカ人かもしれない」

 相棒はタバコに火をつけて、咥えていた。車内に煙が満ちて、僕はせき込んだ。

「まったく──、いつのまに火をつけたんだ」

 僕は窓をスイッチで操作した。おんぼろマスタングの窓は、キュキュと妙な音を立てながらひらいていく。隙間から強い風が入り込み、煙をハイウェイの後ろへと流し去っていった。

「へっ、悪いね。お前は吸わないんだったな」

「タバコは嫌いだ。車に匂いがついたら最低だよ」僕はまた咳をした。「君か、タバコか、どちらかを窓から放り捨ててやりたいね」

「悪かったって言ってるだろ?」彼は窓からタバコを捨てる方を選んだ。「ああ、もったいない。まだ吸えたのにさ」

「喘息なんだ。勘弁してくれ」

「それを知ってたら吸わなかったよ」

 ラジオのカントリーが終わり、DJがくだらないジョークを飛ばしたあと、懐かしいテクノが流れ始めた。

「これ音楽か?」

「テクノはドイツの国宝だ」

「へえ、ドイツって他に何があるんだ? ビールとヒトラーしか知らねえ」

 相棒は指先をぴんと揃えて、腕を斜め上に掲げるセンシティブな敬礼をした。窓から突き出た腕を見て。対向車の運転手がすれ違いざま、顔をしかめたのが見えた。

「この、馬鹿は……」僕は呟く。「国が国なら逮捕されてたぞ」

「ここはアメリカだぜ? 何をしたって、自由の国だ」

 相棒がボードから足をおろして、カーラジオをいじり出した。つまみをゆっくりと回して、局のあたりをつける。彼はしばらくそうしていたが、スピーカーからツェッペリンの歌声が聴こえると満足げに言葉を発した。

「ロックはカントリーの次に最高だ。ロックンローラーはアメリカの心を歌ってるからな」

「彼らイギリスのバンドじゃなかったか? それに──」

「それに、なんだよ?」相棒は言葉の続きを促す。

「この曲の名前知ってるか?」僕は彼の方を見て言った。「移民の歌だよ」

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