Higher Ground

 上半身を起こす。

「牢屋の中だ……」

 牢屋の中のベッドに寝ていたわたし、夢野壊色である。

 確か往来で鈍器のようなもので後頭部を殴られたはずだ。

 痛みがじわじわ蘇る。

「拉致られた……」

 鉄檻の中。

 トイレとベッドだけがある四畳半くらいの、牢屋。

 窓はない。

 さっきから、蒸気機関で動かしているタービンの音だけが響いている。

 あたりをきょろきょろ見ていると、壁の一面が電脳スクリーンになって、トーキー付きの映像を流しだした。


「嘘だろ? ……悪趣味な映画か?」


 身体がかたまって、動けなくなる。

 スクリーンに映し出されたのは、政府の総理大臣・羊飼が銃で射殺される映像だった。

 羊飼首相が、殺された?

 映像はズームバックして、あたりを映し出す。

 バックしてあたりを映し出したその画面には、死体の束が所狭しと転がっていた。


 死体の束が広がる総理官邸。

 羊飼首相の亡骸を踏みつけて喜んでいる狐面を斜めに被った女の子がいた。

 この娘、見たことがある。

「白梅……春葉、か」

 十羅刹女、白梅春葉。

 十羅刹女の力を持つこの少女が、羊飼の暗殺を成功させた、のか?


 今、わたしが観ている映像は、あきらかに〈人域〉と〈神域〉を越境していた。

 つまり。

 和の庭の〈箱庭宇宙〉を溶解させてしまっている。



 この映像が現実だとすれば、和の庭は、溶けてしまったと言える。


 なんでこんなことに。

 スクリーンに釘付けになっていると、檻の格子の外に、ひとが立っていて。


「これは現実ですよ、壊色姉さん」

 屈託ない邪悪な笑顔を浮かべて、格子の外に立つ女性は言った。

「……折鶴ッ!」

 檻の外でわたしを眺めているのは〈折鶴旅団〉首魁、折鶴千代だった。

 これは現実だ、と折鶴は確かにそう言った。


 映像は続く。

 高級官僚や財界の要人たちが暗殺されていく様を、移し続ける。

 そのなかには、十王堂女学校に通う生徒の親たちも含まれている。

 例えば、空美野涙子の親である空美野財閥の総帥などだ。


「政府が大杉幸に夢中になっている間に、クーデターを起こさせていただきました。軍部の青年将校たちは、わたくしの味方がほとんどとなりました」


「クーデター?」


 動こうとしたら、足枷がベッドに繋がってある。

 トイレ、使えない仕様じゃないか。

 わたしは舌打ちする。


「仕組んでいた計画を発動させたのです」


「〈まつろわぬ者〉……土蜘蛛と呼ばれても仕方がない所業ね」

「姉さん。腐敗したこの社会をどうにかするには、こうするしかなかったのです」

「なぜ、政府に盾突く?」

「盾突いてなどいません。腐敗した政治を行う国賊を討っているだけなのですよ。まつろわぬのでは、ない。これは、我々の〈まつりごと〉の方法なのですよ」

「……気に食わないわ、その遣り口」







「壊色姉さん。あなたは大杉幸の思想をご存知で?」

「無政府主義でしょ」

「じゃあ、無政府でどうやってこの社会を回そうとしていたかは、ご存知で?」

「どーせ好き勝手やって弱肉強食にでもしようとしてたんでしょ」

「違いますね。大杉幸の立ち位置を、アナルコ・サンディカリスム、と言います」

「んん? よくわかんないけど」

「無政府組合主義、と日本語では訳されます」

「それがなによ」

「彼女の思想は労働組合運動を重視する無政府主義です」

「組合運動?」

「議会を通じた改革を否定。労働組合を原動力とする<直接行動>、つまり院外闘争で社会革命を果たし、労働組合が生産の分配を行う社会を目指しているのです」

「ふーん。それがなにか?」

「しかし、そうすると、労組に利権が集中すると思いませんか。まだ吉野ヶ里咲の言い分の方がわかる」

「民本、か」

「彼女はいい線いっていたとは思います。けれど、立憲君主制と民主主義は両立し得るとしたところで、君主の取り巻きに利権は集中し、取り巻きによる独裁が始まる」

「そうかしら」

「全国を旅してきた姉さんは見てきたはずだ、農村、漁村、山村の実状を!」

「そうね。近頃は大衆消費社会なんて言われているけれども、それは一部の、都市部でだけのことなのよね」

「貧困でひとは死に、女の子が生まれれば身売りに出され、その娘の身体で稼いだ金で、やっと家族が生きられる」

「ええ。それは事実……よね」

「なぜ、それを誰も助けないのでしょう? 力を持った者がこの問題に乗り出せば、解決の糸口が開けるのに!」

「その悔しさを、知る者が、手を差し伸べない社会なのはわたしも知ってる」

「この窮状を無視しながら、天帝に取り入ることだけを考える取り巻き連中。この、君主の取り巻きは既得権益を死守し独裁を敷く国賊です。この国の歴史を、水兎学の徒である姉さんは学んできたでしょう」

「ええ。見てきただけでなく、学んでもいる」

「この国の歴史に何度も何度も形を変えて立ち現れるのは、歴代の権力者がみな、天帝の簒奪者である、という事実です。そこに忠君愛国の精神は、ない」

「簒奪者……」

「この歴史、そして吉野ヶ里咲などの推進するデモクラシーを支えるのが、天帝の機関説、というものです」

「機関説?」

「この君主制は国を動かすための<機関>である、と。その機関を動かし、力を簒奪し、利権を我が物とする。取り巻きは忠君ではあり得ず、簒奪した力による独裁で自らの権益を追求する、国民をペテンにかけているイカサマ師なのです」

「わかってはいるわ。『例外状態』ね。議会制民主主義に対しての批判をベースにしているのね。議会制民主主義における諸政党は、社会的・経済的な利権集団に過ぎず、国家に対して責任を欠いている。諸政党は自らの利益のために立法を重ねるため、そうした体制下での『議会制民主主義の発展』とは、政治的倫理・理念を欠いた妥協のための技術が磨かれたにすぎない、っていう話ね。自らの利益のために動く諸政党。それは国賊であり、忠君であればこそ、その利権集団状態を脱却できる。『君主の国民』ではなく『国民の君主』とするためには、利権に縛られず国のことを考える忠君こそを立てる。君主に媚びを売って国を売る利権の塊は排除する、か」

「……それでこそ壊色姉さん。わかってらっしゃる。君主と国民が一体化した民主主義を、わたくしは望みます。それは、国民主権原理に基づいたものとなるでしょう。忠君は国のために尽くすものですからね。忠君を配置するがために、国賊は排除します」



 わたしはため息をついた。

「で。起こしたことが、クーデター? バッカじゃないの?」

「しかし、陸軍の多くの将校はわたしの理論に共鳴し、武装蜂起してくれたのですよ」



 スクリーンには、狐面の白梅春葉嬢の周囲に集まっている、陸軍将校たちの姿が映し出されていた。

 屈託なく、将校たちは銃を手に持ち笑顔を浮かべている。


 この映像からするに。

 ……将校たちもわたしの妹であるこの折鶴千代も、〈一線を越えてしまった〉のは、間違いなかった。







「折鶴様。お乗り換えの準備が出来ました」

「ふむ。早いな。もう時間か」

「そこの女の身柄はどうしますか? 我々の原子力飛空艇に同乗させますか」

「ここに縛ったまま置いておくことにします。我々を追うよりも、鏑木どもはこの夢野壊色を助けることを優先させるでしょう」

「この飛空艇はどういたしますか」

「ゆっくり高度を落としていけ。着陸ではなく、そのままだと地面にぶつかるように、ね。それで退魔士どもをこの飛空艇に意識を引き付ける」

「かしこまりました」


 軍服を着た女性が立ち去ると、折鶴は檻の外からわたしを見た。


「クーデターをバカ呼ばわりとは、日和見主義に堕しましたね、壊色姉さん。それでは、生きていたらまたお会いいたしましょう」

 勝ち誇った声を出し、後ろを向けると、この場から去っていく折鶴千代。


 去るのを見てから、わたしはため息をついた。

「ここ、飛空艇の中なのね。どうりで原子力タービンの音が聴こえるわけだわ。さて。盛夏が来るとも思えないけど、どうしよう」


 鎖に繋がれたまま、十分くらいの体感時間が経過した。

 そろそろ奴らが言っていた「地面に叩きつけられる」頃合いだ。

 参ったな……。


 ……その場に座していると、この牢屋に、走りこんでやってきた奴がいた。


「先輩! 壊色先輩! 墜落しますよ、逃げましょう!」


 やってきたのは長良川鵜飼だった。


「鵜飼。どうやってここに?」

「大杉幸が場所を教えてくれて。幸がダイダラボウという巨人の〈魔性〉を幻魔術で呼び出したんです。そのダイダラボウの肩に乗ってこの飛空艇に降り立ちました!」

「大杉幸が、か。あ、そうね、『幼年学校』が出身だったわね、かぷりこや魚取漁子と一緒で」

「その二人も、合流しました。ボクたちも合流しましょう!」

「……わかったわ」


 どこからか持ってきたカギで檻と鎖を解錠する鵜飼。

 そうね。

 盛夏はきっと吉野ヶ里咲サイドにいることでしょう。

 わたしはわたしで、鵜飼とともに、大杉幸と会ってみようと思うわ。


 わたしを見て、鵜飼が首をかしげる。

「どうしたんです、先輩? こんな時にニヤニヤしちゃって」

「いえ。なんでもないわ。ダイダラボウっていう巨人の〈魔性〉に飛び移りましょう。ありがとね、鵜飼」

「ナイトはお姫様を助けるものです。ボクが先輩の一番のナイトであるようにって、いつも思ってますから」

「可愛いこと、言うわね」

「さ。急ぎましょう」

「ええ。そうするわ」








 大きな山ほどの高さの身長がある巨人・ダイダラボウが飛空艇を捕まえて、わたしは鵜飼に連れられてダイダラボウの掌に飛び乗る。

 ダイダラボウはわたしが捕まっていた飛空艇を破壊した。

 そしてわたしと鵜飼を、地面に降ろしてくれて、咆哮をしたかと思うと、その姿を消した。

「まさか退魔士側の人間が魔性の力を借りるとはね」

「今度は土蜘蛛の力も、借りるターンですよ、壊色先輩」

 鵜飼ははにかんで、そう言った。

 わたしは尋ねる。

「帝都のクーデターって、本当?」

「政府官邸や各庁舎は火の海です。もちろん、クーデターによる人災。戒厳令が敷かれています。羊飼首相たちが死んだことによって、暫定政府をつくる必要すら、あるでしょうね」

「マジかぁ。で、ここ、どこ? 夜間地区の中華街の門の目の前だけど」

「はい。ここが、大杉幸のアジトのひとつがある場所です」

「なるほど」

「さ。先輩。こっちです。ボクについてきて」

 手招きされるがままに、わたしは長良川鵜飼についていく。


 連れられてやってきた中華街の路地裏にいたのは、タイピストの魚取漁子だった。

「遅い!」

 魚取に言われて、頭を下げる鵜飼。

「そう怒るなって、魚取」

 ビルヂングの裏口のドアを開けて出てきて、そうたしなめるのは苺屋かぷりこだ。

「今訊くことじゃないと思うけど、かぷりこたちは大杉幸と最初から繋がっていたの?」

 かぷりこは首を左右に振る。

「いや。幼年学校卒業して在野の士になってから会ったのは、今回の事件で初だ」

「盛夏は……」

「〈調伏〉するなら、まずは白梅春葉を、だろうな。盛夏が春葉に勝てるかどうかはわからないが。あたしたちに出来るのはこれくらいだ、壊色」

「どういうこと、かぷりこ?」

「幼年学校に通ってたあたしたちなら、軍に詳しい。軍本部を、これから大杉幸と魚取とあたしの〈幼年三妖〉が強襲をかけて、殺すし、呪い殺す。壊色、おまえは」

「わたしは、……なに?」

「折鶴旅団は先の世界総力戦で得た利益で軍が極秘につくって完成させた〈原子力飛空艇〉を奪った。折鶴千代はその原子力飛空艇で指令を出しているはずだ。……折鶴のところへは、おまえが行け、夢野壊色」

「わたしが?」

「知ってるんだよ、壊色。二代目の蜘蛛切は鏑木盛夏が持っているが、長刀の方の、初代蜘蛛切の持ち主は、おまえだろ、壊色」

「そ、それは」

「隠さなくていい。姉妹の始末は姉のおまえがつけろ。壊色、おまえが調伏しろ。折鶴の心に巣食う土蜘蛛の調伏を、な」


「……わかった。それで、原子力飛空艇にはどうやって?」


「鴉坂つばめが連れていってくれるさ」

「つばめちゃんが?」

「鴉坂つばめは八咫烏。ミサキと呼ばれる、神聖な戦いへの先導をしてくれる神獣だ」


「そういうことよ、壊色!」

 いつの間にかそばにいたつばめちゃんが、言う。

 つばめちゃんは、背中に黒い羽根を生やしていた。

 黒い翼を広げたかと思うと、わたしの身体を包んだ。


 包まれた、その中で、囁く。

「絶対に勝ってね、夢野壊色……」


 もう一度翼を広げると、わたしを掴んで、鴉坂つばめちゃんは飛翔した。


「……これじゃ、負けるわけにいかないじゃんか」

 武者震いをしながら、わたしは自分に言い聞かせる。


「絶対に勝って戻ってくるよ」







「行ってきなさい、壊色!」


 八咫烏の力でロケットランチャーのように吹き飛ばされ、帝都上空に浮いた原子力飛空艇に空中から突っ込んでいくわたし。

 搭乗口を突き破り、中への侵入に成功したのだった。


 銃を持った土蜘蛛、折鶴旅団のみなさんがわたしのもとに殺到して、一斉に構えを取る。



 …………………。

 …………。

 ……。



 南無釈迦牟尼仏。


 南無高祖承陽。


 南無太祖常済。


 ……。

 …………。

 …………………。



「…………出でよ、〈蜘蛛切〉ッッッ!」



 わたしは、胎内から初代〈蜘蛛切〉を取り出した。

 鏑木盛夏の持っているのは二代目の蜘蛛切で、短刀だが、灰澤先生から受け継いだこっちは長刀。

 銃を構えている旅団のみなさんがわたしの胎内から刀を実体化させ取り出す曲芸にひるんだその隙に、一歩踏み込んで一面を薙ぎ払った。


 疾風。

 血の輪舞が巻きあがり、旅団のみなさんは踊るように倒れていった。

「瞬殺でしょ、やっぱ。久しぶりに使う蜘蛛切。愛おしいわね、先生」

 刀を振って付着した血を飛ばす動作。

 まだ斬る相手が残っているから。

 ゆっくり奥から歩いてくるその人物は。

 我が妹、折鶴千代。


「姉さん。わからいひとですね、全く。わたくしの同志たちをこんな目に遭わせて。死んではいないようですけれどもね」

「早く手当しないと、さすがに死ぬわよ?」

「農村・漁村・山村部の働き手の問題や貧富格差の話。そもそも貴族院を始めとする階級制度があること自体が、水兎学を基礎とした〈先の革命〉の本義と矛盾しているのですよ」

「天帝の〈親政〉ね。王政の復古」

「武家政治を廃し君主政体に復した政治転換のはずだった。ですが、例えば新平民に代表されるように有名無実か。または財閥や官僚制の〈派閥〉争いに、いつの間にか問題がすり替わったか、が現実です。そこに〈国民の声〉は反映されていない」

「派閥、か」

「特権的官僚閥の追放! 莫大な富の個人所有の禁止! いわば『国家改造』!」

「クーデターを起こしてる連中の精神的支柱は、その『国家改造』の思想、なのね」

「その通りです。もしここで姉さんが蜘蛛切という〈過去の遺産〉でわたくしを討ったとしても」

「思想は残る……か」

「その通りです。もう、止められませんよ」



「だとしても、わたしはあなたを、…………討つ」

「お相手いたしましょう」



 長刀、初代蜘蛛切を構え。

 わたしはそっと目を閉じる。

 一拍置く。

 深呼吸。

 

 ……わたしは、精神を統一させてから瞳を開けた。




「水兎学派ヶ退魔士・夢野壊色、灰澤瑠歌先生の魂とともにいざ、参ります!」








「英霊の意志を継ぎしわたしくに勝とうなど。笑止」

 手の指をバキバキ鳴らして、折鶴千代はわたしを睨みつけた。

 わたしは先手必勝とばかりに飛び出す。

「さぁてね。やってみなきゃわかんないわよ!」

 つばぜり合いなんてしてるつもりはない。

 撃破だけを考え、一歩を踏み出す。


 短い詠唱。

 わたしと折鶴を隔てるように〈人間の壁〉が床から生えてきて、障壁となった。

 人間を斬ると、刀は普通、脂などで切れ味が悪くなる。

 そうじゃなくてもさっきの戦いで斬りまくったのに、今度は壁のように人間を使うのか。

「このひとたちは今回のクーデターの被害者の方々の遺体です。リサイクルさせていただきました」

「趣味わりぃわね、折鶴」

 わたしはジャンプし、壁を蹴ってそこからさらに跳ぶ。

〈人間の壁〉の上を飛び越え、着地の重力を付加した蜘蛛切の一撃を折鶴にお見舞いする。

 折鶴の幻魔術の詠唱障壁は破壊され、折鶴はそのまま左肩をざっくり蜘蛛切で斬られた。

 飛び散る血液を媒体にして、折鶴は幻魔術を詠唱する。

 壁だったひとや、さっきわたしが斬って息絶えたであろう旅団のメンバーたちが起き上がり、一斉にわたしに飛び掛かる。

 高位の幻魔術だ。

 わたしは斬る、斬る、斬る。

 奪った銃も、片手でしっちゃかめっちゃかに乱射する。

〈魔性化〉したこの、リヴィングデッドたちを、わたしはエリミネートすることだけを考える。

 だが、あと数えられるくらい、五人ほどの人数の敵を残したところで、蜘蛛切は血を吸い過ぎて使い物にならなくなった。

 わたしは蜘蛛切を放り投げる。

 銃も全部、弾切れだし、どうせ土蜘蛛に銃は通じないので、捨てた。

 五人のリビングデッドが、覆いかぶさるように飛び掛かってきた。

 わたしは床をスライディングして移動。

 リヴィングデッドをすり抜ける。

 同時に。

 最前、詠唱に使った折鶴の血を、わたしが着ている服で吸い取るように滑り込みをした。

 リヴィングデッドは幻魔術の媒体が薄まったことで動きが鈍くなり、跳んだはいいが、転んで力尽きて勝手に積みあがってくれた。

 片手を押さえながら、折鶴は威嚇する。

「幻魔作用で魔性化しつつあるわたくしを、普通の方法で殺すことはできませんよ、壊色姉さん。降参したらどうで…………なっ!」


 わたしは。

 懐から二挺の拳銃を抜き取り、両手に構え、即座に一発ずつ発砲した。

 一発は外れたが、一発が折鶴の太ももに着弾する。

 バランスを崩し、転ぶ折鶴。

「そ、その紋様は……〈蜘蛛切〉だ、……と?」

 そう、蜘蛛切は初代だけではない。

 いつもは盛夏のトレンドマークになっている二代目蜘蛛切だが。

「二代目の〈蜘蛛切〉は三つ、存在する。ひとつは鏑木水館の鏑木盛夏が持つ短刀の蜘蛛切。もうひとつが長良川江館に置いてあった、普段は長良川鵜飼が管理している拳銃。そして」

 右手の方で構えている拳銃の照準を絞る。

「最後のひとつは、灰澤瑠歌の〈多賀郡館〉に保管してあった、〈革命の象徴〉のレプリカ」

 わたしは歯を食いしばりながら、笑みを向ける。

「あの革命の英霊の意志を継いでいるのは、わたしも同じなのよ、折鶴千代。その証拠がこの命中率抜群の拳銃〈蜘蛛切〉よ」



 撃つ。

 破裂音。

 幻魔作用ごと、土蜘蛛を引き裂く。

 わたしは魔性化しつつあった土蜘蛛を。

〈調伏〉させた。







 原子力飛空艇。

 自動操縦のようだが、運転室のドアを壊して入るとわたしは、ハンドルを動かして、帝都湾……海を目指す。

 高度はどんどん低くなってきている。

 帝都や和の庭にこんな動力で浮いて進むものを落とすわけにはいかない。

 体力に限界がきているが、どうにか持ちこたえようと思う。

 クーデターはどうなったのか。

 他の戦局を知らないが、折鶴旅団の首魁は調伏させた。

 あとは盛夏たちがどうにかしてくれるだろう。

 ああ、鵜飼に蜘蛛切返さなくちゃ。

 多賀郡館の蜘蛛切も、わたしと一緒に帝都湾に沈むのを考えると、忍びない。

 この飛空艇、着水して大丈夫か?

 ダメな気がする。

 頭をいろんなことがぐるぐると駆け回るうちに、帝都湾に出た。

 危なかった。

 爆発してたら大変なことになっていた。

 海に落ちても大変なことに変わりはないだろうけど。

 目が回る。酩酊する。

「ごめん、つばめちゃん。勝ったけれども、帰れそうにないや。ああ、みんなでキャラメル善哉、最後に食べたかったなぁ……」

 陸が見えなくなったところでわたしは呟き、そしてハンドルを持つ手が離れ、転倒する。

 目を閉じる。

 もう二度と眠りから冷めないような気が、なんとなくしたけど、起きていることは不可能に思えた。

 だからわたしは、原子力で動かしているタービンの音だけが響いている中で、眠りに就くことにしたのだった。




〈了〉

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