第7話 ちょっとした真実

「ところで皆さんあんまり試練に対してやる気がでてないみたいですね。もしかして私の力を侮っているんじゃないですか。分かりますよ。朝にただ話すだけのテロリストに対して驚異なんて感じませんよね。まあ、少し皆さんを試してみただけです、一握りぐらいはこの生活に違和感を感じている人々がいるんじゃないかと思っていたのですがとんだ見込み違いですね。だからこれからは少し本気を出しますね。少し乱暴な手段にでます。でもしかたないですよね皆さんが最初の試練でさっさとクリアしないから悪いんですよ。皆さんは完全にリソース管理された世界で生きてきたので飢えなんて感じたことすらないんじゃないんですか。むしろ、食べすぎを気にして食事制限なんてしちゃったんじゃないんですか。本来は人間なんていうのは限られたリソースを奪い合って、ただ単に多く得たものが肥え太っていくもんなんです。そうでしょう。それが本来の世界ってもんじゃないですか。いえ、今の世界もそうですよね。世界のリソースが集中しすぎてもうそこから目をそらさないと生きていけないくらいになってしまっているんです。もう一度やってみませんか。狩りですよ。これからリソースを絞ります。そして配給品をランダムに一か所集中させておきます。そしてこれからもう支給品はあげません。これからの力ずくで命がけで支給品を集めてくださいね。もちろん人から奪うのも有りです。この中で支給品をたくさん集めた上位十名はシェルターに迎え入れようと思います」


***


とうとう実力行使にでたか。結構遅かったかもしれない。量子コンピュータを支配している時点でいかようにでもできたはずだが、本当に一握りの人間を探していたのだろうか。それとも、ボスにとってはどうでもいいことなのだろうか。単なる暇つぶしでしかなく遊び相手をほしがっているだけなのかもしれない。ボスの言い分ではまだクリアした市民はいないのだろう。ボスが驚いているのも分かるがなかなか驚異的だろう。マザーブレインの支配はとても強固に市民を縛っているのだ。いや、市民がそれをのぞんでいるのだろうか。彼らにとって自由とは大きすぎるものなのだろう。

さて、しかし今日はどうしようか自分としては支給品なんか取らなくても大丈夫だがお偉いさん方はそうもいってられないだろう。彼らの分ぐらいは確保してやるか。このどたばた騒ぎを彼らとまだ眺めていたいしな。


***


まただ、テロリスト達は今日恐ろしいことを言った。流石に支給品を配らないなんてそんなことできるはずないだろう。マザーブレインと統治委員会の方々が許しはしないだろう。また、胸にじわじわと不愉快な塊が広がっていく。


「大丈夫だ。すぐに統治委員会の方々から対策の連絡がくる。きっとくる」


思わず独り言が出てしまう。いつも落ち着いている市民らしくない。しかし、支給品を集めにいくべきか。いや、そんな他人を陥れるようなことできるわけがない。皆そう思っているはずだ。しかし、誰かが恐怖に駆られて独占しようとしたら。なんて恐ろしいことを考えるんだ。そんなこと市民がするわけないじゃないか。はやく、誰でもいいからどうしたらいいか教えてくれ。きっと、統治委員会の方々がなんとかしてくれるはずだ。自分たちはいつも通りの日常を送ればいいだけだ。


***


テロリストの言った通り、毎日市民に届けられていた栄養バランスを完璧に計算された人口食糧の供給システムが停止し適当な広場にどさっと置かれていた。これには今まで楽観論を述べていた統治委員会の面々も目が覚めたようだった。テロリストたちは自分たちの目的を達成するためなら市民の命を奪うぐらいやってのけるだろう。とは言いつつも全員伊藤が集めてきた食糧をもぐもぐ食べていたのでまだ余裕はありそうだった。なんだか、皆が行儀よく食べているのがおかしく見えてきた。


「伊藤さん、食糧ありがとうございます。しかし、食糧を手に入れられなかった市民がいるのではないか」

「そりゃいるでしょうね。しかし、動きが遅すぎましたね。いや、市民達の動きが思ったよりも早かったといえるかもしれません」


憤っている者もいた。


「食糧を独り占めしてしまうとは、市民の風上にもおけません。なんとかしなければ」

「市民全員に一人辺りの適切量を連絡しましょう。多めに持っているひとはほかの者に分け与えるようにと。市民もテロリストの直接的な攻撃に混乱し適量以上の食糧を持って行ってしまっただけでしょう。落ち着いて説明すれば分かってくれるはずです」


はたしてそう上手くいくだろうか。その連絡は確かに一定の効果をもたらすかもしれないが裏を返せば統治委員会がテロリストの攻撃に対して打つ手がないことが分かっていしまうかもしれない。そうなると、食糧を独り占めしてシェルターに逃げることも考えるものが出始めるだろう。


「もう少し慎重に考える必要がありますよ。そのような消極的なアナウンスは市民の不安をあおってしまうかもしれない」


しかし、このように攻撃されてみるとこの都市の脆弱さは顕著にでてしまうな。これほどの規模の集合体にも関わらず備蓄の食糧や供給システムが停止してしまうと追加の食糧すら生み出せない状態に陥ってしまうとは。まあ、これまでの都市の歴史の中で防御力なんていうのはリソースの無駄遣いにしかならないからな。なにせ、敵と呼べるものがいなかったのだから。


「伊藤さんの言う通りだ。何より分配してもこれからの食糧を確保しなければ何も解決はしないだろう。早急に食糧の確保を行うべきです」

「しかし、どうやって」


喧々諤々の討論が行われているが伊藤は一つだけ食糧を確保する方法を思いついた。


「一つだけあります。非常に乱暴な方法ですが。ブレインタワーにある人口食糧の原材料庫の扉を破壊して確保するのです」


統治委員会は流石にざわついた。いくら市民のためとはいえブレインタワーを破壊してもよいのか。

そもそも普通にあけることはできないのか。


***


伊藤はわくわくしていた。軍人となって初めて心踊る作戦に参加することができた。いつもは弱いものいじめしかしていなかったし、高火力機器の使用は禁止されていた。これはどうしたことだろうか。我らが大事なブレインタワーを爆破して加工前の材料を確保しようというのだ。伊藤の妄想は材料を確保した後大きな鍋で炊き出しをして市民たちがそれをはふはふしながら貪る姿を思い描いていた。それぐらいのことをしてくれれば市民のことを好きになることができるのだが。伊藤のチームは原材料庫の扉に爆弾を仕掛けている最中であった。とはいえこれは委員会がテロリストの攻撃に対して初めて行う作戦であるように思えた。テロリストの攻撃に対しての対抗策が自分たちの総本山を爆破することなのでどれほど自分たちが追い詰められているかはっきり感じられる。

爆弾の配置は慎重に計算されて配置されていた。決してそれで俺たちが傷つかないように配慮されているらしい。正直いつもの都市外への移動の乱暴さに比べればこんなものたいしたことないような気がするが、この作戦は統治委員会のご歴々も見ている。ショッキングな映像は流さないようにする配慮かもしれない。そんなことを気にしている場合ではないと思うがそれが俺たちのスタイルなのだ。


「隊長設置完了致しました。ご確認お願い致します」


俺は適当に爆弾の配置を見て。


「よし、問題ない。全員所定位置まで離れろ」


全員が所定の位置まで離れたことを確認し。伊藤は爆破のスイッチを押した。

昔ながらの爆弾により扉を吹き飛ばす。誰かが行ったと言われている爆破の計算とやらを伊藤は全然信用していなかったが正しかったようだ。まあ、間違って俺たちまで吹き飛ばされても別に問題はないんだけど。これにより俺たちは原材料庫の中に侵入することに成功した。

入った瞬間俺たちは思わずうっと顔をしかめた。ひどい匂いだ。部屋の中はとてつもない化学薬品の匂いがした。壁はかなりの防音効果を誇っていたようで扉を破った瞬間、機械の騒音、液体が流れる轟音が襲い掛かってきた。俺たちの人口鼓膜が音量調整をしなければ耳をやられていたかもしれない。

しかし、これは一体どういったことだろう。食糧はたしかに化学製品で加工はされていると思ってはいたがここまでとは思っていなかった。


「全員、この場から退避しろ。これは一級市民にしか開示できない禁則情報だと判断した。秋葉、カメラを渡してくれ」


俺の指示に隊員が急いで退避する。秋葉が統治委員会の会議室とつながっているカメラを俺に手渡し、この部屋の異様な雰囲気を感じて「お気をつけて」と口にして他の隊員に続いて部屋をでた。


「伊藤隊長、素早い判断をありがとう。これは慎重な判断が必要だ。そちらの情報を詳しく伝えてくれないか」

「はい、皆さんにも聞こえていると思いますが機械の駆動音のせいで何も聞こえないですね。そして、この部屋の中には薬品の匂いが充満しています。解析結果によるとタンパク質、ミネラル、ビタミン、脂質などの栄養素を分解する酵素と触媒ですね。憶測ですが世界中から集めた"資源"を栄養素まで分解しているのかもしれません」


人口食糧は予測としては自然由来のもので出来てはいると思っていたが現実はかなり無茶をしているのかもしれない。まあ、どこ由来であろうとも分子レベルで一致していれば栄養素と言っていいのかもしれない。まあ、有機物がそれほど単純な仕組みで説明することは出来ないかもしれないがこの世界ではこれぐらいしか生きていく方法はないだろう。


「言われてみれば人口食糧の生産過程などはブラックボックスと化していたがまさかこれほどの設備で製造していたとは。それで、伊藤隊長、そこから持ち出せそうな食糧はあるかな」


当初の作戦としては原料だけでも持ち出そうという考えであったがこの様子だと原料は俺達がそのままで消化できるものではないだろう。しかし、製造は止まっていないみたいだどこかで生産されたものがため込まれていると推測できる。伊藤は注意深く生産設備の中を歩き回る。ここは人の出入りが禁じられていただけあって安全対策のようなものはない。機械に巻き込まれても死なないだろうがぐちゃぐちゃになった伊藤隊長を見た委員会の面々は卒倒してしまうだろう。動いている機械の配管を辿りその最終地点を探す。

伊藤は探しながらもこれは望み薄ではないかと考えていた。相手のボスも食糧の供給を止めたくせにこの生産設備を止めなかったということはここから俺たちが得られるものはないということなのかもしれない。俺たちがここに侵入してくることを考えなかったというのは楽観すぎるといって過言ではないだろう。

伊藤は慎重に歩を進めるうちに自分の目的の場所が分かった。どんどん匂いがきつくなっているのだ。酸性の薬品特有の鼻を突き刺すような匂いがひどくなっていく。おそらくそこに最終地点があるのだろう。そのうち、伊藤は足元に白濁した液体が地面を浸していることに気づいた。誰かがバケツでばらまいたかのようであった。ぴちゃぴちゃと歩を進めると液体の出所が分かった。見上げるほどの巨大なタンクの天井から液体が溢れだし続けているのだ。緊縮を重んじる俺たちをあざ笑うかのように俺たちの食糧となる何かが溢れだしてしまっている。恐らく俺たちが食べられるようにする最終手順だけ飛ばされて到底食べれそうにない液体のまま人口食糧は生産され続けているらしい。俺たちにこの光景を見せつけたいがためだけに。相手のボスはやっぱり最高の性格をしているな。

俺は床を満たし続ける人口食糧のなりそこないをぺろっとなめた。その途端、舌にするどい痛みが走る。とても食べれたものではない、毒物だ。


「無理ですね。途中で加工が止められていて食べれない。相手のボスはここまで読んでいたみたいですね」

「我々をからかっているのか。しかし、この作戦が失敗したとするとどうするか。伊藤隊長もそこから退却したまえ。健康にもよくないだろう。作戦を立て直そう」


この期に及んで健康もへったくれもないがまあ、ここにいたいというわけではない。しかし、ブレインタワーにもこんな汚い部分があったとは生命を維持するということはいつの時代もきれいごとでは無理なのかもしれない。ブレインタワーに残された唯一の人間性を表す場所だろう。そして、もう二度と開けられることはない。


「それじゃあな、しっかり働けよ」


なんとなく誰のためでもなく働く機械に話しかけて伊藤はこの場所を後にする。機械よ満たせ、この世界を。その何にもなれなかった物質で。

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再生の技法 岡田 浩光 @kakujj

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